第12話 『疾風』という二つ名、カッコよくね?
――バウガルド、はじまりの町ケルンから少し離れた森の中。
「ハァハァハァ――、どうだ巻いたか?」
「あ、ああ……大丈夫そうだ――」
そのような会話を交わしている二人の頭上からギラリと光る眼をした魔獣が覗き込んでいた――。
「ゲンゾウさん! 上――!」
ケンジがいち早く気付いて叫ぶ。
二人は木の根の股に隠れていたのだが、隠れ切れていなかったようだ。見つかってしまった。
「クソッ、コイツしつけえな!」
ゲンゾウが魔獣に気付き腕にしていた戦斧を構えた時だった。
ザンッ――!
なんだか嫌な音が響く。一瞬のち、
どさっ……。ゲンゾウはその場に
「ゲンゾウさん?」
ケンジが声をかけるが反応がない。
身の丈2メートルはあろうかという巨大な狼の前足には真っ赤な液体がしたたり落ちている。
その魔獣はさらに距離を詰めてケンジにゆっくりと向かってくる。
右腕の肘から先はすでにどこに行ったか分からない。錫杖も腕輪も一緒にどこかへやってしまった。左手一本でこの魔獣と戦うなんて、無理だ――。
魔獣はケンジのすぐ目の前まで忍び寄ると、そこから一気に加速した。ケンジはやや後方に飛び退るが、狼のスピードには到底対抗しきれない。
後足になった左足に狼魔獣がガブリと噛みつく。
「が、あああああ!」
ケンジはたまらず叫び声をあげた。
が、その直後、その狼魔獣の牙からふっと力が消えた。そしてゆっくりと魔獣は倒れてこと切れた。
「へっ、このクソ狼が……、ざまあみろ……」
顔をあげるとそこにはゲンゾウさんが戦斧をだらりと右手に下げて立っていた。
「ゲンゾウさん!? 大丈夫ですか!?」
ケンジが叫ぶ。
「あ、ああ……。大丈夫って、言いたいが――、実際やべぇ……な……」
再びゲンゾウはそこへそのまま横になった。息遣いが荒い。
ケンジは痛む足を引きずり、ゲンゾウのそばへ這って行った。ゲンゾウの腹部からは出血がおびただしい。
(どうしてこんなことになった?)
痛む足からは血液が大量に流れている。
右腕にはもうすでに感覚がない。
ケンジはただ、いまは何もできず息をひそめて待つだけだ。アイツが帰ってくるのを――。
(もしかしたら、間に合わないかも? マジかよ――。それにしても足、いてぇなあ――。ゲンゾウさん、生きてる? もうちょっとわからないや――、マモル……頼む……)
そのまま気を失ってしまった。
――――――
――数分前。
「ゲンゾウさん! なんとかならないんですか!?」
マモルが右ひじから先がないケンジの肩を抱いて、ゲンゾウに詰め寄る。
「
「どうやって?」
「マモル君はここから帰還して速攻で再ダイブするんだ。そうすればリノズバーに戻れる。そうしたら酒場のリノさんに相談してくれ、あの人ならすぐに人を集めてくれる。心配するな、君が戻ってくるまでは、おれがケンジ君を守るから。ただ、早ければ早いほどいい、急いでくれ――」
でも……。と言いかけて、口をつぐんだマモルは、意を決して帰還魔法を詠唱する。
「あちらへ連れて帰って――!」
その場からマモルの姿は消えた。
無事に帰還できたようだ。あとはマモルが戻ってくるまで、耐えるしかない。
しばらくは魔獣の気配がなかった。
このまま見つからなければ、やり過ごせるかもしれない――。
二人はそう思っていたのだが、残念ながら、血の臭いというものはそう易々と消えるものではなかった。
――――――
マモルは、『ダイシイ』に帰還するなり、青ざめた顔でケイコ君に叫んだ。
「すぐに、すぐに俺をバウガルドへ戻してください! こっちの時間は向こうの10倍なんだ、時間がないんです、早く!」
さすがに様子がおかしいことに気付いたケイコ君が私に向かって叫んだ。
「店長! 緊急事態です。多分時間がないのでしょう。私も一緒に行きます。お願いします!」
私はすぐに再ダイブの手順を開始した。
ケイコ君とマモル君は二人ともバウガルドへ旅立った。
テーブルにある『バウガルドの酒場』の中を覗き見ると、まだゲンゾウさんもケンジ君も生きていることは間違いなさそうだ。光の球はケイコ君のも入れて4つまだある。しかし、2つはすこし光が弱まっているようにも見える。
間に合うといいが――。
――――――――
ケイコとマモルはリノズバーに再ダイブした。
「マモル君は、事情をリノさんに話して。私は装備を取ってくるから――」
ケイコは急いで預り所に飛び込むと自分の荷物を取り出した。
手早く装備を整えると、ホールの方へ戻る。
「疾風――?」
「おい、疾風じゃねぇか――、あれ?」
ケイコの姿に気付いて、酒場の数人がざわつき出す。
「ケイコ、緊急事態だそうだな? とりあえず3人はすぐ行けるようだ――」
リノさんが預り所から出てきたケイコに声をかける。
「リノさん、事情はまだ聞けてないけど、マモル君の様子がおかしいから一緒に来たの? で、その3人って?」
「俺らが行ってやるよ。疾風とご一緒できるなんざそうないからなぁ」
馬首男がそう手をあげた。
その隣にいるとんがり耳と、ずんぐり髭の2人も同じく手をあげる。
「そう、ありがとう。もどったらなんかお礼しなくちゃね。マモル君! 場所はどこ?」
「え、えと。ケルンの北の森です。ゲンゾウさんとケンジが一緒にいるはずです――ケンジが大怪我して、腕輪もなくなって――」
マモルが答える。
「わかったわ。マモル君はここにいて。リノさん、ケルンの北の森、あのフォレストウルフはまだ今週は討伐されてないの?」
「ああ、今週はまだだ。出会う可能性はあるから、気を付けてな」
リノさんが答える。
「OK、じゃあいくよ? 3人はわたしにつかまって――。ハイト!」
そう言ったかと思うとケイコと3人は酒場から消えていた。
「え? え?」
マモルがきょろきょろとあたりを見渡す。
「大丈夫。必ず間に合うよ。なんたって彼女は『疾風』なんだから――」
リノさんがマモルに言葉をかけた。
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