誕生日
ユウイチ
誕生日おめでとう
僕には好きな人がいる。彼女は窓辺の席でいつも物語の世界に入り込んでいる。僕はそんな彼女入学してまもなくを好きになってしまった。
「おはよう」
僕は毎朝彼女に挨拶をする。彼女は視線を投げるだけで返事などない。彼女は誰にでもそうだ。そのせいで少し周りから浮いていると思う。僕は最初こそ困惑したものの2週間もしないうちに慣れてしまった。
彼女を目で追い続けて1ヶ月。わかったことをまとめていくと、
1、勉強苦手
2、読書好き
だ。別にストーカーのようにつけまわしてる訳ではないためほとんど分からなかったようなものだ。読んでる本のジャンルはいつもブックカバーをつけているため表紙から見てとることはできない。
自分から話しかけれたらなぁ……!!
っと思ってしまうが内気な僕にできるとは思っていない。挨拶だって、たまたま彼女が前の方に座っていてたまたま僕がその列の後ろ方で毎朝、たまたまを装って近くを通れるからだ。
いつまでこれを続けるのか。日常化していいのか。そういう想いが頭の中をぐるぐるとわまる……
そんな日が続き梅雨が明けて夏休みが始まる前日、終業式の日だった。
「はい、ではこれから二学期の席順を決めていこうと思います」
先生の進行とともにクジを引いていき座席表と照らし合わせて席を決めていく。彼女は窓側一番後ろの席に、そして僕は……その隣になった。
よぉぉぉぉぉぉおおおおおしゃぁぁぁぁぁぁ!
人生に勝った気がした。二学期をここまで待ち望んだのは多分僕だけだと思う。一学期半ばからやり続けてきた挨拶が結局1回も返ってこなかった事など席替えの結果のおかげでどこか遠くに飛んでしまった。
夏休みは、とても長かった。待つ、というのは意識すればするほど長く感じるものなんだと改めて認識したほどだ。部活などに入っている訳でもないので学校に行く用事すらない。毎年恒例のゲーム祭りのはずなのに今年は違った。
「やることなぁぁぁぁぁぁぁぁい!」
楽しみすぎてそれを紛らわすために宿題に手をつけたら1週間とかからず終わった。ゲームをしててもいつの間にか手が止まってしまいそれどころではない。
「うるさい! どっか行け!」
叫んでいたら母に怒られた。これ以上怒らせるのは得策じゃないから図書館にでも行って心を落ち着かせることにする。もちろん別の意図もあった。彼女と少しでも話すネタになればと思い読書を始めようとしていたのだ。
家から1歩出たら、ただただ地獄だった。肌を焼く日光。アスファルトからの熱気が凄まじい。早くもノックダウンしてしまいそうな熱さだ。ここから市の中央図書館まで行くとなると5キロほどチャリを漕がなくてはならない。
「え? 僕、死ぬかも?」
そう思いながらもペダルを回した。
人間はそう簡単に死なないものらしい。着いた時には汗がやばい事になっていただけだ。
「ふぅ」
館内は空調が聞いており快適だ。俺はタオルであらかた汗を吹き終えたら席を探すことにした。歩きまわること約五分。ようやく空席を見つけた。そこに荷物を下ろし、本棚に向かう。
「ん〜……」
適当にアニメ化したらしいラノベを選んだ。読書する習慣が無いけれど活字を読むのは嫌いじゃないから大丈夫だと思う。
「よっ、と」
先程の席に戻り座る。とりあえず今日は4時間潰せればいいので二冊程度持ってきた。隣との間隔はまぁ、1メートルあるかないかで近くはないが遠くもない距離だ。
★★★★★
「ふぅ……」
一冊読み切りいつの間にか3時間もたっていた。思ったよりものめり込んでいたようだ。ふと隣を見ると、
「!?!????!!!!!?!?!?」
図書館だから声を出さなかったが驚いた。ものすごく驚いた。口から心臓が出そうだった。なにせ、例の彼女が隣に座っていたのだ。
「え〜っと……こんにちは」
苦し紛れの挨拶。彼女はこちらを一瞥しただけでもちろん返事なんてなかった。その事に少し落ち着いたが僕はもう読書なんて出来なかった。
それからは毎日図書館にかよった。彼女はいつも同じ席に座って読書をしていた。挨拶はするが返ってこない。だが、元々そんな関係だ。僕はしばらく慣れなかったが次第に緊張しなくなっていった。
