第2部 新商売! 音声配信!

第5話 音声情報を売ろう

洞窟コウモリケイブバット大量討伐を始めて1ヶ月。 

 生活には少し余裕が出来た。

 宿代の心配は無くなったし週に1日休日も取れる。

 自由に使える小遣いだってある。


 そんな感じで底辺から脱出した私達青い薔薇ブルーローズ

 それでも冒険者としてはまだまだ下流だ。

 しかしこれ以上になるのは多分結構難しい。


 アドストリジェン迷宮ダンジョン、第15層から先は本格的にゴブリンとかコボルトが出始める。

 更にはオークなんて大物すら珍しくなくなる。

 つまり難易度が一気に上がる訳だ。


 6月半ばの夕食の時、そんな話題になった。


「これ以上になるには、相当力をつけないと無理だよね。もしくは魔剣や聖剣のような武器を手に入れるとかさあ。

 パーティの人数を増やすのは避けたいしね」


 アリアの言葉に私は頷く。


「私も人数を増やすのはパス。今のパーティの雰囲気好きだし。それにこれ以上増えると住む場所も考えなきゃならないから」


 宿で一般的なのは3人部屋まで。

 4人以上になるともう1部屋借りなければならなくなる。

 そうなると余分に宿代がかかるし、常に2部屋取れる宿をキープしなければならない。


「なら当分今のままかなあ」


「でも最初の頃より大分ましになったしさ。1年くらい頑張れば家を借りる保証金も貯まるんじゃない」


「貯金貯まるかなあ。私の方はまだ全然だよお」


「実は私も」


 服を買ったり武器を整備したりしたおかげで貯金は全然貯まっていない。

 あとたまに食べるおやつ代というのも……


 例えば中央街3番にあるパン屋『イスクルーテ』のチーズケーキ。

 あれ、絶品なのだ。

 1個正銅貨5枚500円もするから週に1度に制限しているけれど。

 他にも『ラレイプチ』のクリーム巻とか、『アイバンホー』のクリームアイスとか……


 底辺時代には食べられなかったこれらの贅沢品。

 でももう食べない生活には戻れない。


「上手く行くかはわからない。でも案がある」


 レナードがいつもの口調でそんな事を言った。


「どんな案? 簡単に覚えられる魔法とか?」


「冒険者をやりながら出来る商売。でも上手く行くかはわからない」


 商売?


「商売って、元手になるようなお金は無いし、仕入れなんかの伝手も無いけれど」


「問題無い。売るのは情報。必要なのは取材と、他には雑魚魔物の魔石だけ」


「どうやるの? それに情報って何の?」


 アリアも身を乗り出してきた。


「アドストリジェン迷宮ダンジョンの攻略や注意の情報。迷宮ダンジョンで討伐をする冒険者は文字を読めない者が多い。そこを狙う」


 確かに文字が読める冒険者は多くない。

 冒険者学校や他の学校を卒業した人は読み書きが出来るけれど、冒険者の総数からみると1割程度。


 冒険者志望の大半は腕力に自信があるだけで、学がなく受け継ぐ土地や資産も無い貧乏人。

 それらの連中が一攫千金を夢見て迷宮ダンジョン潜りを開始。

 生き残ったのが冒険者という感じだ。


 しかしそういった連中、往々にして問題を起こす。

 文字が読めないから依頼を自分で読んで理解できない。

 ギルド職員が読み聞かせてもメモ出来ないから忘れる。

 中にはそうやって依頼を忘れ、全く関係ない事をしてきたのに、褒賞金を受け取れないなんて騒ぐ馬鹿もいたりする。


 だから冒険者全般のレベルアップを図る為、冒険者学校なんてものが設立された訳だ。

 まあこの辺は余談だけども。


「確かに迷宮ダンジョンで魔物狩りをしているのって、他で依頼を受けられない低レベルの冒険者か、文字が読めなくて依頼を受けられない冒険者のどっちかだよね」


 アリアの言う通りだ。

 ちなみに私達は『低レベルの冒険者』の方。

 広域討伐依頼とか商隊護衛なんて受けるような実力は無いから。


「そう。アドストリジェン迷宮ダンジョンで討伐している冒険者のうち、9割近くは文字が読めない。


 だから冒険者ギルドで発出している迷宮ダンジョンの注意情報、各階層に出る魔物の種類や特徴、魔物ごとの攻略情報等も口伝えで聞くしか無い。


 そういった層を相手に、音声でこれらの情報を案内する事でお金を稼ごうと思う」


 なるほど、確かにそういう情報の需要はあるかもしれない。

 しかしだ。


「でも似たような講習会を冒険者ギルドでやっても参加者、あまりいないよね」


 確かにアリアの言う通りだなと思い直す。

 私達はそういった講習会に時々参加するけれど、毎回生徒は数人程度だ。


「確かにそう。でもああいった講習会の開催情報は掲示板で告知される。文字が読めなければやっている事すらわからない」


 なるほど確かに、それは盲点だった。

 それでも疑問はある。


「でも音声で伝えると言っても、講習会形式でなければどういう形で伝えるのさ?」


 私の質問にレナードは頷いて、魔石を2つ取り出した。

 爪くらいの大きさの薄い楕円形で水色。

 ベーススライムの魔石だ。


 ベーススライムは討伐しても正銅貨1枚100円にしかならない。

 だから最近は邪魔にならない限り討伐せず無視している。 


「この魔石を握って意識を集中してみて欲しい」


 何だろう、そう思いつつも私とアリアは魔石を手に取って、意識を集中してみる。


『……これは、魔石への、音声録音テスト。魔石に残る魔力を利用すれば、こういう事が出来る。

 ベーススライムの魔石の場合、記録可能な時間は半スルザン15分程度。概ね1ヶ月間、繰り返して聞くことが可能』


 声が聞こえる。

 間違いなくレナードの声だ。

 しかし今、目の前にいるレナードは喋っていない。


 それに声が聞こえてくる方向が違う。

 方向というか、頭の中に直接響いてくる感じだ。


「……凄い、こんな魔法、初めてだ」


 思わず口からそんな言葉が出てしまった。


「この魔法そのものは数年前に発見されている。ただ使用者はほとんどいない。図書館で勉強してやっと使えるようになった」


 レナード独自の魔法ではないらしい。

 それでも凄いと思う。


「そうか、これを渡して使用方法を教えればいい訳ね」


 アリアの言葉でそういう話の流れだったなと思い出す。

 知らない魔法が出てきたので意識がそっちに行ってしまっていた。

 なるほど、これなら文字が読めなくても情報を伝えられる。


「そう。ただ売れるかどうかはわからない。周知するのも難しいかもしれない。

 それでも需要はあると思う」


「試してみようよ。上手く行かなくても損害はほとんど無いと思うし。失敗しても時間が潰れるくらいだよね」


 確かにアリアの言う通りだ。


「そうだね。それじゃどんな情報をどんな形で入れるか、御飯食べたら考えようか」


「そうだよね。まずは入れる情報を決めて、台本を決めてと。読むのはエリナがいいかな。声が可愛いし」


 ちょっと待ってくれ。


「アリアの声の方が聞きやすいと思うけれど」


「その辺は実際に試してみたい。2人の声を録音して」


 確かにレナードが言っている事が正論だ。

 そんな感じで『音声による情報案内』を商売にする話は始まった。

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