第8話 心の別れ リダの場合

皆の前でああは言ったが、もう、私の気持ちは決まっている!


セレスの恋人、いや妻になるのは私だけで良い!


私だけでなく、マリアやメル三人全員をセレスが望んでも、それでもゼクトよりセレスの方が良い!


私の目は完全に曇っていた。


剣ばかり振るっていたから、頭が可笑しくなっていたのかも知れない。


子供の頃から私はゼクトが好きだった。


凄く目立つ子だったし、いつも女の子の中心になっていて、人気者だったから、私が好きになるのも仕方ないと思う。


ゼクトと違いセレスは何時も働いていた。


子供の遊びには殆ど参加せず、大人の手伝いばかりしていた。


私の母さんも父さんもいつもセレスにべったりだった。


母さんはセレスに『姉さん』と呼ばせていた。


父さんも『兄さん』と呼べと言っていた。


そしてセレスは二人を『姉さん』『カズマ兄さん』って呼んでいた。


家族でも無い癖に、腹が立つ位、家族の中に入りこんでくる。


子供じゃ無く自慢の弟みたいに父さんも母さんもセレスを扱っていた。


家での会話は何時もセレスばかりだ。


父さんは何時も「セレスは凄い、彼奴は本当に料理が好きなんだ!覚えるのも早いし、独特の凄いセンスまで持っているんだ!」


そう言っていた。


私が家の台所じゃなく、店のキッチンに入ると怒鳴られるのに。


普通にセレスは入れる。


母さんは良くセレスを叩いていた、最初は怒られて『ざまぁ見ろ』そう思っていたけど、違う!本当の家族への信頼から叩いているんだ。その証拠に叩く母さんも叩かれているセレスも笑顔だ。


『うざい奴!本当に死ねば良いのに』どれだけ嫌いだったか解らない。


私の居場所はどんどんセレスに奪われていく。


それなのに両親は…


「リダ、将来は誰と結婚するのかな、セレスがお勧めだよ!」


「そうね、あの子がリダのお婿さんになってくれたら嬉しいわ!」


私の幸せを考えているんじゃない!


セレスが欲しいから結婚を進めているだけじゃないか?


心底両親が嫌いだった。


セレスはもっと嫌いだった。


だから、私は、子供の頃セレスにかなりの意地悪をした。


虐めに近い位の事はしていたと思う。


川に突き落とした事もあるし、事故に見せかけ木の棒で殴った事もあった。


それなのにセレスは何時もへらへら笑っていた。


「気にするなよ!大した事じゃない」


そう言って笑っていた。


今思えば、セレスには親が居ない、私が川に突き落としたら、その服を乾かすのも、風呂を沸かすのもセレスだ。


頭から血が出る怪我をしたら、普通は親が治療するがセレスには親が居ない。


だから、自分1人で治療してきっと一人で痛みに耐えて寝たはずだ。


流石に自分のしたことを恥じた私は『セレスに関わらない』


そう、子供の私は決めた。


◆◆◆


大人になった今なら解る。


孤児になったセレスには『あの生き方』しか出来なかったんだ。


食料や生活を見て貰うには『手伝うしかなかった』


そんなセレスを不憫に思った両親が優しくするのは当たり前の事だ。


定食屋を手伝い、料理すら手伝うのだから、キッチンに入れるのも当たり前。


全てはセレスが生きる事に必要だった事。


それだけの事だった。


そんな普通の事で、私はセレスを憎んでいた。


今思えば、セレスはとてつもなく優しかった。


川に突き飛ばした事も木で殴った事も誰にも言わなかった。


『こんな女に良く尽くせたもんだ』


今となって本当にそう思う。


私もゼクトもマリアも多分メルだってセレスを馬鹿にしていた。


良い様に扱い、こき使っていた。


ただ4職じゃないそれだけでだ。


文句も言わずにこき使われた挙句…追放。


なんでセレスはそれで怒らないんだ。



◆◆◆


今なら解る『セレスは心が広いんだ』


そう、まるで理想の父親であり、母親である…そんな奴だ。


そう考えればすべて辻褄があう。


父さんや母さんが本当に姉や兄であり、弟みたいな者だとしたら、私の事を姪っ子の様に思っていても可笑しくない。


今思えば、私はセレスのまるで肉親を思う様な大きな愛に包まれていたんだ。


今頃それに気がつくなんて、本当に馬鹿だ!


ゼクトと結ばれても私の序列は4番以下だ。


恐らくは正室には王女、側室筆頭に貴族の娘…そしてその下がマリアだ。


そしてマリアの下が私だ。


今でさえこんな扱いのゼクトの4番手以下。


それに価値なんてあるのだろうか?


ただ、側室という立場だけで、きっとそこに愛は無い。


下手したら、会う事すら余り無い生活を送る可能性すらある。


ならば、私を大切にしてくれるセレスと結ばれた方が幸せだ。


魔王討伐後は、二人で一緒に冒険者でもすれば良い。


セレスが作ってくれたご飯を食べて、セレスが洗ってくれた綺麗な服をきて、一緒に酒を偶に飲んで、まぁそこ迄の関係だ、夜は…


なんだ、こっちの方が絶対幸せじゃないか?


父さんと母さんは間違ってなかった。


私の幸せを考えてセレスを勧めてくれていたんだ。


冒険者に飽きたら、田舎に帰って、定食屋の後をセレスが継げばよい。


父さんが居て、その横でセレスがフライパンを使う。


何も出来ない私は、配膳でもしようかな?


セレス…私が妻になる…もう蔑ろになんかしないし、させないよ。


まぁ3人全員であっても、昔の様に戻るだけ。


それでも今より、きっと幸せだ。


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