第16話 商売始めるって覚悟がいるんですよね


「こちらハヤトさん、今日参入したてほやほやのダイバーさんだよ。 で、こちらがゲラルトさん、主に武器を扱う行商をやっている商人さんだよ」

フィーリャがお互いを紹介した。


 ハヤトは、取り敢えず、

「あ、初めましてハヤトです。宜しくお願いします」

と、挨拶をした。


「ゲラルト・バーンズだ。お前、商人になりたいんだってな。俺も今、手伝ってくれるやつを探してたんだ、もしよければ、手伝ってくれねぇか?」

ゲラルトは前置きもなくいきなり本題を切り出す。


「ゲラルト。ダメだって! 今日参入したてだって今言ったでしょ? そんな早計に話進めたら決まるものも決まらなくなるよ?」

フィーリャが頭を抱える。


「お? おお、そうなのか? 俺らの仲間じゃ、まどろっこしいのは逆に敬遠されるからなぁ。単刀直入が、俺っちの信条だぜ?」

ゲラルトはフィーリャからの忠告を受けて、少し小さくなった(ような気がする)。


「あ、いえ、是非お話をお伺いしたいと思っております。それで、何を手伝えばいいのでしょう?」

ハヤトはここはうまくとりなすことにした。こういうところは公務員の経験が生きている。


「へへっ、あんちゃんよくわかってるじゃねぇか。そうだよな、こういう時は単刀直入が一番なんだよ」

そう言ってゲラルトは少し調子を取り戻した(ような気がする、なにせ牛頭だから表情がよくわからない)。


「実はな、俺っちはこの街から拠点を移そうと思ってるんだがな、この街にはこの街で、良い客がついてるんで、ちょっとばかし離れずれぇんだよ。でだ、俺っちがいなくなっても代わりにやってくれる後釜が欲しいってことよ」

ゲラルトが正直に話すと、フィーリャが横槍を入れた。

「って、なんだそれ? それじゃあ代わりにやる人に何もメリットないじゃないか! ちゃんとそこは考えてるんでしょうね? 紹介したからには責任があるのよ? 私にも!」

フィーリャがすごい剣幕でゲラルトに詰め寄る。


「フィーリャ、お前は早合点すぎなんだよ、ちゃんと最後まで話を聞けって。そのぐらいのこと俺っちもちゃんと考えてるさ。でだ、俺っちとしては今までのお客さんに商品の提供ができなくなることが離れずれぇ要因であって、その商売の利益や権利は後釜のやつに全部持ってってもらうつもりなんだよ。ただし条件が一つだけある。それは店の看板だけは、俺っちの今の屋号を引き継いでほしいんだよな」

とゲラルトが言った。


(なるほど、いわゆるFC加盟店みたいなものか。ただし、ロイヤルティはなく、看板だけこれまでの屋号を使うってことか――、しかしそれでは……)


「ゲラルト!? でもそれって、結局やっぱりあんたに有利じゃない? 商売の担い手が権利も利益も持つのは当たり前のことだし、あんたの店がなくなれば、それはそれで、競争相手が減るんだから、新規で始める人にとってもチャンスがあることになる。それなのに看板はあんたの店ってことになるんじゃ、あんたはここからいなくなっても、「あんたの店」はなくならないって、そういうことなんじゃないの!?」


(フィーリャさんのおっしゃる通りだ。商人を志す者にとって屋号というのはいわゆるアイデンティティだ。この店は自分のものであると主張するためにかかげるのが看板だ。たしかに、日本においてもこのようなフランチャイズ契約というものはあるが、それには少なからず看板主の方から加盟店の方へ一定のサポートがあるのが通常だ)


「へへっ。バレたか。あんちゃんも気づいてたんだろ? それで少し思案した。いい勘を持ってる、あんたいい商売人になるよ」

ゲラルトがすこし皮肉を込めたように微笑んだ(ようにみえた)。


「ですね。ではこうしませんか。ゲラルトさんは、私にその武器商のノウハウを教えてくれる。その代わり、私はゲラルトさんの屋号を引き継ぐ。ただし、期間を定めましょう――」

ハヤトは勝負に出た。


「ほう、つまり、しばらくの間あんちゃんは俺っちの店の屋号で商売をする。つまり、俺っちの世話になったお客にはしばらく俺っちの店として商品を提供することになるわけだ。それなら、俺っちがここを去ったとしても義理立て出来る。ある程度の期間が経ったら、さすがにその店はあんちゃんの店という認識も定着する。そういうわけだな」

ゲラルトはニヤリと笑う(笑った、確かに!)。

 そしてこう言った。

「ははは! 上等だ! それでいいぜ! っても、ハナからそのつもりだったんだがよ。あんちゃんなら任せて問題なさそうだ。俺っちはここじゃなくてもっと先に進みたいだけなんでね。その為にここを離れなきゃならない。でも今まで支えてくれたお客さんたちを放ってもいけないってんで悩んでただけだからな。これで心置きなく、先の街へ進める。期間は1年だ。それ以上は譲れねえ。どうだ?」

ゲラルトが真剣な眼差しでハヤトを見つめた。


「私はダイバーです。一年間ずっと毎日店を出すことはできません。私がここにダイブしているときは必ずお店を開けると約束しますが、それでいいのであれば、是非お願いします」


「ああ、それで構わねえよ。いずれにしても商売やってその先に自分の屋号を立てようって本気で思ってるなら、それなりに仕事しないと儲からないんだからな。つぶれりゃつぶれたで、それは俺に見る目がなかったてことさ。構いやしねえよ。あんちゃんも商売人として生きるつもりなら、身を入れてやらねぇとこの世界はそんなにあまかねぇぜ?」


「はい、覚悟しています」


「じゃあ、決まりだ。俺っちの店はいつも、ケルシーニャ通りに露店を出してる。次にここへ来たら、訪ねてくれ。商売のノウハウをたたき込んでやる」


「なんだよ? 初めからそのつもりならそう言ってくれればいいのに。ゲラルトも人が悪いよね?」

フィーリャが少しむくれる。


 そうして3人は笑いあった。


(いえいえ、フィーリャくんのおかげで、私の夢の道が開きましたよ? ほんとうにありがとう)

ハヤトは心の底から感謝していた。 




 

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