第22話 秘蔵の二つ目

「ぐっ、ふう……。は、は。相変わらずウォっちは、仲間に取らせるのが、上手いっすね……」


 モルガナがレーノに小声で尋ねる。


「何のことかしら」


「モルガナの射撃が杖に当たったのは、ジェンウォがその〝運命〟を引き寄せた結果ってこと。〝運命〟の未来改変は日に何度も使えないけど、使えば物事の起こる確立を操作できる」


「理解ですわ。流石に上手くいきすぎではと思っていたところでした」


 ジェンウォはカスカルを見下ろして言う。


「なあテメエ、どうしちまったんだ?」


 地面に倒れてピクピクと痙攣していたブレイズも顔を上げる。


「俺たちの狼藉をなんで見逃してるんだ? 今回に限らず、今までのこともだ。昔のテメエなら囲んでボコして三日吊るすくらいはしてただろ」


 モルガナは再び小声で尋ねる。


「してましたの?」

「してたねえ」

「してましたの!?」


 ジェンウォは剣を捨てて、代わりにカスカルの胸ぐらを掴んだ。カスカルの口から呻き声が漏れる。


「なあ、おい。俺たちがリエールを酒で死なしちまったときからだ。あのとき俺たちは、テメエに殺されたって文句は言えなかったんだ」


 カスカルは苦笑いを浮かべる。


「そりゃ……飲みの場っすから。たまにはそんなこともあるし、誰のせいでもないっすよ」


 ジェンウォの額にピキピキと青筋が浮かぶ。胸ぐらを掴む右手が力むあまり震えている。


「その——その! 物分かりだ! 恨みごとの一つもねえのか!? ガキが生まれたばかりだったんだぞ!!」


 ジェンウォはカスカルを手放すとその顔面にこぶしを入れた。レーノとモルガナはいざというとき止められるよう心構えをする。ジェンウォがすぐにまたカスカルの胸ぐらをつかみに行く。カスカルは一切抵抗せず、目線を下ろしている。


「それからテメエは俺たちが何をやっても手を下さなくなった。そのへらへらした態度で注意するくらいだ。俺たちは、いつになったらテメエが俺らを追い出すのか、その日をずっと待っていた。だが! ついぞその日は来なかった! 俺たちが〝アタラクシア〟に話を持ち掛けられる、その日までな!」


 ブレイズが歩いてくる。その顔には悔しさが浮かび、両目は昔日のカスカルを思い浮かべている。


「頼むから……私たちに、罰を。そうしなければ……私たちはもう、あなたを殺してしまう」


 カスカルは面白くなる。


「は、はは。まったく困ったもんすね。……ウォっち、俺の寿命が見えてないんすか?」


「俺はリエールの件以来、人と会うたび運命が途切れる可能性を確認してんだ。少なくともテメエは今日死にはしないし、俺たちがモンスターをけしかけた日だって死ぬ可能性はほとんど無かった」


「その先は? 俺に十年後はあるんすか?」


 ジェンウォは怪訝に思いながら〝運命〟のエーテルを働かせる。カスカルの年単位先の運命を見るのは、この時が初めてだった。見て、驚きのあまりカスカルを手放す。


「テメエ、これは」

「ああ、十年は流石に無いんすね」


 上向きの強風が起こってジェンウォの上半身を浮かす。カスカルはすばやく立ち上がるとジェンウォの両肩を掴み、その腹に膝を入れた。思わず腹を抱えるところ、続けて顔面を殴り飛ばす。倒れたジェンウォを見下ろしながら、鼻の片方を抑えて血を出した。


「ふふ、仕返しっす」


 今起こった風が何なのかを尋ねようとモルガナは隣を見たが、そのレーノの顔には見たことのない驚愕が浮かび、首には冷たい汗が浮かんでいた。


「カスカル、まさかお前……」


 カスカルは自分の右手の上に小さな竜巻を起こして、それを見て微笑んでいる。


「エーテルの扱いが上手くなるのも考えものっすね」


 モルガナはハッとする。


「体の中に、エーテル石がありますの!?」


 相当に稀なことではあるが、人間であっても、適性のあるエーテル石を積極的に利用していると、体内に『石』が形成されることがある。身体の中に石があれば、それをエーテル石一つ分とみなして能力を行使することが出来る。


「その通りっす。だから、俺の命はもう、そう長くは無いんすよね」


 しかし体内に石があると、通常、体に害のないはずの循環エーテルが過剰に反応し、それは恒常的に人体内部を傷つける。石を臓器に持った者は、数年以内にもれなく死に至る。石の切除が成功した例もない。


「先が見えると、人に強い仕打ちをするのはなんか、気が引けるようになっちゃったんすよね。でもそれでウォっちたちに罪悪感を持たせる結果になったなら、失敗だったってことっすけど……」


 ブレイズが口元を抑えて涙を浮かべる。


「じ、じゃあグロリアちゃんは……!」

「そうっす。俺は一日一日大事にして、グロリアと過ごしてあげなきゃあいけないんすよ」


 カスカルはブレイズに左の人差し指を向ける。ブレイズの右手首がつむじ風に切断され、その手に持っていた杖が落ちた。動脈から血が噴き出し、ブレイズは痛みに目を見張って言葉を失う。


「そのためなら俺は誰だって裏切るし誰にだって媚びを売る。……レーノさん」


 レーノはカスカルに銃口を向けている。


「あまりこの胸の石を使わせないでほしいっす。素で三連結くらいの痛みがあるんで」

「その割にはスーを倒した後に使いまくってたじゃん」

「勝利を祝うのに比べれば些細な痛み……って、あれ。言い負けちゃったっす」

「さっさと街に帰って娘さんと逃げるのをお勧めするよ?」

「そこまで無責任なことはできないっすね。これでもリーダーやってるんで」

「……そうか」


 モルガナにはレーノがカスカルの誘いに乗らない理由が分かる。


 ――そもそもレーノの目的は「後追い自殺」。それは仇がエックスと判明した今「エックスへの討ち死に」に変化している。だというのに〝アタラクシア〟に下ると言うのは、レーノの目的と決定的に矛盾する。


「モルガナっちの安全は、こっちの方が保証されるかもしれないっすよ」

「……安全?」


 身体を起こそうと震える腕を地面に突いているジェンウォ。彼は、レーノだけでなくモルガナも、それを受け入れはしないことを知っている。


 ――モルガナは自殺するつもりでフロンティアに来ている。エックスの妹であるという情報、加えてそのエックスの行為を「あさましく利己的な思想」と切り捨てていたこと。これから推測できるモルガナの目的は、レーノと同様に、命を賭してエックスを殺すことだ。〝アタラクシア〟に従う訳が無い。


 レーノとモルガナが二人でカスカルを倒すだろうと、ジェンウォは予測した。しかし起こった結果は、意外なものだった。


「モルガナ」

「レーノ」


 二人はお互いにお互いの銃口を向ける。


「モルガナ、君は一人でカスカルについていけ」

「レーノこそ、ここでカスカルに従うと言わないならば、撃ってでも従わせますわよ」

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