第14話 燃焼

 ある日の昼。楠谷と鴻ノ池は三津橋大学の物理学第十五教室に訪れていた。

 「何の用ですか」

 そう言ったのは、第十五教室の責任者である油川准教授だった。彼とは、楠谷刑事と知り合いであり、楠谷が手詰まったら度々彼に依頼して事件を解決しているだと、鴻ノ池は楠谷から聞かされていた。

 「単刀直入に申すと、事件なんだ」

 「事件ねぇ・・・・・・」

 油川は手に持っていたホットミルクを啜る。

 「僕は捜査に協力しないって、何回か言ったつもりなんだがね」

 「そう言わずにさ」

 「いや、ダメだ。僕はこう見えて自分の信念を貫き通す立場何でね」

 油川がパソコンに向く。

 楠谷が溜息をつくと、隣の鴻ノ池に耳打ちをする。

 「そうだ、『あの事件、どう見てもあり得ないだよな~』って言ってみてよ」

 「え?何でですか?」

 「良いから良いから」

 楠谷が鴻ノ池から離れる。

 「あの事件、どこからどう見てもあり得ないんだけどな~。どうしてだろうな~」

 鴻ノ池がさっき言われた台詞を棒読みで言うと、油川が二人に向く。

 「あり得ない、か」

 そう言うと、彼はふっと鼻を鳴らす。

 「その話、詳しく聞かせて貰えないか?」

 

 その後、油川准教授に話した事件内容は以下の通りだった。

 ある閑静な住宅街に、被害者たちが河川敷で屯っていたようだ。彼らは毎晩のように河川敷で遊んでおり、時には火遊びで周囲の人に注意されたとのことだった。周辺住民はその騒音に悩まされ、実際その事件が起きた時、誰一人として悲しむ人はいなかった。彼らのうちの一人、檜山連はその日、突然として頭が燃え上がったという。そのまま燃え上がり、所轄署の警察官が到着した際は既に黒焦げになっていたという。

 「ふむ、なるほどね」

 「どうですか。犯人は誰だか分かりますか?」

 楠谷がそう言うと、油川が首を横に振る。

 「いや、その情報だけでは不十分だな。実際に現場に行かないと」

 「そうですか」

 楠谷がそう言うと、じゃあ、私、彼と行ってきますよ、と隣の鴻ノ池が言う。

 「良いのか?」

 「はい。じゃあ、裏に車を回していきますね」

 そう言うと、鴻ノ池は研究室を出て行った。

 「彼女が、君の部下なのか?」

 「まあ、そんなところかな」

 「優秀なのか?」

 「そりゃあ、優秀よ。だって、ここの大学の卒業生だよ?」

 「そうなのか」

 「そうだよ。相変わらずの冷たさだな」

 「そうか?いつの時、物事を冷静に分析しなくちゃいけないからな。特に科学者は」

 「あぁ、そりゃあそうだな」

 二人が会話を交わしていると、鴻ノ池が「準備出来ました」と言う。

 

