第21話 飾られた古い絵画2

◇◇◇


一方拓也と照子はアトリエで絵のラフ画がおわり、ペンで色付けに入っていた。

窓から夕焼けが差し込み、部屋が赤く燃えているようだった。

「里山、今日泊まっていく?」

拓也の言葉に里山が頬を染める。

今日は金曜日。明日は休みだ。

「あ、そういう意味じゃないから。」

拓也が狼狽えた。

「愛花ちゃんは海堂家の本邸だろうし、久しぶりに昔話をしたくなっただけ。絵も描き終わってないだろう。」

照子はクスと笑みを浮かべた。

「そうね。御言葉に甘えようかしら」

◇◇◇



愛花は綾の自室が母さんや拓也さん、里山先生、私の祖母が描いたとされた花漣さんが描いたであろう絵が飾られていた。

花や鳥、空や海。

入った瞬間、美術館に来たような感覚だ。

そして、はしっこにはR.Kの文字で飾られた絵。

赤と黄色いハイビスカス

『花言葉は新しい恋と輝き』


「このハイビスカスは、私が龍之助と結婚した時にもらったものよ?」

笑顔を向ける。

祖父の絵。

海堂龍之助の絵ー...

この絵にはきちんと『心』を感じる。

経緯はどうであれ、綾さんを想っての結婚とわかる。

「どうして、」

私は思わず漏れでる。

「家族を壊すことをしてるのかよね?」

綾さんが続けた。

「私も当時、何度も思ったわ。」

苦笑しながら話す綾さんは私に紅茶を出して、ソファーに腰かけるように進める。

「続きを話すわね。」

コクリと頷く。

◇◇◇


いつものように海堂家に出勤する綾。

正面で疼くまる女性を見つけて、慌てて駆け寄る。

「あなた大丈夫?」

その女性、海堂蘭は苦しそうに胸を抑える。

あわてて駆け寄ると、グイと引っ張り肩を貸してやる。

「どうして私を?」

蘭は驚いて綾を見つめている。

「そりゃ、あなたに言いたいことは山ほどあるわよ。

でも、目の前に倒れてる人を見てほっとけるほど人間出来てないわよ。」

綾は蘭を部屋まで運び、ベッドに寝かせてやる。

その部屋には子ども用ベッドがあり、そこには赤ん坊が寝かされていた。


「可愛らしい子ね。」

笑みが溢れる。

その赤ん坊こそー海堂拓也である。

すやすやと可愛らしい寝息を立てて眠っている。

「...優しいんですね。綾さん」

「この子に罪はないでしょ。」


ポソリと「あの人が好きになるのもわかるな」と呟く。

「何か言った?」

「何でもないわ。」首を振る蘭


「ねえ、あなた何処か病気なの?」

以前見た時より、細くなった気がする。

蘭は答えない。

「今度、瑠璃を部屋につれてくるわ。」

ウィンクをする綾。

「え?」

蘭は目を丸くする。

「赤ちゃんのお姉さんよ。家族に会うのは自然でしょ。」

笑みを向けた。

◇◇◇

学校帰りの瑠璃に話をしてみる。

「いくら綾さんの頼みでも嫌よ?どうして私が!お母さんが出て行った原因の親子と仲良くしないといけないの!!」

部屋を飛び出す瑠璃。


「待ちなさい。瑠璃!」


綾が追いかけようとしたら、タイミングよく龍之助と鉢合わせる。

「騒々しいぞ。」

自分には関係ないという口ぶりの龍之助。

綾はイライラした気持ちを抑えきれない。

「あんたねえ、自分の家族のことなのよ。もう少し何とかしようと思わないの。」


腕を組み考えこむ龍之助。


「思わないな。大抵のことはお前がいるから。何とかなる。」

傍若無人ぷりに呆れはてて、呆気にとられて思考が停止してしまう。


「はぁ?」


◇◇◇


現在軸

拓也は里山は向かいあって、夜ご飯のコロッケを食べている。

衣がサクサクだ。

突如、里山が口を開いた。

「拓也、あなたは綾さんのことをどう思ってる?」

「血は繋がってないけど、僕ら姉弟にとって彼女は母と言っても過言じゃない。」

「拓也」


だけど、箸をとめる。

「時々、思う。僕ら姉弟が義母さんを海堂家に縛っていたんじゃないかって」


◇◇◇

翌日、綾は昨日の龍之助の言葉でイライラしていた。

(ったく、私はあんたの母親じゃないのよ。)