夏休み最終日、いつもと同じように席に座り読書をしていた。彼女はいつもと違って読書じゃなくて宿題をしていた。いつもの静かな空間。そこにシャーペンを走らせる音が加わって心地よかった。
トントン
「!」
隣から肩を叩かれる。心臓が跳ね上がったが平静を装いつつ彼女の方を見ると彼女がノートを指した。何事かと視線をおとす。
『分からないから教えて』
と、書いてあった。図書館だから静かにするのか、と僕は関心しながらバックに常備してある筆記用具を出し自分のメモ帳に返事を書く。
『教えれる範囲なら』
『それでいい。助かる』
『どこ?』
続いていく筆談。示された問題はしっかり理解できている問題だった。勉強してきた過去の僕に感謝しつつ彼女に教えていく。
何問か問題を教え終わると彼女はノートに感謝の二文字を書き、勉強道具を収め、いつもより早く帰っていった。
生まれて初めてした筆談の相手は好きな人でした。なんて日記に残したのはまた別の話である。
★★★★★
休み明け一日目。颯爽と新しい自分の席に向かっていく。彼女は既に来ており、夏休み前と同じように読書をしていた。
「おはよ」
返事は無い。前と同じだ。しかし、前と同じなのはそこまでだった。机の上に何か置いてある。メモだろう。そこには、
『おはよ』
と、書かれていた。少しだけ進んだのかもしれない。思わずニヤケてしまう。授業内容がさっぱり頭に入ってこなくなったのはご愛嬌である。
それを契機に少しずつ筆談で会話する事になった。内容は他愛もないことばかりだったが、それが僕はとても楽しかった。
二学期が始まって十日が過ぎようとした時だった。僕はその日も筆談で彼女との会話を楽しんでいた。ふと、僕は彼女の誕生日を知らないと思い彼女に聞いてみた。
『そういえば誕生日いつなん?』
『丁度一月後だよ』
すぐに返事を書いてくれた。それに僕が何か反応する前に彼女は追加で、
『でも、祝わないで。誕生日、嫌いなの』
『分かった。でも、なんで?』
『なんでもいいでしょ』
彼女はこれ以上深入りさせようとはしなかった。その日はもう会話はなかった。彼女と僕の間に壁が再びできてしまったと実感してしまった。
翌日、関係は夏休み前まで後退していた。筆談もしなくなった。それが辛いとは思わなかった。それがいつも通りだったのだから。ただ、一日が退屈になっていった。
あれから1週間、僕にとってはとてつもなく長い1週間が過ぎ去った。重い足取りで帰宅する。ふと顔をあげると空を真っ赤に染め上げる夕焼けが目に入った。
「お、もうこんな時期か」
秋は夕日が綺麗だ。個人的な意見だが四季の中で夕日が最も輝いているのは秋だと思う。と、いうことで毎年秋から冬にかけて屋上で夕日を眺めながらのんびり過ごすことに決めている。
明日からそうしようと決めて今日は帰る。少しだけ明日からが楽しみになった。
★★★★★
「………………」
やはり、少し早いがとても綺麗だ。秋雨前線がここまで来るまでは毎日来よう。そうしよう。
そう決めて2週間、彼女の誕生日になった。今日も何事もなく、ほんとに何事もなくすごした。そして放課後になり屋上に来た。そのままハシゴを使ってペントハウスの上に登る。
「………………」
静かな時間が流れる。僕は彼女の周りを流れる静かな時間に惹かれて好きになったのだろうか。それとも彼女が好きだから静かな時間が好きになったのだろうか。
「………………」
多分どちらもなんだろう。きっとそうだ。なんでか分からないけど、きっとそうなのだろう。
色々考え事しながらぼへ〜っと過ごしていたら真下からドアの開く音がした。
「………………」
息を潜めて構える。歩行音が数歩分響くと姿が見えてきた。
「!?!!」
その後ろ姿から推測するに、彼女だ。何をしに来たのだろうか。こんなところに来てやることなんて夕日を見る以外に使わない……
ガシャ、ガシャガシャ
「ちょ、おい!」
