八月の影 9 終わりの始まり

 しかし魔法のマントがあったとしても雅の願いは叶わない。足早に涼を追ってきた真太郎の父が雅に向かって踏み出そうとした涼を引き留めたのだ。涼の腕を掴んだ静市真也は

「来たのか真太郎、雅ちゃんも京香くんもよく来たね。」

息子達を飛び超したその先に

「四宮先生もご一緒だったんですね。」

少し咎めるような視線を投げた。その言葉に引き摺られるように雅が振り向くとそこには教室で見るより蒼ざめた顔の四宮朱音が立っていた。

「涼君悪いが今鹿ヶ谷会長が来られた。御令孫と一緒に、だ。だから…。」

静市真也が兄の婚約者の弔問を告げると涼は驚いたように残してきた父を振り返ったが、雅はその時涼の視線が“鹿ヶ谷会長とその孫娘”と四宮朱音の間を彷徨った後悲しそうに歪むのを見た。そして真太郎の父の少し困ったような様子に副社長という立場が“あの事”に関する限りにおいてどういう立ち位置であったのかは定かではないが、少なくとも彼が”あの事“を知っているのだと雅は確信した。

「すまないが君たちは先生と一緒に向こうの控室でお茶でも飲んでいてくれないかな。今取り込んでるから焼香はちょっと…。ここに行けば軽食も用意されてるから…。」

真太郎の父が息子とその友人の背中を押すようにして涼から引き離した時、雅は背後で密やかに漏らされた溜息を聞いた。

「本当にすまないが…。」

真太郎の父は雅や京香を見ながらその言葉を発したが。その実その言葉は違う誰かに向けられた言葉のようだった。その時雅は何故かそうしなければいけない気になって四宮朱音の顔を盗み見た。そして真太郎の父がその言葉を誰に向けて言ったのかを知ったのだ。喪服の四宮朱音は夏の終わりに不似合いな程寒そうに立ち尽くしていた。

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