第6話 ある女子高生
渋谷区のとある場所。そこに、楠谷と鴻ノ池がいた。
昨夜。ある母子が何者かによって刃物で刺されたという。既に犯人は捕まっており、高校三年生だという。幸いにも、刺された母子は一命を取り留めた。
「何で、道を踏み間違えてしまうんですかね・・・・・・」
鴻ノ池が手を合わせて言う。
「そうだな」
楠谷が頷く。
二人は立ち上がって、周囲の聞き込みを開始する。大体の聞き込みは、既にその夜に駆けつけた捜査員によって行われていた。二人は、残りの住民に対して聞き込みを行っていった。
被害者の母子は現場周辺に住んでおらず、二人が聞き込みを行っていても「知らない」という。犯人の高校三年生に対しても、「知らない」という人が全員だった。楠谷が「事件当日、何か変わったことがありましたか?」と聞き込んでいても、夜が騒がしかった、とのことだった。
二人は署に戻り、その足で犯人のいる取調室に入る。
「調子はどうだい?」
楠谷が場を和ませる為に女子高生に話しかける。
二人が来るまでに彼女を取り調べた人によれば、あまり口を開いてくれなかったという。だが、何か物言いたげそうな顔をしていた、ということだった。
楠谷の目の前にいる女子高生は、楠谷に何も反応を示せなかったが、顔を少しあげた。
すると、女子高生がゆっくりと口を開ける。
「真奈香です」
小さく言う。
「単刀直入で言うけど、真奈さんは、どうしてあの親子を殺そうと思ったの?」
「・・・・・・誰でも良かった」
「それは、どういう意味?」
それまで扉の付近の椅子に座っていた、鴻ノ池が話し出す。
「私ね、今の今までずっと閉じこもりだったんだ。誰も相談出来ず、ずっと閉じこもり」
真奈は涙を浮かべる。
「そうしたら、昨日私に向かってお父さんが『いつまで閉じこもってつもりだ‼早く学校に行けよ‼』って。お母さんが必死に止めてくれようとしたんだけど、強引に私の胸ぐらを引っ張って、頬を何回も叩かれた」
真奈は右の頬を二人に見せる。
「それで、どうしたの?」
鴻ノ池は優しく声を掛ける。
「もうこんな家は嫌だ、そう思って、家を飛び出して必死に逃げた。けど、その逃げ出した先は知らない場所で・・・・・・。その日、小雨が降っていて、もう私なんてどうでもよくなっちゃって」
真奈は鼻を啜る。
「凶器の包丁はどこから持ってきたの?」
「現場の近くの家で、包丁を勝手に持ち出した。相手は本当に誰でも良くて、相手が死んだら、私も首を切って死のうと思った」
「・・・・・・死んだらダメじゃない」
「え?」
鴻ノ池の問いかけに、真奈はゆっくりと顔を上げる。目が充血していた。
「真奈さんの状況なら、絶対に周囲の人に助けられたはずだよ。そうしたら、絶望する暇なんてない」
「でも・・・・・・」
「でも、じゃない。あなたの過去は、あなたの生きる道に絶対に役に立つ」
鴻ノ池は微笑む。真奈は小さく泣き声をあげる。
数日後。真奈は検察へと送られた。彼女は罪を認めており、反省もしており、情状酌量の余地があるということから、刑罰が減刑されると二人の耳に入った。
「出所したら、あの子はどうするんですかね」
鴻ノ池が停車中の車の中で言う。
「さぁな。しかし、お前の説得力であの子を説得出来たのはなかなか良かったぞ」
「ほんとですか?」
「ああ。それと、何であの子が口を閉じていたのか分かった」
「それは?」
鴻ノ池が促す。
「きっと、男じゃなくて女に話したかったと思うんだよ」
「ああ~。だから、あの時楠谷さんは何も言わなかったのか」
「そういうこと」
楠谷は車のエンジンを入れる。
「さて、行くか」
二人は次の事件現場へと、向かった。
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