第21話 襲えよ、辻斬り竜巻

 カスカルの傍、空に伸びる三本の巨大な竜巻がふわりと姿を消した。ジェンウォが叫ぶ。


「なんっでもいいから攻撃しろ!」


 足元から発生した巨大な竜巻に四人とも閉じ込められた。各々が火器と刃物を振るうが、竜巻はすぐには消えない。四人の心には、カスカルのエーテルの効果で強制的に抱かされた〝恐怖〟が黒く渦巻いている。


 巻き上がる砂とつむじ風が四人の身体を抉る。ナイフを持った人間に四方から斬りつけられているように。ジェンウォは巻き上がる砂塵に剣を振り下ろす。


「ブレイズ! テメェ〝精神〟のエーテルで抵抗できねぇのか!」

「やっ……てるけど! 敵いません! あっいたいっ! 良いっ!」


 両目も満足に開けない中、レーノとモルガナは銃を適当に撃ち続けている。かまいたちがモルガナの腰を撫でる。


「ッツ――! 腰が切られましたわ。うぅ、いだいよぉお」

「この恐怖が無くなんない限り、いくら攻撃しても効果は薄いか……!」


 みな竜巻からの脱出に思い至る。各々、足やエーテルを使って風壁を突破した。しかしその竜巻の外にも、背の高さほどの竜巻が無数に発生している。


 モルガナは驚愕した。


 ――視界いっぱい、コウヤのどこまでもが、竜巻で埋め尽くされてる!?


 視界を大きく動かさないまま、一秒経過。視野の中にいた竜巻が全て同時に解けて姿を消し、一見平和な光景へ変わる。モルガナの足元から風が巻き上がる。


 ——しまっ、た!


 レーノがモルガナの右腕を掴んで強く引く。しかし避けきれず、モルガナの左腕が竜巻130個分の攻撃を一度に受ける。竜巻というにはあまりにも黒く密度の濃い、渦巻く筒のようなもの。力と、斬撃。モルガナの左腕がぐちゃぐちゃのミンチにされる。


「――――!」


 モルガナは歯を食いしばって悲鳴にもならない悲鳴を上げる。レーノはモルガナの肩を持って力強い声で諭す。


「大丈夫、大丈夫だから、平静を保ってモルガナ。全て終わったらクレースに治してもらえる。恐怖の余地はない。下手な恐怖は捨て去るんだ」

「そ……そうは、言っても……!」


 ジェンウォとブレイズはカスカルとの距離を詰める。当然、カスカルの周囲にも竜巻は大量にあり、それを見つめ続ければ竜巻たちは襲い来る。しかしそれらは走る二人の背後で渦巻いた。素早く動き続けている限り、辻斬り竜巻は回避できる。カスカルを射程に捉え、それぞれ剣と杖を構える。


 しかしカスカルは両腕を広げて余裕綽々。


「ああー、襲われそう。怖いっすねー」


 カスカルを中心としてつむじ風の渦が巻き起こり、風の刃が二人の身体を切り裂いた。二人の動きが鈍る。


「いっ……!」

「テ、メェっ!!」


 飛来する火球は杖を高跳びの棒のように使って回避し、ブレイズの頭を思い切り踏みつけてからジェンウォの背後に着地する。一度手放した杖が彼の手元に瞬間移動してくる。ジェンウォが振り返る前に彼の両足を杖で払い、こけた顔面に杖の底を突き立てんとした。しかしそのとき、〝精神〟が死角からの敵意を察知する。


 〝座標〟で僅かに瞬間移動すると、今までいた位置に数発の弾丸が通り過ぎた。発射元を追うと、モルガナが銃を構えている。


「おっと……」


 すぐに壺穴を誘発して、四人を視界に捉えられる、少し離れた位置に降り立つ。続けて、肩をすくめて鼻で笑った。


「フッ。ウォっちとブレっちは俺の両腕だったはずなんすけどね。それでこのザマっすか」


 二人は起き上がりながら毒を浴びせ返す。


「チッ……このエリア限定のくせに、随分偉そうじゃねえかよ!」

「ええ、武器を振ることを止めた、軟弱者のくせに……!」


 レーノとモルガナが二人に追いついた。ジェンウォはモルガナを見て驚く。


「おいおい、その傷で普通に動けんのか」

「エーテル三連結を経験したおかげかしら。死ーぬほど痛いですけど動けてますわ」


 レーノは鉄の鷹を何羽か創造しているところ。


「〝辻斬り竜巻〟の習性を確認していい? 『見つめると襲ってくる』のは知ってる」


 ブレイズはモルガナに〝身体〟の石をかざして傷の治癒力を高める。


「主な習性はあと二つありますね。まず『人の恐怖に反応して発生する』次に『恐怖を喰い尽くすと消える』。攻撃を加える――というか、抵抗の意志を示すのも本来は有効なハズですが、カスカルの精神操作が巧みすぎてあまり効いてないようです」