のんびり後ろ姿を見ていたけど、柵を登り始めたらさすがの僕でも焦って声をあげた。すると彼女はこちらを見て、
「なに?」
と、声を発した。初めて聞く彼女の声はとても綺麗で、それと同時に儚く砕け散ってしまいそうな澄んだ音だった。
「何を、しようとしてるの?」
「見てわかる通りだよ」
僕が見てわかる通りなら、彼女は、飛び降りようとしている。そのようにしか見えない。
「ダメだよ……そんな事しないで」
「なんで止めるの?」
トッ
彼女は1度フェンスからこちら側に飛び降りた。僕もペントハウスから飛び降り(それなりに足を痛めたが)彼女の前に行く。
「今、止めないと一生後悔しそうだったから」
「じゃあ、止めないで」
そう言い切ると彼女は再びフェンスに向かう。僕は彼女の手首を捕らえた。とてつもなく、細い。
「やめて」
「ダメだ」
「やめて」
「無理だ」
「やめてって言ってるでしょ!」
彼女は僕の手を振り払おうとして手を振るが、僕は離さなかった。ダメな気がした。二度と彼女と会うことが無くなるような気がした。
「離して! 離してよ、離してよぉ」
彼女の声がだんだん弱々しくなっていく。僕は少しして言葉を発した。
「なんで、死のうと思ったんだ」
「……」
「……」
「…………辛いのよ」
彼女がポツリとこぼした言葉を僕は聞き逃さなかった。
「僕でよければ話してみないか?」
僕はそう提案した。提案という形をとっているが実質強制なのは言うまでもないが。
「私に生きる意味なんて無いの」
「?!」
飛び出した言葉は突然重みを増した。
「誕生日は嫌いってこの前言ったでしょ? あれ、生きる理由を、生まれてきた理由を考えてしまうからなの。君は知らないかもしれないけど私はいじめを受けているわ。ほら」
「……」
彼女が長袖をまくると痛々しいアザが右腕だけでも五箇所あった。あまりの酷さに衝撃を受けていたところに彼女は続ける。
「最近いじめが酷くて、先生にも相談した。でも、あのクソは言い切ったわ『君がもっと明るく接してみればどうだ』って」
よく知らないけどそういう先生はなかなか減らないのだろうか。
「それに加えて親はそれぞれが愛人を作って私には興味も愛情も無い。たまに家に帰ってきてもまたすぐどこかに行く。もう辛いの。もう苦しいの。私に生きる理由なんて無い。今ここで死んでも悲しむ人なんていない! だから離して! 楽にさせてよ!」
「そうか……」
僕はそれでも手は離さなかった。夕日は既に半分以上沈んでおり下校時刻はもうすぐそこだ。手を離さない僕を怪訝な顔をして睨み彼女。
「なんで止めるの? なんで離してくれないの?」
「すまないが、君には生きて欲しいんだ」
僕自身考えがまとまらない状態で話している。でも、少しでも間違えると彼女は飛んでしまうだろう。でも時間は永遠ではない。だから頭を回しながら話す。
「ほんとに意味わかんない!!」
「それじゃあ、君が好きだって言えば伝わるか?」
「は?」
彼女の思考が止まった。そこに畳み掛ける。僕にできることはやらないと。
「君は誕生日が嫌いだって言ってたね。産まれた理由、生きる理由を考えてしまうからって」
「そうよ」
「君は死にたいって言った」
「そうね」
「でもな……」
「なによ」
僕は息を吸い込み叩きつけるように話す。
「でもな! 僕はそれ以上に君に生きて欲しいんだよ! ここで人生終わらせたらこの先に楽しいことが待ってるかもしれないだろ?!」
「……君には、君にはわかんないでしょうね! いじめられるつらさが! 親の愛情がない苦しさが!」
「あぁ、分かんねぇよ。分かるわけないじゃないか。僕は君じゃないんだから」
口調が荒くなっていく。仕方ない、彼女の人生がかかっているのだ。
「だったら、」
「でもな! 好きな人が目の前で死を選ぶのを黙ってみるのは無理なんだよ!」
「私には生きる理由が無いって言ってるでしょ! ほっといてよ!」
「生きる理由が無いなら作ってやる! 僕の隣で生きろ! いじめだって僕が何とかしてやる!」
「っ!」
なんか、くっそ恥ずいことを叫んでる気がする。日は沈み、下校時刻はもうすぎた。ここまで言ってしまったらもうなんか恥とかどうでも良くなってきた。
