第3部 脱出! 下流冒険者!

第8話 成功、そして

 それから毎週、情報を集めては録音して商品を作った。


 1回目で情報の集め方はわかった。

 私とアリアで分担して、迷宮ダンジョン出口にあるギルド支所と街にあるギルド支部の掲示板を書き写せばいい。

 掲示板はどっちにしろ毎日確認するし、討伐の帰りにやればそう手間はかからない。


 魔物の特徴や性質、倒し方についてはレナードが図書館から借りた本で調べてくれる。

 読み上げる原稿もレナード任せ。

 私とアリアは書き写した掲示板情報を渡せばいい。


 そして売るのは冒険者ギルドの売店へ委託。

 だから私達がこの為だけにやる作業は録音だけ。


 その録音も2回目には大分慣れていた。

 少なくとも怪しい台詞回しに精神的ダメージを受ける事は少なくなったのだ。


 ただ、『アドストリジェン迷宮ダンジョン情報』2号はあまり売れなかった。

 1週間かけてやっと20個。

 売店の委託手数料を引いたら正銀貨1枚1万円にも満たない。


「これじゃ金持ちになるのは無理かなあ」


 アリアのそんな不安はもっともだと思う。

 

「2週目で宣伝無しにこれだけ売れれば充分。手応えはある」


 レナードはそう言っていた。

 でもその後も低迷は続く。

 第3号の販売数は25個、第4号は23個。


「何と言うか、手間に見合わない気もする」


 思わず私はそう言ってしまった。

 しかしレナードは揺るがない。


「大丈夫。こういう今までに無いものは周知に時間がかかるもの。今は続ける事が重要」


「もう少し、3ヶ月位は続けてみようよ。製作作業はもうそんなに手間がかからないし。


 エリナと私がやる作業は録音以外は掲示板をメモする位だよね。討伐の後2スルザン1時間かかるかどうか。


 その後レナードが4スルザン2時間くらいかけて原稿を書いて、夕食の後練習と録音で2スルザン1時間


 そう考えれば大した手間じゃないよね。少なくともパーティを組んだ頃、1日かけてやっと宿代と食費稼いでいた頃を思えば全然ましだと思うし」


 確かに言われてみればその通りだ。

 私、反省。


「ごめん。確かにそうだね」


「確かに今は売れていない。そう思う気持ちもわかる」


 そんな感じで出し続けて第5号、第6号……


 そして第7号がいきなり爆発した。

 勿論ドン! という奴では無い。

 僅か3日で売り切れたのだ。


 その事を知ったのは迷宮ダンジョンでの洞窟コウモリケイブバット討伐の帰り。

 迷宮ダンジョン出口にある冒険者ギルド出張所で魔石を提出、報奨金を受け取った後、直営売店の前を通りかかった時に売店のおばちゃんに声をかけられたのだ。


「あ、ちょうど良かった。あの情報の魔石、売り切れたんだよ。もし良ければ補充してくれないかい?」


 最初は冗談かと思った。

 何せ今まで1週間かけても用意した半分、50個売れた事さえ無かったのだから。


「本当ですか?」


「勿論だよ。今朝から急に売れだしてね」


 何があったのだろう。

 そう思う私の横でレナードの声。


「すぐに補充する。何個必要?」


「30個は売れると思うよ。売り切れた後、声をかけてきた人がそのくらいいたから」


「わかった」


 レナードはその場でUターン。

 さっき褒賞金を受け取ったばかりの冒険者ギルド出張所、受付窓口へ。


「すみません。ベーススライムの魔石が欲しいのですが、在庫ありますか」


「在庫は豊富にあります。ただ販売は買取と異なり正銅貨1枚と小銅貨5枚150円になりますけれど、宜しいでしょうか?」


「はい。それでは30個、御願いします」


 魔石を受け取りお金を払って、そのまま待合室の隅のテーブルへ。

 何をする気だろう。

 私にはわからない。


「ここでどうするの?」


「宿屋に帰って作業した方がいいんじゃないかなあ?」


 レナードは私やアリアの質問に対して聞こえたという風に頷いて、そして返答する。


「ここで充分。原本は常に持ち歩いている。複写だけなら簡単」


 レナードはポーチから魔石を取り出した。

 右手に取り出した魔石を握り、左手を購入した魔石全体に乗せるようにして、何か考え込むような表情になる。


 魔法が起動しているのは私にもわかる。

 魔力の動きが通常と明らかに違うから。

 でもこの魔力の動き方、私には理解出来ない。

 攻撃魔法ならもう少しは理解出来るのだけれど。

  

