八月の影 12 終わりの始まり
故 神足浤 儀 告別式会場
どうして気付けなかったのか?
ホールの前に置かれた見上げるほど大きな看板には何度見ても「神足浤」の文字がある。神足浤とはつい数日前LAの公証人のオフィスで別れたばかりだ。31歳の壮健な若者がこんなに突然亡くなるなど誰が予想できただろうか。弔客録に名前を書いた紫野裕子は前のページの最後に北白川華子とその娘の名前を見つけた。
PTAの連絡メールでは夏休み中でもあり学校としての参列はしないので個別に判断するようにと通知が出ていた。昨朝の帰国直後に確認した保護者会のグループラインでは葬儀に参列すると書いていた父兄が多かった。その殆どの父兄は学校を離れた付き合いでも神足グループとは何かしら関係していたから今日誰に会ったとしても驚くことではない。離合集散する弔問客にあふれる会場でそこだけ整然と並ぶ人々の列は喪主に挨拶をするために待つ人たちのようだ。
「お母さん、真太郎がいたから行ってきていい?」
「駄目よ。挨拶の後に…」
紫野裕子もその列の最後についていたが列の長さとその行き着く先で待つ親子を見て結局息子に許可を与えた。
「いえ、やっぱりいいわ。行ってきなさい。」
何度か学校行事で息子と一緒にいる涼と話したことがある。その時には“噂”で聞いていたより随分落ち着いた印象の明るい少年だと思ったが今日は見る影もない。そして病み上がりの神足汪の様子は言うまでもない。子を亡くした親の気持ちがどんなものかなど想像しなくともわかる。その硬い表情の親子のために、何より故人のために自分にはすべきことがあるのだと紫野裕子は改めて思った。
息子の背中を見送るとその先に同級生数人と静市真也が見えた。きっと静市真也が兄を亡くした神足凉の為に友人を呼んだのかもしれない。
何をしても時間はもう戻せないのだ。
しかし“あの話”は誰にする?
当然、常識的に考えればまず最初に依頼人の暫定相続人である父親に話すべきだが
依頼人は父親に知られることを頑なに拒んでいた。とすると…。
哲也が合流すると友人たちの輪がばらけてその奥にもう一人、人がいるのが見えた。ゆったりとしたシルエットの喪服はきゃしゃな彼女をいつもより頼りなく儚げに見せた。紫野裕子は静市真也が大挙して入ってきた集団から四宮朱音をかばうようにしたのを見て適任者を見つけた気がした。こうした話を身内ではなく他人にしなければならないのは何とも不思議な話だったが、資産家では往々にしてある事だ。こうした問題が…特に遺産に関わるような問題が起こると肉親に話が来た時にはもう周囲は随分前に知っていたというのはよくある事だった。
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