第20話 飾られた古い絵画1
拓也さんと母さん、そして里山先生に何があったか。
「私は知りたいです。」
ボブの髪を靡かせて綾さんが聞いてきた。
陽が陰をさして、ゆっくりと話していく
愛花の義理の祖母にあたる海藤綾は、母、瑠璃の子どもの頃からの教育者だった。
旧姓は遠藤綾
当時、20代半ば。黒のスーツ
今より少し長い髪をアップしていた。
「瑠璃、今日は絵画の勉強よ。」
髪を2つに結んでピンクのワンピースを着ている。これだけみれば深窓の令嬢なんだけどー...
「いやよ。私は外で遊びたいわ。」
あっかんべーと舌をだしている。
◇◇◇
「本当に、あの頃の瑠璃は手のつけられないお転婆だったわ。」
ため息をつきながらも、綾は過去を懐かしんでいる優しい目をしていた。
「母さん」
愛花は思わず苦笑した。
(綾さんは母さんを娘のように思ってたんだなと感じて嬉しかった。)
綾は愛花を見てフッと笑った。
「続きを話すわね。」
◇◇◇
綾は絵画の勉強を抜けだした瑠璃を探す。
「瑠璃~どこ行ったのかしら?本当にこの屋敷は広すぎるわ。」
庭園の方まで来ていた。
後ろから声をかけられる。
「綾」
柔らかい声。淡い栗色の髪を靡かせて、白のカチューシャをつけている。
洋服はグリーンのワンピース。
「花蓮」
◇◇◇
「海堂花蓮」
私は思わず呟く。
「瑠璃の母親であり、あなたの実の祖母よ。私は瑠璃とは幼なじみでね。
小学校から大学の専攻が美術まで同じ。海堂家に嫁いだ瑠璃に頼まれて、美術画商をやりながら教育係を引き受けたの。」
◇◇◇
「ゴメンね。綾、迷惑かけて」
手をパチッとついてゴメンポーズをつける。
花蓮は庭園の方へ行って息を大きく吸う。
「瑠璃~!早く出てこないとオヤツのプリン抜きよ。」
大声で叫ぶと瑠璃がこそこそと庭園の方から出てきた。
「それは嫌だ。」
泣きそうになっている。
花蓮は目線を瑠璃に合わせて、「それなら絵画のお勉強をしてから、庭園でオヤツのプリンを食べましょう。ね、瑠璃。綾先生の言うこと聞いてくれるわね?」
瑠璃が綾をチラッと見る。
「分かったわ。お母さん」
てくてくと歩いて綾の前に頭を下げる。
「ゴメンなさい。綾先生。絵画のお勉強します。」
二人の関係に思わずフッと笑う綾。
絵画の勉強後、プリンを食べ終わって花蓮の膝の上に寝ている瑠璃。
庭園のベンチで綾は花蓮に尋ねた。
「花蓮、きちんとお母さん出来てるじゃない?どうして私に教育係なのよ。」
私の言葉に花蓮は一瞬、目を丸くした。
「それはー...」
「?」
「この屋敷では、心許せる親友と少しでも緒にいたかったからよ。」
風がなびいて、花蓮の栗色の髪をなびかせる。
◇◇◇
「上手く行ってたと思ったわ。
でも、もしかしたら嫁いだ時から、海堂家に花蓮の居場所はなかったのかもね。」
若干、綾は眉を下げる。
◇◇◇
数年後ー...
14歳になった瑠璃。
いつものように私服で自室で絵を描いている。
「綾さん出来たわ。」
手渡されたデッサンを見る。
庭園のラフ画。
細部まで細かく描かれている。
画商の目から見ても、この子の美術の才能は計り知れない。
「瑠璃、あなた天才よ。」
ぎゅっと抱きしめる綾。
「ふふ、絵画の師匠の綾さんが優秀だからよ。」頬を染める瑠璃。
その様子を花蓮が部屋の外から見守っていた。
◇◇◇
それから数日後ー...
いつものように海堂家に出勤した。
周囲が騒々しい。
(どうしたのかしら?)
前から瑠璃が走ってきた。
私にすがり付く腕が震えている。
「綾さん、お母さんがお母さんが....」
只ならぬ様子に息をのむ。
「花蓮がどうしたの!?」
「書き置きを残して失踪した。」
その日、花蓮は海堂家から姿を消す。
手紙には夫である海堂龍之助が道ならぬ恋をしていること。相手の女性が妊娠している為、この家を出ていくと。
そして私へ瑠璃をお願いと書いてあった。
離婚届けには花蓮の名前が書かれて判子が押されていた。
綾は手紙を持つ手がぶるぶると震えるのがわかる。
◇◇◇
廊下をカッカッカと歩く。
パンツスーツを着こんでる綾。
私たちが海堂龍之助に出会ったのは、中等部の頃。
中等部廊下
「綾、あの人海堂家の?」
仄かに頬を染めて話す。
「そうみたいだね。花蓮」
顔立ちが整って涼しげな目をしている。
バンッ!!
勢いよく龍之助の自室を開ける。
「ノックくらいしろ。綾」
相変わらず整った顔立ちをして、ブラウンのスーツを着て、机に向かって書類を書いていた手をとめていた。
涼しげに私を見つめる。
眉間に皺を寄せながら話した。
「よく、冷静でいられるわね。龍之助、あなたを見損なったわ。」
「綾が決めたことだ....俺は出ていけとは行ってない。」
はぁとため息がでる。
「そういうとこよ。」
顔に手を当てる。
「.....」
「でも、綾がいないなら私はここにいる意味はない。今までお世話に」
最後まで言い終わる前に、龍之助が口を開いた。
「いいのか。綾の手紙に瑠璃を頼まれたのだろう?」
がさッと物音がする。
私が外の部屋を見てみると瑠璃がいた。
「っ綾さん」
その顔は目に涙をいっぱい溜めて、置いていかないでと言っていた。
◇◇◇
それから龍之助と花蓮は正式に離婚した。
私は今までと同様に海堂家で瑠璃の絵の教育をする生活をしていたわ。
今日の課題は遠近法。
「瑠璃、どんどん上手くなってるわね。」
この子がどんな画家になるか楽しみだわ。
頭をよしよしと撫でる。
笑みを向けた。
「綾さん、今日泊まっていってくれる?」
「え?」
そうか今日は海堂家が新しい妻を迎える日。確かその女性は子どもが産まれたと聞いた。
「そうね。泊まらせてもらう。」
「やったぁ」
瑠璃は笑顔で綾に抱きつく。
◇◇◇
午後4時に図書室に瑠璃と二人で歩いていた時、正面から赤子を連れたロングヘアを後ろに結んでる女性が、使用人に連れられて歩いていた。
瑠璃は俯いている。
すれ違い様に、私は女性と目があう。
「!」
意味深な眼差しを向けられた?
瑠璃じゃなくて私に...
どうして?
彼女こそが拓也の母親の海堂蘭である。
◇◇◇
夕焼けが燃えてるように真っ赤に染まっている。
「日が落ちてきたわね。続きは私の部屋で話しましょう。」
にこやかに言う綾さん。
「はい」
私は綾さんの後に続いた。
◇◇◇
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