9 夜戦 後編

  俺は追い詰められていた。ラ・バイゼルという犬型の魔物バイゼルの上位個体が一匹に加えて、六匹のバイゼルが俺を囲む。ラ・バイゼルは格上だし、ここまでの数を相手にしたこともない。どうするか……。


『我は汝と共にあり』


 その時、突然頭の中に声が流れてきた。すると、とても体が軽くなった。これはどういうことだ? ステータスを確認してみると、何故か全ての素質値が100上昇している。全能感に総身が包まれた。


 これならいける! 俺は剣を両手で握り締め、大きく息を吸う。そして、走り出した。


 まず一番近くにいたバイゼルの首を撥ねる。続いて二番目のバイゼルの顔面に飛び蹴りを食らわせる。そして、着地と同時に左にいたバイゼルの胴を斬り裂くと、さらに右にいるバイゼルの顔を踏み台にして高く跳び上がる。空中で体を捻り、一匹の首を切り落とした。


 着地し生き残った三匹のバイゼルを見ると、奴らは怯えたように後退っていた。俺は剣についた血を振り払い、奴らにゆっくりと歩み寄る。後退するバイゼルたちだったが、ラ・バイゼルが恐らくスキルだろう咆哮をすると、急に血気だって三匹同時に襲いかかってきた。


 しかし、遅い。動きを見切った俺は順番に仕留めていく。最後の一匹のバイゼルを殺したところで一旦攻撃を止めて様子を窺った。すると、ラ・バイゼルは牙を剥き出しにし、威嚇してきた。


「……どうした。お前は戦わないのか」


 そう言って再び歩き始めると、奴は恐怖に満ちた表情を浮かべた。だが、少しして俺に向かって突進してくる。俺は冷静にその攻撃をかわすと、すれ違いざまに首を切る。だが、奴も上手く身を捩って、その傷は浅かった。


 振り返ると、奴は憎悪の籠った目でこちらを睨みつけていた。こいつは他のバイゼルとは違うようだな……。


 その時、ラ・バイゼルが大きく吠えた。それと同時に周囲の岩陰から多数のバイゼルが現れる。ざっと二十体はいるだろうか。俺は軽く舌打ちをした。


 どうする? いくらステータスが上昇したからって限度ってもんがある。だが、無慈悲にも現れたバイゼル達は俺めがけて駆けてくる。考えている暇はない。やるしかないか。俺は腹を決めて剣を構えた。


 最初に来た二体のバイゼルの攻撃をかわしながら、隙を見て一体ずつ殺す。それから一体、また一体と殺していく。そして、あることを思いつく。敵が多いのなら魔法が当たりやすいってことじゃないかと。


「ライトニング・スフィア!」


 案の定、狙い通り雷の槍が命中したバイゼルは一瞬にして焼け焦げた死体へと変わった。他の個体も同じように倒していく。その間にも、どんどん増援は増えていき、最終的に五十体以上になった。流石に多いな。こうなったらもう逃げるしか……。


「いや」


 ここで逃げてどうする? そうだよ。やるんだ。男だろ。なら、せめて全力で、死にものぐるいで戦ってやる! 俺は剣を握る手に力を込めて、闇夜に駆け出した。







「これが限界か……」


 正直言って、ここまで強いとは思わなかった。この世界で生き抜くために必死になって強くなってきたんだろう。


 そう考えると、俺は正直甘かった。異世界を心のどこかで甘く見ていた。だから今夜の経験はいい教訓になった。それに戦うのが楽しかったな。俺は高揚感に包まれていた。


 満身創痍のラ・バイゼルは降参とでも言うかのように頭を垂れてひれ伏している。そうか。やはりお前は最後まで、醜くても、必死に生きようとするのだな。戦ってなお、俺はラ・バイゼルのことが尊敬できた。俺、お前のこと好きだよ。


『汝よ、今だ』

「まさか」


 また声が響いた。この頃には全能感は薄れていたが、その声で何を伝えたかったのかを悟る。俺はすぐさまステータスを確認した。レベルが37になっていたが、今は【知恵の樹】を確認した。


 ツリーポイント72p

【知恵の樹】

 1火(未解放︙解放1p)

 1水(未解放︙解放1p)

 1木(未解放︙解放1p)

 1土(未解放︙解放1p)

 1雷

 2ライトニング(未解放︙解放2p)

 2ライトニング・スフィア

 3ライトニング・ランス(未解放︙解放3p)

 2ライトニング・アロー(未解放︙解放2p)

 1闇(未解放︙解放1p)

 1光(未解放︙解放1p)

 1異常(未解放︙解放1p)

 1その他

 2空間把握(未解放︙解放2p)

 2時間把握(未解放︙解放2p)

 2鑑定Ⅰ(名前と種族)

 3鑑定Ⅱ(年齢と性別)

 4鑑定Ⅲ(職業とレベル)

 5鑑定Ⅳ(素質値)

 6鑑定V(スキル)

 7鑑定Ⅵ(魔法)

 8鑑定Ⅶ(その他)

 9全鑑定(未解放︙解放55p)

 2隠蔽(名前と種族)

 3隠蔽Ⅱ(年齢と性別)

 4隠蔽Ⅲ(職業とレベル)(未解放︙解放5p)

 2武器付与Ⅰ(未解放︙解放2p)

 2防具付与Ⅰ(未解放︙解放2p)

 2使役(未解放︙解放2p)


 やはり、あった。一番下に新しく使役という枝分かれが解放されていた。恐らく解放条件は『その他』解放済み&モンスターの降伏とかだろう。俺は迷わずに使役を選び解放した。


 ツリーポイント70p

 2使役

 3送還(未解放︙解放3p)


 よし。これでできるのだろうか。俺はライトニング・スフィアを唱える要領で、ラ・バイゼルに使役を行使した。すると、ラ・バイゼルは淡い緑の光で包まれていき、その身の傷も少しだが回復していった。


《その他》

 ツリーポイント70p

【生命の樹】

【技能の樹】

【知恵の樹】

 使役

(ラ・バイゼル)


 ステータスにも使役できたことが表示された。使役が終わると同時に疲労感に襲われて、俺は思わず地面にへたり込んだ。すると、ラ・バイゼルがやってきて、俺の頬を舐めた。かわいいやつだ。俺はこいつの背中を撫で返す。


「ラ・バイゼルって言いにくいんだよ。そうだな。今夜は月が綺麗だ。お前の名前はルナにしようか」


 俺が名付けると、嬉しいのかルナは月に向かって吠えた。こうして俺は、ラ・バイゼルのルナを使役したのだった。

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