第20話 反転する宵の明星
その日の夕方、レーノたちは第三キャンプに到達した。
「俺たちが他の冒険者を追い出したんでな。こんな横暴を聞けばほら、常識人のカスカルは怒って説教をしにきそうだろ?」
石造りの建物、協会支部に入る。入ってすぐ、散らかった家具と乾いた血痕で尋常な様子ではない。三人ともとっさに武器を握る。
「あ……おかえりなさい、ジェンウォ……」
しかし通りかかった女に緊張感がないことから、三人は警戒を緩めた。黒いドレス。金髪の毛先は赤い。
ジェンウォは警戒を緩めた代わりに怒りを露わにし、大きな足音を立てながら女に詰め寄った。壁際まで追い込んで圧をかける。
「おいブレイズ、これは一体どういうことだ。なんだこの惨状は」
「あ……ごご、ごめんなさい、私が、私が全部悪いんです」
「十秒以内に説明しろ」
ブレイズはできる限り早く口を回す。
「まま、まず昨日、モンスターがカスカルを届けたんだけど、カスカルには協力者がいたみたいで、そいつに侵入されて脱走されました! その後、メルフィスのモンスターに突然襲われました! が、頑張って撃退したけど、動ける人間はもう私しかいませんっ!」
ジェンウォはブレイズの腕を掴み、力強く床に倒す。青筋を浮かべて怒鳴りつける。
「なんでお前がいてそんなことになってんだ!! 任せたよな俺は! お前に!!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい……」
モルガナが間に入った。片腕を伸ばしてブレイズを庇い、ジェンウォを睨む。
「ちょっと、随分一方的じゃなくて? 正直言ってかなりふゆか——」
ブレイズがモルガナをぐいと押して横にどける。
――え、力つよ。
「わ、私が、私が悪いんです。あ、あの、私これ、これ、殴られたっておかしくないことをしてしま、しまいましたよね。罰を……罰を、罰をお願いします! 私に、罰を……!」
ジェンウォは体を震わせこぶしを握るが、それは虚空を切る。ジェンウォは一人で暴れ始めた。その奇怪なダンスに、レーノもモルガナも眉をひそめる。
「ああああああテメエ殴っても悦ぶだけじゃねえかクソが何が罰だああああ」
ブレイズはモルガナを押しのけてジェンウォに縋りに行く。頬は紅潮し声はとろけ、目にはハートが浮かんでいる。
「あああん! お願い、お願いしますそんな! その怒りを私をぶつけてください!」
「うおあああああ」
ジェンウォは虚空へのアッパーを連続で繰り出す。モルガナは不服を飲み込んでレーノの隣へ戻る。
「……なにかしら、これ」
「物に当たったりせず空中に発散してるところは……その、評価……できるかな……」
四人は部屋へ移動する。移動中もブレイズはジェンウォの右足にしがみついて引きずられている。
「あん、焦らさないで……あれ? 右足、怪我してる……。えい。つんつん。ぐいー」
ブレイズは巻かれた包帯をわざわざめくって、トラばさみの傷を爪でエグる。ついにジェンウォはブレイズを蹴り飛ばした。壁にぶつかり胃液を吐く。ブレイズは壁際で腰を下ろしたまま、口元を右の手の甲で拭った。
「ふっふふ。今のはいい蹴りでしたね」
「敵のセリフみたいですわ」
「実害あるしもはや敵でしょ」
「頼む……普通に話がしたいから今ので満足してくれ……」
「しょうがないですね。分かりました」
「立場が逆転してんよ……」
四人は部屋に入って席に着く。壁にはカスカルの杖が立て掛けられている。ブレイズは詳しい経緯を話し、ジェンウォもレーノたちと話した内容を伝える。最中ジェンウォはブレイズに耳打ちする。
(地下のクルルーイのことは目の前の件を片付けてから話すぞ。ややこしくなる)
(分かりました)
翌日、陽が昇る。カスカルとクレースの捜索に出発する三人をブレイズが見送る。
「あ、そういえば、昨晩はどうだったんですか~?」
ブレイズと、それにジェンウォも、レーノとモルガナに生暖かいにやにやとした視線を向けている。
レーノの口元がニコリと伸びる、が、目は笑っていない。
「なんで扉の建付けが突然おかしくなったのか説明してくれない?」
「私がレーノの荷物を届けに行った瞬間に出られなくなりましたわね。あれは完全に偶然のタイミングだったと思うのですけれど、まさかあそこでやられるとは」
「レーノが手荷物を部屋に忘れてったところから俺たちの策略だったわけだよ。で、どうだったんだ? おアツい夜を過ごしたんだろ?」
「秘密ですわよーだ」
モルガナはぷいとそっぽを向いた。レーノがため息をついて本題に戻す。
「ブレイズは留守番なんだな」
「まだ意識の戻らない仲間がいますから、すみません」
レーノの背負ったカスカルの杖にモルガナが触れる。
「これ本当に長いですわね。取り回し悪そう……ちょっとレーノ回ってみて。うわ危ない! レーノったら、何してますの? はしゃぐのもほどほどになさって」
