第10話 アルファベット殺人事件 前編
楠谷と鴻ノ池は、とある一軒家を訪れていた。その一軒家は洋風な家であり、どこにでもありそうな家だった。
二人は何か焦げ臭いを鼻に感じつつ、玄関へと入り、家の中を物色する。
「えーっと、この家の家主は不動産を経営しているらしいです」
鴻ノ池が手帳を読み上げながら、楠谷の後を追う。
「そうか、それで?」
「今のところ、彼は重要参考人なので言いようがありませんが、今までの事件の被害者で関係しているのは、全員夢を持っていたということです」
「夢?」
リビングに入った時、楠谷が立ち止まる。
「そうです。一件目の事件は雑木林の中に被害者がバラバラとなって殺されていた事件。その時の被害者は飲食店を経営したいという夢を知り合いの方々に話しており、最後に被害者の姿が目撃されたのは内見している時でした。二件目の事件は、河川敷で被害者の顔がボコボコにされていたと言う事件ですが・・・・・・」
「そこまで良い。何で『今まで』って言えるんだ?」
「法医学教室の報告から、被害者の共通の特徴として印があったそうです」
「ああ、確か、腕に十字の印があったんだろ?でも、それだけで連続殺人事件として言って良いのか・・・・・・」
「同じなんです。被害者たちが訪れている不動産」
そう鴻ノ池が言うと、「不動産ね・・・・・・」と楠谷は呟く。
楠谷はリビングを見渡し、特にこれといったことがないので二階に上がる。鴻ノ池と共に二階の小部屋に入ると、そこには祭壇があった。祭壇には十字架が置いてあり、その壁にはアルファベット表が貼られていた。
「Asunder、Beat・・・・・・何ですか、これ」
鴻ノ池がアルファベット表を見ながら言う。
すると、ポケットから携帯が鳴り響く。楠谷は携帯を取り出し耳に当てる。鼓膜から聞こえる情報は、耳を疑ってしまうような情報であった。
「どうしたんですか?」
携帯をしまう楠谷を見て、鴻ノ池が言う。
「戻るぞ、本庁に」
「え?あ、はい」
二人は家を出て、車に戻る。
「何があったんですか、本庁に」
シートベルトをしながら鴻ノ池が言う。
「・・・・・・彼が、出頭したそうだ」
楠谷がエンジンをかけると、二人の鼓膜をエンジン音がやけに大きく揺らす。
本庁に戻った二人は、そのまま取調室へ向かう。取調室に入り、それまでいた刑事二人と挨拶を交わし、楠谷は出頭してきた彼の前、鴻ノ池はパソコンのある机の前に座る。
「髙岩浩介さんで、よろしいですね?」
楠谷は声を低くして言う。髙岩浩介はずっと楠谷を見たままだ。
楠谷は彼の服装を見る。血まみれのシャツに、少しダボダボなズボン。そのズボンにも、血はついていた。
「なぜ、貴方は出頭してきたんですか?」
楠谷がそう言うと、髙岩浩介は口角を上げる。
「怖くなったからです」
「何に?」
「警察に」
「そうですか。では、貴方の職業を聞かせて貰えますか?」
「不動産経営をしています」
「なるほど。出頭してきた、ということは、貴方は何か罪を犯したと?」
楠谷は顔を覗くように言う。
「はい。二十四人、殺しました」
全く表情を変えない彼に、楠谷は内心少しだけ驚く。
「二十四人。それぞれ、どのように殺したんですか?」
「アルファベット順です。Aから初めに殺してって、最後のZまで殺していきました。いやー、大変でしたよ。若い女性、しかも夢を持つ女性を集めるなんて。はは」
微笑みを見せる彼に、楠谷は殴りたくなる衝動に駆られる。
「何か、殺したい理由があったんですか?」
楠谷が言う。髙岩は首を横に振る。
「特にありません。ただ、夢を持つ若い女性を見るとつい欲求が出てしまうんです」
「何なんだ、お前は!」
とうとう堪忍袋の緒が切れた楠谷は、髙岩の胸ぐらを掴む。思わず立ち上がった鴻ノ池は楠谷の肩を持つ。
「お前を、殺人の罪で起訴してやる」
楠谷が低く言うと、髙岩は口角を下げる。
「・・・・・・やれるもんなら、やってみろよ。どうせ、君たちの頭じゃ起訴出来ないと思うけどな」
髙岩の挑発した口調を楠谷は耳にすると、胸ぐらを離す。楠谷は取調室を出ると、慌てて鴻ノ池もその後を追う。
「どうしたんですか、楠谷さん」
「あいつを絶対に、殺人の罪で起訴させてやる」
その姿に、鴻ノ池は何か不安を感じていた。
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