第7話 レナードの変身?

 私とアリアの精神的ダメージを代償として、音声情報の商品は無事完成した。

 内容的にはなかなか良く出来ていると思う。

 しかし何と言うか、知り合いには絶対聞かせられない代物だ。

 しかも……


「これ、最初の分は私達で売るんだよね」


 何かを訴えるような目でアリアが尋ねる。


「文字で書いても読めない人が相手。だから最初は私達で声を出して売る。そうしないと知ってもらえない」


 確かにその通りだ。

 正し過ぎて反論出来ない。 


「アリアとエリナには録音で頑張って貰った。だから基本的に呼び子は私がする。店を出す場所も確保済み。

 でも私1人だと不安。だから手伝って欲しい」


 そう言われてはやるしかない。

 そんな訳で翌日、討伐をお休みにして迷宮ダンジョン前へ。


 アドストリジェン迷宮ダンジョン前は露店が並んでいる。

 この迷宮ダンジョン、1日に500人を超える冒険者が中で討伐なり探索なりをしている。

 その分人が通るから、当然それなりに物も売れる訳だ。


 ただそれだけに場所取りは熾烈。

 コネも何もない私達がいい場所に店を出せるとは思えない。


 何処に売店を出すのだろう。

 そう思ったらレナードは露店の列を通り過ぎる。


「何処に出すの、お店?」


「この先、冒険者ギルド出張所内。冒険者の安全にも役立つという事で交渉したらOKが出た」


 いつの間にそこまで交渉したのだろう。

 そう思う私を尻目に、レナードは出張所の待合部分の端に寄せて置かれていたテーブルと椅子テーブルと椅子、それらしい看板を動かし始めた。


「勝手に使っていいのかなあ?」


「ギルドと交渉済み。看板はギルドの講習用を借用」


 一枚板の看板は何も書かれていない状態。

 しかし何やらレナードの魔力が動いたかと思うと、『アドストリジェン迷宮ダンジョン情報 音声版』という文字が浮き出てきた。

 

「今のはどうしたの?」


「熱魔法で描いた。慣れれば簡単」


 レナードの魔法の熟練度は私やアリアとはかなり違う模様。 

 これもまあ、レナード語と同じだろう。

 気にしてもどうしようもないという意味で。


「2人は看板やテーブルの向こう側にいて、私が連れてくる客に応じて説明するなり販売するなりして欲しい。私が呼び子をする」


 そう言ってレナードは魔道士用のフード付きマントを脱ぐ。


 下に着ていたのはいつもの頑丈な冒険者用普段着ではなかった。

 何と言うか、貴族家でメイドが着ている服に似ている。

 ただ色が良くある黒や紺では無く、鮮やかな青基調。

 デザインもスカートが微妙に短かい気が……


 髪型もいつもと違っている。

 いつもは長い髪をただまっすぐ伸ばしているだけ。

 しかし今日は左右にそれぞれまとめて、下にのばしている形。

 レース付きのカチューシャまでつけている。


「何か見た事がない服装だよね」


「ツインテールメイド。萌えは重要」


 またレナード語が出た。

 これ以上追求してもわからないのは学習済み。

 だからレナードの言う通りにする。


 それにしてもレナード、話す事が苦手なのに呼び子なんて出来るのだろうか。

 そう思いながら、私達は指定されたテーブルのところで待つ。


 早くも冒険者が通り始めた。


「音声版の迷宮ダンジョン攻略情報はいかがですか。本日はサービスで正銅貨2枚200円ですよ。音声で案内しますので文字が読めなくても大丈夫です……」


 何か聞き覚えのない声が聞こえる。

 いや、声そのものは聞き覚えはあるのだけれど……


「あれ、レナードだよね?」


 アリアの言いたい事はわかる。

 声の調子も喋り方もいつものレナードとは全く違うから。


「何でしたらお試しも出来ますよ。いかがでしょうか?」


 ちらっと見えた動きも違う。

 何と言うか表現に困るけれど。


 私とアリアがあっけにとられていると、早くもレナードが御客様を連れてきた。

 いかにもという感じのごっつい若者だ。


「あの娘の言っていた攻略情報ってのは、此処でいいのか?」


「はい、こちらで正銅貨2枚200円で取り扱っております」


 いつもと違うお仕事、開始だ。


 ◇◇◇


 12の鐘12時が鳴った。

 レナードが戻ってくる。


「お疲れ様。今日のお仕事はこれまで」


 レナードはささっとマントを着てフードをかぶった。


「50個しか売れなかったけれど大丈夫?」


「問題無い。これはあくまで宣伝」


 口調が元に戻っている。


「これで明日から売れるようになるかなあ」


「すぐには無理。でも口コミで広まれば……儲かるとしても再来週以降になると思う」


 やっぱりいつものレナードだなと感じる。

 とするとさっきの呼び込みの様子は何だったのだろう。


「それにしてもレナード、呼び込みなんて事も出来るんだね。知らなかったなあ」


 私より先にアリアが質問。


「台詞と動き、役柄さえ決めればその通り動くのは簡単。バ美肉みたいなもの」


 またレナード語が出てきた。

 バ美肉と何なのだろう。

 それに呼び子をやっていた時の動きや台詞、そんなに簡単に出来るものなのだろうか。


 私はアリアと顔を見合わる。

 理解の範囲外、アリアもそう思っているようだ。


 一方でレナードはいつもの調子で続ける。


「売れ残った魔石は此処のギルド売店で委託。売れても儲けはほとんど出ない。でも今回は宣伝だから仕方ない」


 1個正銅貨2枚200円というのはレナード語で『お試し価格』というものらしい。

 わかる言葉に翻訳すると、『とりあえず手に取って貰う為に、最初だけ気軽に手をだせる位に安くして販売すること』だそうだ。


 来週号からは1個正銅貨5枚500円で売るとの事。

 その事は録音した情報の中にも入っている。


 レナードは売れ残った魔石を袋に入れた。


「売店に行ってくる」


 魔物に化かされた気がする。

 それが今日の私の感想だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る