第6話 父の視線
何故そんな事をしたのか、当時の僕にはわからなかった。
気づけば修正ペンで順位を書き直していた。
すぐバレるとわかるはずなのに、それでも書いてしまったのは、背後にある父の不快そうな目つきだった。
父は学力的には優秀なエリートだった。
田舎町から東大に合格し、幼少から神童と呼ばれ、親戚からはいつもお前の父さんは優秀と言われ育った。
だが皮肉なことに目の前でそのエリートの姿を見ると尊敬の念はどうしても出てこないのだ。
父は恐ろしく短気で一分と時間を空けずにキレる。その理由は何でもないことだ。
同じクラスの○○くんが足が早くてすごかったと言うと、お前は頑張らないのかと睨みつけられ、テレビ番組の感想を漏らすと、下らない事ばかり言うなと吐き捨てるような口調で言った。
何より恐ろしいのはその目付きだ。
カッと見開かれ、今にも爆発しそうな両目を見ると逆らうとなにをされるか分からないという恐怖にかられた。子ども心に生存本能を脅かされるのを感じた。
一度だけ幼い弟が父に食ってかかったことがある。当時弟は気が強くも明るい性格だった。多少強情でもあった。
疲れていて父親に席を譲りたくないと言っていた。
その時父の目を見て私は弟が一線を越えたと感じた。
いきなり父の巨大な手がまだ幼い弟の顔を全力で張り倒した。
父は顔を引き吊らじて何度も何度も弟を殴り付けた。
弟はそれから表情が無くなり、明るく笑う事も無くなった。生存本能がそうさせたのだ。
そして私が親に何も言われずとも成績を書き換えたのも、背中越しに父の無言の視線があったのは間違いない。大人になった今はそれがはっきりと感覚として認識できる。
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