第8話 展覧会の秘密

7月下旬。

終業式。

「それじゃ、良い夏休みを送ってね。」

担任の里山先生が優しい口調で語る。

里山先生は天然パーマが特徴の美術部の顧問だ。

学生時代。部長の話によると美術部だったらしい。


8月に入って、花柄の半袖、ベージュの半ズボンを着て自室で宿題をこなしている最中。

「愛花ちゃん、8月10日に遊びにいってもいいかしら?」

スマホのラインが入る。


スマホも高いから本当は遠慮していたけど、東京は物騒だから安全の為にもと拓也さんにプレゼントされた。


本当にお世話になりっぱなしだ。

口角をあげる。


部屋を出て拓也さんのアトリエへと入る。

個展が近い。

拓也さんの個展は8月7日。


海。魚。人魚。貝殻が描かれていた。

心に響く絵。

すごいなぁ。

昔から拓也さんの絵は、心に惹き付けられる。


「愛花ちゃん?どうかした?」


拓也さんに声をかけられてハッとする。


「部長さんが8月10日に遊びに行っていいかと言われたんですけど、大丈夫ですか?」


「もちろん。個展も終わってるし、約束してる美術館。15日でどう?」

拓也さんは微笑む。

「はい。楽しみです。」

優しい時間。ずっとこの瞬間が続いてほしいなと愛花はこっそり思っていた。



8月7日。

海堂拓也個展会場。

天才画家。海堂拓也の個展には多くの人物が観覧に来ていた。

美術連盟の人たち。

顧問の里山先生。部長の姿。

そして、数日前に美術室にいた男の子も見かけた。

皆、正装だ。

私は制服を着ている。

声をかけようとしたら、部長と里山先生がが私を見つけて話しかけてきた。

「長峰さん、海堂拓也さんとご挨拶したいの。時間あるかしら?」

里山先生のあとに、私もと部長が続く。


「探してきますね。」


拓也さんは展示会場の裏。

50代後半の男性と話していた。


「拓、、」

声をかけようとしたがその後の言葉に、驚き躊躇われた。


「瑠璃の娘を引き取ったそうだな。」

威厳のある声。

「はい...」


拓也さんは今まで見たことのない顔をしている。

ここから相手の顔は見えない。


「瑠璃もバカな子だ。

私の言うとおりにしていれば、恵まれた生活を手に入れられたというのに。」

忌々しく語る姿に、私は子どもながら嫌悪感を抱いた。

拓也さんは拳を握りしめる。


「姉さんは沖縄で暮らせて、幸せそうでしたよ....父さん...」


彼は拓也さんの言葉を無視して話を続けた。

「...拓也、お前もいつまでも自由でいられると思うなよ。

海堂家を継いでもらうからな。

瑠璃の娘が高校を卒業するまで、それが約束だ。」


「愛花ちゃんです。」

凛とした声音で語る拓也さん。

「ん?」

「姉さんの娘の名前ですよ。あなたの孫です。父さん...」


「勝手に駆け落ちした娘の産んだ子など、孫とは認めん。

だが、美術部を選んだのは海堂家の血の定めかもな。」


それだけ言うと、その人は立ち去った。

拓也さんは大きくため息をついて後ろ姿を見つめている。


私は会場に戻ろうとした拓也さんと鉢合わせする。


「愛花ちゃん...」


私は笑顔で話かけた。

「先生と部長がご挨拶したいそうですよ。」

拓也さんの前を歩く。

ぱしっと腕を掴まれた。

「...聞いていたのかい?今の話。」

「何をですか?」

笑顔で返す。

何か言いたそうな拓也さん。

見つめあう二人。


聞きたいことは山ほどあったけど、呑み込んだ。

拓也さん、辛そうな顔をしてたから。

中学1年でついた人生はじめての嘘。

大切な人を護る為についた。

この気持ちを何と言うのか、私はまだ知らない。

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