「〝辻斬り竜巻〟も〝壺穴〟も、やはり生物の様に習性がありますのね。誘導できませんの?」

「その手綱を今、カスカルに握られてるってワケだよ」


 カスカルは竜巻を集めてまた巨大な渦を作り出している。


「あの大竜巻をまた喰らうとしんどいですわね。さっきのですら手足がズパズパ切られて血だらけでしたのに。次は太い血管とか筋肉とかやられますわよ」


「ブレイズは〝精神〟のエーテルも使えんだね?」

「はい。〝熱〟〝雷〟〝精神〟〝身体〟を使えます。けど、専門は前二つで、後の二つはからきしです」

「連結は?」

「〝精神〟の石はギルド単位でないと買えないものだし……二つは持ってないです……」


 そのセリフには、連結さえできればカスカルに抵抗しうるという意味が含まれていた。


「あ、私、持ってますわよ。はい」

「え!? 本当に!? じゃ、じゃあ、私、連結できるんですか!? えええ!」

「何をそんなに喜んでんの?」


 ブレイズは心底ありがたそうに石を受け取る。体をくねらせて頬を赤くする。


「はああん、ジェンウォさん。連結して、い、いいんですか!?」

「連結が違う意味に聞こえますわ」

「しょうがねえ。状況が状況だしな。今日ばっかりは全力でやれ」

「はあい! カスカルに張り合ってみせますう! 十五……いや、二十秒くらいですけど……」

「よし、じゃあ二十秒でケリをつける。さあ行くぞ!」


 カスカルが変化に気付く。竜巻の操作が上手くいかず、合体させようとしていた竜巻たちが、分かれて小さくなっていく。〝精神〟を走査すると、辺り一帯にかけている「恐怖心の付与」が押し返されている。


 ――ブレっちが石を二つ使ってるのか。練度の差はあれど流石に負ける。「奥の手」……いや、〝座標〟で事足りるっすよ!!


 チリチリと体を刺すような攻撃の意志を感じ取る。体一つ分瞬間移動する。弾丸を回避したと思ったが、しかしそれはカスカルの隣で爆発した。地面に転がる。


「ッ──!」


 腕を突いて立ち上がろうとした側面からジェンウォが剣を振り下ろす。カスカルは自身とジェンウォの位置を入れ替える。しかしその入れ替わった先でまた敵意を感じ取る。モルガナのライフル弾は、さっきのレーノの弾丸と同様にかわされた。とはいえ紙一重のタイミング。


「あっぶね」


 ここまでで十秒。


「惜しい」


 ——読み撃ちはまだヘグさんみたいにはいきませんわね……!


 ——意外とやる。でも、この場で一番弱いのは、モルガナっちっすよ!


 両者間の距離は二十歩。カスカルはモルガナの目前に瞬間移動してライフルを蹴り飛ばす。続けてモルガナの脛を杖で突き飛ばそうとしたが、その前に鷹の体当たりでモルガナの傍から剝がされた。


 カスカルの周囲に三羽の黒い鷹が巡る。モルガナは短機関銃に持ち替えて銃口を向ける。


 十五秒経過。


 ——あとは私の射撃次第! 当たれ!


 引き金を引く。カスカルは瞬間移動で鷹の包囲の外に出て射撃を回避した。しかしモルガナの連射した弾の一つが鷹の背中を跳弾してカスカルの杖に当たる。


「ん——な!?」


 杖は衝撃からカスカルの手を離れて宙を舞う。


 ――でもまだこの距離は石と繋がってる!


 杖は地面に落ちる前にカスカルの手元へ、瞬間移動して戻ってくる。


 これで二十秒。


 戻ってきたところ、その杖の先端部――石が装着されている部分――は、ジェンウォの振り下ろす剣で叩き折られた。〝精神〟と〝座標〟、二つの石が砕ける。ジェンウォとカスカルがお互いの瞳を見て近接戦への移行を読み取る。


 ロスタイム。


 カスカルは残った杖でジェンウォの剣と差し合う。武器の長さでカスカルに有利だが、しかしそこは既に徒手の間合い。いくつかのやりとりの末、みぞおちへの肘でカスカルは膝をついた。


 ジェンウォは息を乱しながらも、すぐにカスカルの肩に刃を置いた。

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