「君は僕を人生で初めて好きにさせた人なんだ。その責任はとってもらうことにする。これに対する拒否権は君に与えない。いいね?」
「そんな……横暴な」
彼女はもう、抵抗しなくなっていた。
「あと、誕生日を嫌いとか言うなよ」
「でも、誰も祝わないから、いつの間にか嫌いになってた」
「んじゃ、今年から僕が祝ってやる」
「お誕生日おめでとう」
「っ! ……ありがとう」
彼女は少し驚いた顔のあと、花のような笑顔になった。彼女は笑顔が良く似合う人だったようだ。彼女の親がどんなに酷い人であれ、僕は感謝しなければならないな。彼女を産んでくれたから。
「ほら、帰るぞ」
「そうだね…………あの、さ、」
「何?」
「も、もう少し考えさせて欲しいな」
「何をだよ?」
「…………やっぱり、私飛ぼっかなー」
「それはやめようか?」
「ふふっ、冗談」
後に、本当にだいぶ後に知ったが、誕生日おめでとう、という言葉には生まれてきてくれてありがとうって意味がこもっているらしい。あの時、僕が伝えたかったことの一部ががあの言葉に詰まっていたのは本当にたまたまだ。
★★★★★
高校2年の秋、僕は綺麗な夕暮れの下、彼女と一緒にものすごくドキドキしながら下校している。
「そういえば、君が誘うなんて珍しいね。どうしたの?」
「あ、え、んっと」
会話が途切れてから間を置かずに彼女が切り出してきて焦る僕。それを見て彼女が笑った。
「そんなに焦らなくてもいいじゃん」
「ご、ごめん」
「いいって。それで?」
じっとこちらを見られるとかなり緊張する。それに耐えきれなかった僕は思わず
「……ちょっとあっち向いてて」
と言った。彼女は黙って身体ごと反対を向いていたけど些か不満そうではあった。僕は自分のカバンから小さな紙袋を取り出した。
「もういい?」
「うん。はい、これ」
「何の紙袋?」
「今日、誕生日でしょ? だからさ」
僕がそういうと彼女は下を向いてプルプルとし始めた。訳が分からず混乱する僕。少しして顔をあげた彼女の瞳は涙でいっぱいだった。そんな顔も可愛いのは罪だと思う。
「う〜……ちゃんと覚えててくれたならなんで放課後まで引き伸ばしたの?」
「いや、あの、学校で祝うのってかなり恥ずかしいから……ごめん! 許して」
「……許す……」
「あざす」
彼女はじっと紙袋を見つめた。
「開けていい?」
「どうぞ」
僕はガサガサと紙袋を開ける様子を眺めるしかできない。誠に残念ながら異性にプレゼントという行為は人生ではじめてで何が喜ばれるかどうかも分からないながら選んだため自信ないのだ。
「ハンカチとハンドクリーム」
「うん。読書する時に乾燥しないように、と拭くものあったらいいかなって思って」
「……ありがとう。ありがたく使わせてもらうね」
「おう」
彼女がカバンに入れるのを僕は見届けて歩き出した。二人分の影が静かに先導する。沈黙を破ったのは彼女だ。
「ねぇ」
「ん〜?」
彼女が不意に話しかけてきた。何処か躊躇うように。
「あれから一年、経ったんだね」
「まぁ、そうなるな」
「君が私に毎日挨拶してたの、無視してごめん」
「別に僕が好きでやっていたことだから」
「うん……」
彼女は俯き気味に言葉をこぼし、僕はそれに返事していく。
「でね」
「うん」
「私が今まで見てこなかったものを君がこの1年で教えてくれた」
「うん」
「1年待たせることになったけど、あの時の返事聞いて欲しい」
「喜んで」
彼女は一息ついて僕の方を向きなおった。
「この1年で君としてきた全てのことが新鮮でとても楽しかった。物語に身を任せていただけだと気付けない世界だった。これからも君の隣で、これからは君の……君の恋人として見させて欲しい。こんな私だけど、よろしくお願いします」
「こちらこそ、不甲斐ないところは沢山あると思いますが、よろしくお願いします」
誕生日 ユウイチ @0524yu
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