第5話 ある工場での事件
ある工場の昼下がり。そこに、楠谷と鴻ノ池が四人の証人を取り調べていた。
その工場で起こった事件とは、草野努工場長が何者かによって、その場にあった金具で殺害されたという事件。その時工場に居たのは、二人が取り調べている四人の証人だった。男性と女性が各々二人。そのうち男性の一人が、外国人労働者であった。女性二人は事件現場から少し離れたコンビニに居ており、殺害は不可能だった。そのため、二人は男性のうち一人が犯人だと仮定し、黒人の外国人に訊いていた。
「えっと、君の名前は何というのかね?」
楠谷が黒人の外国人に訊ねる。
「あ、はい。ジェイソンです」
「ジェイソン?」
「え?フルネームの方が良かったですか?」
「いいや、そんなことじゃなくて。外国人を取り調べすることが珍しいだけです」
楠谷は笑って誤魔化す。
「そうでしたか。まあ私は、日本に来てから、数ヶ月が経つんですけど・・・・・・」
「数ヶ月?」
「はい。アメリカの親族に恩返しがしたくて」
「親孝行、のためですか?」
「何ですかそれ?」
どうやら、ジェイソンは日本語が話せても、意味はまだ完全に理解したわけではないようだ。
楠谷は何とかして意味を伝えようと、頭の中を奔走する。
「親孝行は、簡単に言えばジェイソンさんがさっき言ったように、恩返しです」
「なるほど」
ジェイソンが頷く。
「そういうところです。話を戻しますと、ジェイソンさんは事件が起きた時間、何をしていましたか?」
「普通に、あの方と仕事をしていました」
ジェイソンは帽子を被った男を見る。
「なるほど。ジェイソンさんは何かお金に困ったことはありますでしょうか?」
「いや、特には」
「なるほど、そうでしたか。アメリカにいるジェイソンさんの親御さんの方で、何かお金に困っていることはないでしょうか?」
楠谷がそう言うと、ジェイソンさんが口をつぐむ。
楠谷が「ジェイソンさん?」と呼びかけると、彼は「あ、何でも無いです」と答える。
「うちの家、貧乏なんです。だから、こうして俺がここに出稼ぎをしているっていう感じですかね」
「なるほど、そうですか」
楠谷が礼を述べると、車の前まで戻る。鴻ノ池も、男性を取り調べた後に礼を述べて楠谷の元へ合流した。
「どうだそっちは?」
鴻ノ池が手帳を捲る。
「あっちの男性は阿部宏隆さん。数年前に経営に失敗して、借金に追われているとか。奥さんとかはいないそうで、現在独り身だそうです」
「そうか」
楠谷は阿倍の方向に視線を向ける。
楠谷は、頭の中で取り調べの結果を纏める。
現在、私たちが疑っている男二人。うち一人は外国人で、名前はジェイソン。彼はアメリカにいる親の為に出稼ぎに来ていた。そして、もう一人は阿部宏隆。鴻ノ池によれば、彼は現在独り身。数年前に経営を失敗して借金に追われている。恐らくはどっちかが犯人だと思うが、どっちも動機がある。
楠谷は顎を撫でて考える。
「楠谷さん」
鴻ノ池が声を掛ける。
「何だ?」
「ジェイソンさんと宏隆さんのそれぞれ工場を訪れた時間って、違いましたよね?」
「ああ。ジェイソンの時間は確か午後三時で、ついさっきと訊いた。そっちは?」
「宏隆さんは午後二時半だった、と訊いています」
楠谷はどこか自信げに頷く。
「どうかしたんですか?」
「犯人が分かった」
そう言うと、楠谷は犯人の元へ歩く。
そして、立ち止まる。
「宏隆さん、少し署まで来てくれませんか?」
翌日のお昼。二人は警視庁の地下食堂でお昼を摂っていた。
楠谷はラーメンを啜り、鴻ノ池は親子丼をガツガツと、食べていた。
鴻ノ池が食べ終えると、話し始める。
「楠谷さん。どうして、宏隆さんが犯人だと分かったんですか?」
「じかふぁん・・・・・・」
「飲み込んでから話してください」
楠谷がラーメンを胃に流し込み、話し始める。
「時間だよ」
「時間?」
「ああ。被害者の死亡推定時刻は午後二時半。つまり、宏隆の出社時刻と重なる」
「でも、それだけで犯人と決めつけたわけじゃ・・・・・・」
「うん?女性二人の証言を訊いていなかったのか?」
鴻ノ池は女性二人の証言を思い出す。
◆◆
『午後二時半を過ぎる頃かな。その時、工場から悲鳴が聞こえてきて。何だろうなって思いつつ、とりあえずコンビニに行きました』
『その後は?』
楠谷が質問を重ねる。
『その後、コンビニで飲み物を買った後に工場に戻ってきました。職場は現場とは逆方向なんですけど、一応心配だから行ってみようって。そうしたら、そこに血を流れて倒れている工場長と、ジェイソンさんが立っていました』
『その時の時刻は?』
『確か、午後三時ぐらいだった気がします』
『それと、工場長との間で何か揉め事はありましたか?』
鴻ノ池が質問をする。
『確か、昨日の夕方に宏隆さんと工場長が揉めていたのを見ました。多分、給料のことで揉めていたんじゃないかな・・・・・・』
鴻ノ池はメモを取る。
『分かった。ありがとう』
二人は礼を述べ、男性二人の元へ取り調べた。
◆◆
「言ってましたね。そう言えば」
「だろ?刑事はそのぐらい気づけば分かること」
「なるほどなるほど」
「だから、鴻ノ池はしっかりと考えなくちゃな」
楠谷が鴻ノ池の背中を叩く。
鴻ノ池は「はいっ!」と威勢の良い声を出し、食堂を出る楠谷を見送った。
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