この日ー...画商の仕事で、私は画家の邸宅に訪れる。

綾は画家が描いた天使の絵を見て幸せに

「素晴らしい絵です。

ぜひ、当ギャラリーで展示させてください。」


その画家は綾の言葉に柔らかく微笑む。

「良かった。自信作だったんです。」

素朴で純粋そうな笑顔で好感を持った。


「では詳しい日程は後日、」


綾が桜井邸を出ると1人女性が奥の扉をスゥーと開けた。


◇◇◇



翌日、画商の仕事が長引いていつもより遅い時刻に海堂家に出勤すると、瑠璃は綾に泣きながら抱きついてきた。

「瑠璃?ちょっとどうしたの。」

よしよしと背中を擦ってやる。

「私があんなこと言ったから、もう、綾さんが来てくれないんじゃないかと思って。」

肩が震えている。

この子は置いてきぼりになることを恐れているわ。

「バカね。そんな訳ないじゃない。」

◇◇◇



私は蘭さんの部屋に瑠璃を連れていった。

「瑠璃ちゃん、この子の名前つけてあげて。」

柔らかく微笑む蘭。

「私でいいの?」

目を丸くする瑠璃

「もちろん、あなたはこの子のお姉さんですもの。」

しばらくうーんと考えこむ瑠璃。

「拓也...この子の名前は拓也」


綾が口を開く。

「拓也かいい名前じゃない。」

その名前を聞いて蘭は口角をあげる。


「拓也、未来を開拓する子になってね。」



◇◇◇

現在。海堂家の綾の自室。

夕方の4時。

ソファーに座って話をしている。

「拓也さんの名前は母さんが名付けたんですね。」

母さんが拓也さんの名前を付けたとしって嬉しくなる。

「そうね。」


「まだ、夕食まで時間があるわね。」

綾は遠い目しながら、再び過去を話す。


◇◇◇


不器用ながらも蘭と瑠璃が交流を深めた頃、蘭は病の為に病床に伏せるようになる。

「どうして?蘭さんがこの状態なのに、お父さんは来ないの。」

泣きそうになる瑠璃

「瑠璃ちゃ..ん」

ハァハァと呼吸が浅くなる。

「お父さんを、責めないで...」


「蘭さん!」


「あの人は私を愛している訳じゃない...あの人は私の望みを叶えてくれた、そして、あなたのお母様を...愛していた訳でもな...い。あの人の瞳に映るのはただ一人」



蘭の言葉に瑠璃は疑問をぶつけた。

「どういうことー..?」


「瑠璃ちゃん、今から話すことは、誰にも秘密よ。本人が自ら話されるまで....」

蘭がある事実を話す。

「!!」

瑠璃はその事実に口元を抑える。

「そんな!」

◇◇◇


綾は龍之助の腕を引っ張って、蘭の部屋まで連れていく。

「離せ、綾」

龍之助は今日はグレーのスーツを着ている。

綾はいつものように髪をアップにまとめてパンツスーツでいる。

カツカツと歩いていた足をとめている。

「あなたが愛した人でしょ。どうして、一緒にいてあげないのよ。」

そう、花蓮の時も。

握りしめていた拳が震える。

「愛してはなかった。花蓮も蘭も」

綾はその言葉にカッとなって手をあげようとした瞬間ー...

龍之助にパシッと腕を掴まれる。

ギュッと力強く握られて、痛みに顔を歪める。

「痛、ちょっ離してよ。龍之助!」

グイと腕を引っ張られた次の瞬間、唇を重ねられる。

呼吸すらままならい深い口づけをされる綾

龍之助が唇を放すと、「ふぁ...」と綾は熱い吐息をこぼした。


綾は力が抜けてその場にしゃがみこんだ。


「な、何を」

頬を赤に染めている綾。

「俺が昔から愛しているのは、花蓮でも蘭でもない。お前だ、綾....」


「!!」


◇◇◇


「お父さんが昔から綾さんを?」

わからない。それなら、なぜ彼女と結婚しなかったんだ。

どうして、お母さんや蘭さんと関係を持ったんだ。

それがお母さんが家を出ていくきっかけになったんじゃないの!


海藤蘭はこの日、眠るように旅立った。

◇◇◇


海堂家は蘭の葬式がすんだあと、龍之助の嫁探しを始めようと動いていた。

その第1候補が私になった。


龍之助の想い人で、昔から海堂家に出入りして瑠璃や拓也がなついていた綾は本命だった。

海堂家が私の家に縁談の申し出をしたのは、蘭の葬儀から数日後のことだった。


海堂家は日本美術連盟に顔が効く一族、美術の仕事についてる者ならば、その申し出を断るのがどういうことか想像に固くない。


縁談の場に選ばれたのは日本橋の料亭。

月が綺麗な夜だった。


綾はエメラルドグリーンの着物。

龍之助はブラウンのスーツ。

お付きの者はなく、二人きりである。

綾は目の前の豪勢な刺身をとり、醤油をつけてパクっと口に運ぶ。

(美味しいー...)

幸せそうな笑顔を浮かべる。



「クククっ」

笑いをこらえる龍之助

「な、何よ。」

「いや、旨そうに食うなと思ってな。」

はじめて心から笑った顔を目にした。


二人は食事をしながら雑談を続ける。

「瑠璃は?」

「家で拓也の面倒を見ている。」


「そう....私は良き妻でいられる柄じゃないわよ。」

「それでいい。」


私を見つめる瞳が熱くて優しくて、龍之助はいつから、そういう瞳で私を見ていたんだろう。

もし花蓮がずっと前から、そのことに気付いていたとしたら、彼女が海堂家を出た理由は私にある。


「龍之助、私は画商よ。私に気持ちをぶつけたいなら絵をちょうだい。」



◇◇◇

海堂家、龍之助は綾をイメージして絵を描いた。

(最初の妻、花蓮の友人の綾に惹かれるようになったのはいつだったろうか?)

スケッチブックに赤いハイビスカスと黄色のハイビスカスを描いた。


後日、龍之助は綾にスケッチブックに描いた絵を手渡す。


「赤いハイビスカスと黄色ハイビスカス?」

花言葉は新しい恋に輝き。


綾はクスっと口角をあげた。

「負けたわ。縁談を受けてもいいわよ。」

はにかむように笑う。


龍之助が学生時代に描いた絵を、綾が見たことがあった。

文化祭に展示してある夢の遊園地の絵。

「わ、綾、すごい素敵な絵だね。」

自分の絵を褒めてくれる人間は多い。

「でも、この絵すごい寂しそうなのよね。」

「!!」

女子生徒は告げる。

「私だったらこのメリーゴーランドに一緒に乗ってあげるわよ。」

「ふふ、流石綾ね。」


展示部屋から出てくる二人組が自分とすれ違う。

(綾というのかー...)


◇◇◇

この日

私は龍之助と、正式に婚姻を結んで海堂綾となった。


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