第13話 森のそばで出会った女性には気をつけましょう


 ケイコと3人の冒険者は北の森の入り口まで瞬間移動した。

 これは「ハイト」の魔法の効果だが、この魔法を連続して使うことは当然ながら出来ない。


 そこで次に使ったのは、「ヴァイタルセンサード」だ。この魔法はいわゆる赤外線アイのようなもので、体温を感知してみることができるようになる特殊能力付与魔法だ。この魔法をパーティー全てに付与し、森をガンガン突っ切ってゆく。


 人を探すのだ。大体の大きさや形がわかれば、そこに行きつくことができるはずだ。それに、怪我もしているのなら、近づいても二人は動けないだろう。


「いい? とにかく急いで! みつけたら大声で叫んでね!」

ケイコが3人に告げる。


「ああ『疾風』、任せとけ! 必ず見つけてやる!」

馬男が応じると、連れの二人も声をあげて応じた。


(早く、急がないと!)

ケイコと3人は森の中を止まらず駆け抜けてゆく――。


「見つけた! 右前方、50メートル!」

髭もじゃおっさんが叫ぶ。


「ああ、見えたぜ。確かに人間だ!」

「周辺に魔獣らしい気配はないけど――」


 言いながら、足は止めない。やがて数秒後、二つの人影が横たわっているのを発見した。その傍には、狼魔獣の死骸もあった。フォレストウルフだ。


「ゲンゾウさん! ケンジ君! しっかりしてください!」

ケイコが二人に声をかける。

「う、うぅ……」

ケンジの方が先に反応する。ケンジの右腕は消失、左足から結構な血が流れている。


「こりゃひでぇ。おい、レンリ。治癒魔法をかけてやれ――」

馬首男がとんがり耳に指示をする。

 とんがり耳はケンジのそばによって膝をつき、すぐに詠唱を始めた。


「ゲンゾウさん! ゲンゾウさん!」

ケイコが声をかけるが反応がない。

 ケイコは素早くゲンゾウの口元に耳を寄せる。

 ――息はある、が、だいぶんと弱い。


「仕方ないわね。あなたたち、二人を担いで帰ってくれる? 私はたぶん魔力を使い切るから、転移魔法は使えなくなるわ」

ケイコが連れの3人に声をかける。


「へっ、元よりそのつもりだぜ、「疾風」――。気にすんな、わしが抱えて帰ってやるよ」

ずんぐり髭が即答する。


「ありがとう、じゃあ、遠慮なく、治療に全力を注ぐわ――」 

そういうとケイコもゲンゾウのそばに膝をつき治癒魔法の詠唱を始めた。


 馬首男と、ずんぐり髭の2人は、ケイコととんがり耳が魔法に集中できるように、周囲の警戒にあたった。


「大丈夫、顔色がずいぶんよくなった。出血も止まった。ただ、コイツ、腕輪がねえな、これじゃあ気づいても帰還できねぇから、やっぱ担いで帰るしかなさそうだな――」

とんがり耳がケンジの容態を見てそう言った。


「ありがとう助かったわ。こっちもなんとか間に合ったわ。さあ取り敢えず、離脱しましょう。フォレストウルフのボスが来たら厄介だわ」

ケイコが皆に指示を送る。


 そこからずんぐり髭がゲンゾウを、馬首男がケンジを背負って森を進んだ。ケイコととんがり耳は魔力を使い果たしている。ここで、モンスターに出会うのはできる限り避けたいが――。


 やはり簡単には抜けさせてもらえない。

 行く手にフォレストウルフが徘徊しているのが見て取れる。


「みんなはここで待機してて、私に任せて――」

ケイコはそう言ったかと思うと単独で飛び出してゆく。腰の長剣を抜き放ち、まるで、風が吹き抜けるようにフォレストウルフ3体の間を駆け抜ける――。


 ド、ドサ、ドサ――。


 次の瞬間、狼たちはその場に崩れ落ちた。一瞬だ――。


「ひょぉ――。俺、『疾風』の剣技初めて見た……。こりゃ、いいもん見せてもらったわぁ――」

馬首男が歓声をあげる。

「すげぇ……。これが『疾風』か」

ずんぐり髭も嘆息する。


「う、うう……。生きてる、のか?」

ずんぐり髭の背中で呻き声がした。

「お? おっさん、気が付いたか? どうだ、立てるか?」


「あ、ああ、大丈夫だ。なんとか、立てる――すまない……」

ゲンゾウは、状況が把握できていないままだが、しっかりとした口調で答えた。


「さすが、『疾風』だ、魔法の威力も半端ねぇな」

「ほんとです、そちらの方の方が重傷だったってのに。私は少し自信消失しますよ――」

とんがり耳がため息をつく。

「『疾風』――?」

ゲンゾウが聞き返す。


「あ? ああ、彼女の二つ名だよ――」

そう言ってずんぐり髭が指さした先に、すらりとした女性の姿があった。


「――ケイコちゃん?」

ゲンゾウは目の前の女性の姿を見て目玉が落ちるほどに目を見開いた。



――――――



 意識を取り戻したゲンゾウが帰還術式を詠唱し、『ダイシイ』にもどった数分後、隣のテーブルの上においてある『バウガルドの酒場』が発光し、椅子に3人の人影が現れる。


 ケイコとマモル、そしてケンジの3人も無事に帰還した。


 マモルとケンジはゲンゾウさんの顔を見るなり、互いに抱き合って帰還を喜んだ。


「「「ケイコさん(ちゃん)! ありがとうございました!」」」


 3人は一斉にケイコ君に頭を下げる。


「ほんとにもう、どうしてあんなことになっちゃったんですか!」


「いや、ほんのちょっとした手違いで――ね?」

「え? あ、はい! 手違いです!」

「だよなぁ……、あんなの見たらそりゃあ、ね――」


 3人はそれ以上は勘弁とばかりにひたすら頭を下げて、ケイコ君にジュースを奢るだの、来週も必ず来るだのと、ご機嫌を取っていた。


 まあとにかく今日も、無事全員帰還できたのだ、それでいいじゃないか――。

 私はそう思って4人を眺めていた。


 その時だ、私の携帯端末にメールの着信があった。

 メールの内容に目を通した私は、にやりと声を出さずに笑った。

(なるほど――、そういうことだったのか。そりゃあ、まあ、仕方ないかもしれないね――)




 ケルンの北の森――。

 そこはフォレストウルフの生息地である。

 街道に近いところではそれほど脅威になる魔獣は出現しないが、森の奥にはフォレストウルフが多数生息しているから注意が必要だ。

 そしてここにはもう一種、非常に希少な種が存在している。

 ――バンシィ。

 その容姿はとても美しく、その豊満な肢体を見たものは、その姿に魅了され、森の奥へと引き込まれるという――。



――――――――



 さあて、ここからどうしようか。


 何となくふらふら歩き続けているうちに隣町まで来てしまったハヤトは、日が暮れかけている街並みを見やって、思案している。

 時間はまだあるはずだ。

(せっかくここまで来たんだ。今夜は帰還せず、夜を過ごすのもいいかもしれないな――)

 そんなことを考えて、ハヤトは一人歩き出した。 



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