第9話 拠点確保!

「もうそんなに貯まったの!」


 アリアにとっては予想外だった模様。

 実は私もそうなのだけれど。


「昨日受け取った分でついに正金貨3枚150万円を超えた。3人で住むくらいの家は余裕」


「そうか、もう家を借りられるのか……」


 家を借りる方が宿に泊まり続けるより安く上がる。

 ただ借りる際には保証金を積まなければならない。

 何せ冒険者稼業、ある日突然お亡くなりになるなんて事があるからだ。

 冒険者に限らず街の外に交易に出る商人なんかも同じだけれど。


 保証金は概ね家賃1年分。

 月に小金貨1枚10万円なら正金貨2枚と小金貨2枚120万円が必要になる。

 正金貨3枚150万円あれば充分だ。


 なおパーティ全滅で後始末が出来ない場合を除き、保証金は契約解除の際に返却して貰える。

 家賃滞納が無ければ、だけれども。


「なら明日、いつもの討伐が終わったら商業ギルドへ家を見に行こうよ。早い方がいいよね、家を借りるなら」


 アリアの言う通りだ。

 早ければそれだけ宿代を払わないで済む。

 情報を作る第6曜日以外、午後は何の予定も無いし。


「そうだね」


「同意」


 これで下流冒険者から中流冒険者にランクアップだ。

 もちろん戦力的にはうちのパーティ、まだまだなのだけれど。


 ◇◇◇


 私達が商業ギルドで提示した条件は4つ。

  ○ 保証金正金貨3枚150万円以下で

  ○ 寝室が3部屋以上あって

  ○ 治安が悪くない地区にあって

  ○ アドストリジェン迷宮ダンジョンまで歩いて行けること


「その条件なら……この5軒が当てはまりますね」


 商業ギルド窓口のお姉さんは分厚い台帳をめくって資料を出してくれた。


「すみません。どれにするか、3人で少し話し合って良いですか」


「勿論です。書類も持っていって結構ですよ。ただ外に持ち出さないで下さいね」


 待合室の端にあるテーブルに書類を広げ、3人で検討を開始。


「まずこれは止めておこうよ。今のアルスラ亭より迷宮ダンジョンから遠いと毎日疲れるし、天気が悪い日は辛いよね」


「あとこれもパス。築年数が古いのはいいけれど、整備状況Eだと住めるようにするのが大変。Dでも簡単な修理が必要というレベルなのに、それ以下だしさ」


 アリアと私により候補が3軒まで減った。

 レナードは何も言わないけれど問題無い。

 意見があるまで反応しないタイプなのだ。


「そうなるとこの3軒のどれかになるよね」


「広さか、近さか、中庸か」


 私達は書類を見ながら考える。


 部屋はそれぞれ

  ○ 月額正銀貨10枚10万円で寝室4部屋、リビング、作業部屋。寝室とリビングが他2軒より広いけれど、迷宮ダンジョンからちょい遠目

  ○ 月額正銀貨9枚と小銀貨5枚95,000円。寝室3部屋、リビング、作業部屋。作業部屋が広くて2部屋に区切れる。迷宮ダンジョンからの距離は程々

  ○ 月額正銀貨9枚9万円。寝室3部屋、リビング、作業部屋。リビング以外は狭いけれど迷宮ダンジョンからそこそこ近い

という感じ。


 書類を見たり考え込んだりで5半スルザン程度ちょっとの間経過。

 まずはアリアが口を開く。


「私はどれでもいいかな。確かに迷宮ダンジョンに近い方が楽だけれど、この程度の差なら大した事無いしね」


 私も似たような感想だ。

 寝室はそりゃ広い方がいいけれど狭くても特に問題はない。

 ベッドと机がある個室ならそれで充分。

 そして作業部屋は今のところ使用する予定はない。

 あれば何かに使うかもしれないけれど。


 そしてリビングや台所は似たような感じだ。

 家の築年数も同じくらい。

 なら私の意見としてはこんな感じ。


「私も特にこれという意見はない。だから他に希望が無ければ一番安い奴。迷宮ダンジョンから近いから」


 おっと、レナードが反応した。


「ごめん。私は個人的にはこれがいい。出来れば作業部屋の半分を使いたい」


 どうやらレナード的には正銀貨9枚と小銀貨5枚95,000円の物件が推しの模様。


「いいと思うよ。でも作業部屋を何に使うのかな?」


 アリアの言葉にレナードは頷いて答える。


「実は風呂が欲しい」


 風呂?

 意外というか私の予想外の単語が出てきた。

 いつものレナード語と違って意味はわかる。

 けれど……


「風呂ってあの貴族屋敷なんかにある、身体を洗う専用の部屋の事?」

 

 庶民には縁が無い代物だ。

 だから念の為確認する。


「そう」


 レナードは頷いて、それだけでは説明不足だと悟ったのか、付け加える。


「私の故郷は一般の家にも風呂があって毎日入る風習があった。だから自分の家を借りられれば風呂が欲しいと思っていた」


 毎日風呂に入るなんて風習があるのか。

 よほど水や燃料が自由に使える場所なのだろうか。

 それとも全員がそれだけの魔法を使えるのだろうか。

 私には想像出来ない。


 何も言わないところをみるに、アリアも同様に想像しにくい状況の模様。


 この沈黙を否定ととったのか、レナードは更に続ける。


「この作業場は石畳貼りで排水も出来る。なら浴槽だけあれば風呂に入れる。お湯は私が魔法で入れれば問題無い。浴槽は私の小遣いで材料を買ってきて作るから余分な費用はかからない。

 何なら家賃の差額分も……」


「ならこの物件でいいと思うよ。差額なんて別にいらないから。エリナもそう思うでしょ」


 アリアがレナードの言葉を遮るように言った。


「うん」


 同意見なので私は頷く。


「いいの? さっきは一番安い奴と言っていたけれど」


 確かに私、そう言った。

 でもそれは何も理由が無い場合だ。


「もし皆がどれでもいいと思うなら安い奴にしようと思っただけ。だから理由があるなら構わない」


「本当に?」


「勿論」


 それにしてもお風呂か。

 想像した事が無い。

 ここは経験者に聞いてみよう。


「ところでお風呂って使った事がないけれど、どんな感じ?」


「入ると疲れがとれる。のんびりするには最適。勿論身体の汚れも取れるし、髪もきれいになる」


 やはり想像出来ない。

 これは実際に試さないとわからないようだ。


「決まったなら窓口に行って契約して来ようよ。万が一先にこの家を取られたら悲しいしね」


 確かにアリアの言う通りだなと思う。

 さっさと押さえてしまおう。


「そうだね」


 私達は待合室の椅子から立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る