 20数える程度過ぎた後、レナードは小さく頷いた。

 右手の魔石をポーチにしまい、左手を置いていた魔石を袋に詰め、立ち上がる。


「出来た。納入する」


 私とアリアはそのままレナードについていく。

 レナードが売店のおばちゃんと話したり書類を書いたりして納入手続きをした後。

 おばちゃんに話を聞いてみた。


「今まで全然だったのに、そんなに売れたんですか?」


「売れたのは今日の朝からだよ。売れている層は色々だし、何故買ったかも色々だけどね。掲示板が読めなくてもわかるから助かったとか、これでやっと魔物の値段を覚えたとか、声が可愛いとか。


 この情報の中で喋っている女の子達には何処に行けば会えるのか、なんて事も聞かれたよ。勿論答えなかったけれどね」


「わかりました。ありがとうございます」


 住所を聞かれたなんてのは予想外だ。

 まあ、バレても今いるのは宿屋。

 何かあったら引っ越してしまえばいい。


 それに実物の私やアリアに会ったとしても、録音されている声の当人だと気付かれる事は無いと思うのだ。

 喋り方も声の調子もかなり違うと思うから。


 ひょっとしたらレナードはこうなる事を見越していたのだろうか。

 だから私やアリアにあんな台詞を喋らせたのだろうか。


 そんな気もするし、そうでない気もする。

 というかレナードは難解すぎてよくわからない。

 悪い奴ではないし、頭もいいし、パーティメンバーとしては間違いなく有能なのだけれども。


 ◇◇◇


 そこからの売上げの伸びは凄かった。

 第10回には売上げが200個を超えた。

 手数料と魔石購入料を引いても小銀貨63枚63,000円

 普通に稼ぐ場合の2日分以上の収入だ。


 しかも今までの回の再販要望なんてのもあった。

 各号で特集している魔物情報や階層のポイント解説等を聞きたいのだろうか。

 理由は想像するしか無い。


 原本はレナードが保管しているので、今までの分を作るのは『複写するだけ、簡単』だそうだ。

 だから売店で各号の在庫を10個ずつ置くようにしたけれど、これも時々売り切れて補充が必要になる。


『内容を階層別にまとめたものも要望があるかもしれないね』


 そんなアリアの意見を受け、音声情報の新シリーズも出来た。

『アドストリジェン迷宮ダンジョン 階層別攻略情報』

『魔物・魔獣別攻略情報』

だ。


 内容は今までの『週刊アドストリジェン迷宮ダンジョン情報』で録音したものを階層別なり魔物・魔獣別なりにまとめたもの。


 新たな録音部分は割と少なかった。

 階層別の方は目次代わりの内容紹介部分だけ。

 魔獣・魔物別は内容紹介に加えて2種類の魔物分を追加。

 だから私やアリアの作業はごく少ない。

 

 レナードの方は、『魔獣・魔物については図書館で調べたものを簡略化しただけ。だから原稿を書くのは割と楽。編集の方はもっと簡単』との事。


 階層別攻略の方はまず第1階層~第10階層分。

 魔物・魔獣の方も最初は第10階層までに出る可能性があるもの中心。

 これもなかなか好調に売れている様。


 毎日の討伐は以前と同じようにやっているから、生活費や小遣いはそっちで出せる。

 だからこの商売分はパーティ全体で使う費用にした。


 このお金の管理は全てレナード任せ。

 レナードの魔法があるからこそ出来る商売だし、レナードが一番働いているからというのもある。

 情報を集めるのは分担してやっているけれど、それをまとめて原稿にする一番大変な作業はレナードだし。


 ただ自分が管理しないお金の存在なんて、困っていなければ割と意識しないものだ。

 少なくとも私はそうだしアリアもそんな感じ。


 だから『週刊アドストリジェン迷宮ダンジョン情報』が20回を超えて、レナードにこう言われるまで気付かなかったのだ。

 

「保証金分が貯まった。宿代を家賃に充当すれば一軒家を借りる事も可能。

 どうする?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る