「え……、え…………?」
「元々アイツは薙刀の使い手だったからよ。杖も長いの持ってんだ」
「懐かしいっすね」
四人ともギョッとする。カスカルが湖方面から現れた。意識の無いクレースを背負っている。その額には汗が浮かび、表情は困惑している。
「ど、どういう感じなんすかね。レーノさん、ウォっちと仲良くしてるんすか?」
カスカルは右手を伸ばして手の平を見せる。レーノはカスカルに杖を渡しながら、こちらも困惑した態度で返す。
「そ、そうだな。どこから話したらいいか分からないけど……」
モルガナも声をかけようと思っていたが、それより先に一つになることがあった。胸に手を当てる。
――なんだか私、興奮? してますわね。二人と生きて再会できたのが嬉しいのかしら。いや、嬉しさと言うよりこれは、怖さ? もしくは楽しさ? なんだか、スカイダイビングしていたときみたい……。
「感情が操作されてる!!」
突然、ブレイズが焦燥甚だしい叫び声を上げた。すぐに杖を構える。
「カスカル!? あなた一体どういうつもり!?」
カスカルの足元に黒い穴が開き、その紫色の外縁は一気に広がる。
「ブレっち、遅いっすよ。みんなのスリルをほら、〝壺穴〟が食べにくる」
カスカルは杖に埋め込まれた〝座標〟のエーテル石を使い、クレースを建物の傍へ移動させ、残りを壺穴に引きずり込んだ。
しかし五人は上空に放り出されたわけでは無かった。落下距離は2メートルほど。大きなダメージもなく、各々足から着地する。
モルガナが見渡すと、広がる地平線に枯れた大地。そこはコウヤの中心部。
ジェンウォが青筋を浮かべながら怒鳴りつける。
「カスカル、テメエなんのつもりだ!!」
「そっすね、俺は——〝アタラクシア〟に屈することにしたっす」
レーノはまだ銃に手をかけない。
「悪い冗談だなあ。面白くないよ」
「許してほしいっす。俺は弱い人間なんで」
「わ……私たちの惹かれたカスカルは!」
ブレイズがともかく杖を振って火球を浮かべる。
「もっと、もっと尖ってたのに! 強者に跪くような人間ではなかったはずです!」
「それこそ面白い冗談っすね。俺のことを殺そうとした人間の言葉とは思えないっす」
「カスカルさん、ジェンウォさんたちは〝アタラクシア〟に裏切られて命を狙われた、という事実は知っておくべきですわ」
カスカルは微笑みを返した。
「モルガナっちにも随分と買ってもらってるみたいで嬉しいっす。やっぱ死なないでほしいなあ。そうだ、俺と同じように〝アタラクシア〟に従うなら、命を助けてもらえるかもしれないっすよ」
「それが裏切られたっつってんだろ……おい!」
ジェンウォは駆けだしながら剣を抜いて、カスカルへ振り下ろした。カスカルは〝精神〟で敵意を察し、〝座標〟で僅かに自分の位置を瞬間移動させて剣を回避する。追撃も同様にかわして四人と距離を取る。
わざとらしい微笑みの仮面で、子供をなだめるように語り掛ける。
「それはきっと日頃の行いのせいっすよ。俺が一緒に交渉してあげるっす。ね」
レーノが前に出た。
「俺がその話に乗るとでも?」
――〝がらんどう〟の仇である〝アタラクシア〟に協力するだなんて。
「いえ全然。だから俺はこれから、みなさんを倒そうと思うっす。本気で」
「何か策がありますの?」
「まさかまさか。正面から、地力だけで、捻じ伏せてみせるっすよ?」
カスカルは杖を地面に突き立てる。桃色の文様が地面に浮かび、それは回転と共に大きく広がっていく。
「自分に出来るのは感情を煽ることだけ。でも、感情だけは、意のままに」
ブレイズが火球を飛ばす。それは射線に現れた竜巻によってかき消された。広がる文様の上には次々と竜巻が立ち上る。十、二十、五十、百……竜巻はドンドンと増えていく。それらは合体して巨大化していくと、カスカルの周囲を回って地面を削り、砂を巻き込んでその身を唸らせる。
吹き込む豪風に帽子がめくれ、服の裾が舞い上がる。微笑みをしまい、真剣な表情に。
「俺はハイクラスギルド〝宵の明星〟のリーダー、カスカル」
人を楽しませ、場を和ませるため。そんな平和な動機でエーテルに向き合い、石と真摯に向き合い没頭しているうちに、いつの間にか人類史上最もエーテルの扱いが上手くなっていた男。しかし神のいたずらか、彼は才能と機会に恵まれたものの、その適性は攻撃向きではなかった。
「通り名は〝辻斬り〟。もしくは——」
このエリアが戦場である場合を除けば。
「——荒野の天災を統べる者」
第三エリア絶対の支配者にして、今章の敵。
「襲えよ、〝辻斬り竜巻〟。やつらの〝恐怖〟を——喰い尽くせ!!」
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