第15話 行商人って何売ればいいんでしょうかね


 ハヤトは荷作りを済ませた。なんとか商売も形になってきた。

 明日あたり、街を出てみるのもいいかな。

 そんなことを考えて今日は帰還することにした。帰還する際はここからでもよいのだが、やはり預り所に荷物を預けておいた方が安心だ。

 それに、仕事上がりの一杯が何よりの楽しみだからだ。

 

 ハヤトは露天商セットを背負って、リノズバルへと向かった。



 (日本時間で)数日前――。

 初めてバウガルドに来たときは、この圧倒的な臨場感に度肝を抜かれた。まわりにいるのはおおよそ人類とは思えないような種族。実際、人類ではないのだろうが、しかし、言語はなぜだか理解できるのだ。

 臨場感と言ったが、正しくはこの表現は間違っている。

 ここは、ヴァーチャルじゃなく、リアルなのだ。

 つまり、感じる温度も、人々の息遣いも、この世界特有の臭いもすべて現実のものなのだ。


 はじまりの酒場リノズバルのフィーリャくんに説明を受けてすぐ、外に放り出されたが、すぐに酒場に引き返し商売の仕方を聞いてみた。


「え? お客さん珍しいね? ほとんどのダイバーはみんな冒険者になるのが普通なんだけどね。そうか、商売人かぁ。それだったら、商業ギルドだね――」

そう言ってフィーリャくんは、商業ギルドの場所を教えてくれた。

 フィーリャくんはとにかく「腕輪、腕輪」とうるさく何度も言ったもんだから、ハヤトはそれをすぐに腕にはめた。なんとなく利き手よりもう一方の方がいいような気がして、左の腕に装着しておいた。


 こちらの世界ではあちらの世界の10倍の速度で時が流れていると聞いている。つまり、こちらでの1時間はあちらでの6分になる。仕事終わりにちらりと寄ったもんだから、今日はそれほど時間はない。せいぜいあちら時間で1時間半、つまり90分だ。これをこちら時間に換算すると、900分、15時間になる計算だ。

 残念ながら、年齢が若返るわけではない為、ハヤトの体はあちらのままである。58歳の体でこちらで戦闘するのはさすがにきついだろう。しかし、時間は実はゆっくりたっぷりある。少しずつ鍛えてゆけば、あるいは……。

 そう考えなくもないが、今の今すぐにそれは難しい。なので、やってみたかった「商売」、それも「行商人」を志すことにしたのだ。

 町から町へとゆったりと往来しながら現地で良いモノを仕入れ、別の土地で売る。

 そんな冒険をしながらの商売って面白そうじゃないか。


 そんな期待を胸に商業ギルドの門をたたいたのだった。


 商業ギルドは、いわゆる卸問屋紹介であったり、各地の特産品の情報だったり、交易ルートの案内や初期資金の融資などを行っている商人の互助会のようなものだ。

 説明をしてくれた商業ギルドの受付嬢?(子豚)が言うには、もしも売れ残ったり、さばききれないものがあったりした場合も、

「あきらめずにここに持ち込んでみて。完全に回収はできないまでも、幾らかにはなるはずだからね」

という事だった。

 おそらくそういった物品を集めて売りさばくというやり方もある? いや、売れないから売れ残るわけだから、それを買ってもすぐには売れない、というのが普通だろう。

 ハヤトはとりあえずのところ、腐らないものを売ることから始めようかとも思った。しかし、腐らないということは、一度買えばしばらくは買わないものという事でもある。


(う~ん。なかなか難しいものだな。これまでこんなに、モノを買って売るということについて考えたことはなかったな――)


 おかしなことにほぼ毎日のように何かを買っているはずのハヤトだったが、いざ自分が売る側になってみるといったい何を売ったらよいのか、皆目見当がつかない。


(こりゃあ、まいったぞ? 何かしら仕入れないと商売なんて始まらない。でも持ち金は準備費用としてもらった100sだけだしな)


「あのう、すいません。ここらで行商人の方が店を出している場所ってどこかありますか?」

ハヤトは受付嬢?(子豚)に恐る恐る聞いてみる。


「なるほど、取り敢えず見て回るってのもありですよね。それだったら――」



 ハヤトは商業ギルドをでて、受付嬢?(子豚)にいわれたように道を進んでゆくと、たしかにたくさんの露天商が並んでいる場所に出た。いわゆる青空市場みたいなものだ。

 この街、なかなかに規模が大きいようで、そこには買い物客がひしめいていて、どこもかしこも軒下には客が入っている。


(こりゃあすごいな。あっちの世界とは大違いだ――)


 ハヤトは軒を連ねる露店商を順に見て回った。

 やはり、圧倒的多数なのは、食品関連だ。それから、武器防具関係が次いで多い。おそらくこれは街の外に出現する魔獣に対抗するためと、ダイバー参入により冒険者用の装備の需要があるのだろう。

 そのほか、おそらく薬関連の専門店や、魔術関連道具のようなものもある。


(ほんとにいろいろあるんだな――。たしかにな、いるものってすべてどこかで売ってるものなんだもんな――)

などと、今更この歳になってあらためて気付かされるのだった。


 結局一日目は踏ん切りがつかず、はじまりの酒場リノズバルへ戻ってきた。


「あ、えっと、ハヤトさんだっけ?」

ハヤトが酒場へ戻り、何かを注文して今日は帰還しようと思っていたところに、フィーリャくんが声をかけてきた。


「あ、はい――」

「もう、何か始めるつもりで仕入れとかしました?」

「あ、いえ、結局今日のところは決めきれず、帰ってきちゃいました」

「あ、それならちょうどよかった。実はうちのお客さんで、行商の手伝いが欲しいって人がいたんで、どうかなと思ってたんですよ? どうです? 話聞かれます?」


 渡りに船とはこのことだ。そういう方の下で学ばせてもらえるならこれ以上都合のいいことはない。


「え、ええ、是非――」

ハヤトは即答した。

「オッケー、じゃあ紹介するね。ゲラルト~。こっちきて~」


 そう言って呼ばれた向こうから、身長2メートルはあろうかという大男(牛頭)がこちらへ向かって歩み寄ってきた――。 

 

 

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