 「ここが現場か?」

 「そうです」

 油川がそう言うと、鴻ノ池が頷く。

 「さっきも言った通りですが、この座り場に黒焦げの被害者が倒れていたそうです。目撃者によると、被害者の頭が突然燃え上がったそうだか」

 「ふーん」

 油川が現場を何となくして歩く。所々、小さく焦げているところを彼は触る。

 やがて道路脇に出ると、油川は突然笑い出す。

 「何か分かったんですか?」

 鴻ノ池が言うと、油川が笑いを止める。

 「さっぱり分からない」

 彼の言葉に、鴻ノ池は肩をすぼめる。

 二人は車に戻る。

 「よお、何か分かったか?」

 それまで車内で寛いでいた楠谷が言う。

 油川は何も言わず、ただ一点を見つめていた。彼が見ていた景色とは、鴻ノ池が子どもと何か話している様子だった。

 「彼女、子どもの接し方が上手いな」

 「え?」

 油川が正面に顎をしゃくる。楠谷も同じような景色を見る。

 「あぁ、彼女、子どもが大好きなんですよ」

 「そうなのか」

 「まあな。過去に子どもが目撃者だった事件の時に、上手くやっていたんだよ」

 「僕とは真反対だな」

 「ああ、お前とは真反対だ」

 二人が談笑をしていると、鴻ノ池が車内に戻ってくる。

 「あの子どもがどうかしたのか?」

 「ああ、確か、空に赤い線が見えるって言ってました」

 「赤い線?」

 「私もあの子どものようにして上を見上げたんですけど、何も見えなくて」

 鴻ノ池がそう言うと、いきなり油川が外に出る。

 「どうかしたんですか?」

 鴻ノ池が車から降りようとしたが、楠谷に止められる。

 「まあ、見とけって」

 そう言うと、二人は静かに油川の姿を見る。すると、彼はアスファルトの上で何かを書き始める。鴻ノ池は何をやっているんですか、と訊ねるが、まあ見とけって、と楠谷がはぐらかす。やがて油川が二人の元に戻り、運転手側の窓をコンコンと叩く。

 「何か分かったのか?」

 楠谷が迷いなく言う。

 「あぁ、分かった。だが、仮説の段階だからまだ説明することは出来ない」

 「はいはい。で、何をすれば良い?」

 「この辺に、製鉄所は無いのか?」

 「製鉄所ですか?」

 鴻ノ池が眉をひそめる。

 「そうだ、あるのか?」

 「ありますけど」

 「なら良い。ついてきて欲しい」

 油川が車から離れると、鴻ノ池が車から降りる。

 

 数日後。楠谷と鴻ノ池は取調室で犯人と向かい合っていた。

 「どうして、あのようなことを?」

 楠谷が言うと、髭の生えた男性がうっすらと口を開く。

 「うるさかった。ただそれだけの理由」

 「そうか。でもどうして、出頭してきた?」

 「罪悪感が残ってしまったからです」

 「そうですか。お名前を聞かせて貰えるかな?」

 「簡雅良です」

 「職業は?」

 「製鉄所の職員です。時間があれば、ボランティアで河川敷の掃除をやっています」

 「なるほど。本題に入りますが、どうしてあのような手口を?」

 そう言うと、楠谷は油川の説明を思い出していた。

 

 「手口が分かったと言ったが、本当なのか」

 「ああ、そうだ」

 油川はポケットに手を入れたまま話し始める。

 「恐らく犯人はレーザー光線を使った可能性が高い。そして、その光線が使えるとしたら、近くの製鉄所だ。だから僕は近くの島根製鉄所を訪れた。その後で確信したんだよ。レーザー光線を使って被害者の頭を燃やし、殺害したのだと」

 そう言うと、「だけどな」と一つ彼は言い残す。

 「その仮説を実証するために、何十回ものテストを行った。座標がずれていたり、ターゲットの髪に擦ったりしてな。だけど、今日の朝、ようやく成功したんだよ」

 「ほう。そうなると、犯人はその方法にこだわって犯行に何度も失敗していた、と言う訳か」

 「そうだ」

 油川はホットミルクを一口飲む。

 「僕は犯行の手口、謎を解き明かした。ここからは君たち警察の出番だ」

 「ああ、分かっているさ」

 そう言うと、楠谷は部屋から出て行った。

 

 楠谷は油川の説明を自分の口に乗せて話す。

 「俺の説明で合っているのか?」

 「・・・・・・はい」

 男は弱々しく頷く。

 「どうして、こんなことを?」

 そう言った瞬間、男は机を足で叩く。

 何も言わず、ただその行為を何度も繰り返す。

 「・・・・・・許せなかっただけです」

 男は一息おく。

 「自分たちが一生懸命に掃除した河川敷を、あんな風に汚される事が許せなかっただけです」

 そう言うと、今度は机に頭突きする。

 その鈍い音が、取調室で響いた。


※元ネタ:ガリレオ #1「燃える」

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