第23話 冒険者 vs お嬢様
カスカルは何事かとなだめに入るが、しかし二人に追い返された。
――あ、あれえ? いま俺のターンじゃなかったんすか? このぞんざいな扱いはなに?
お生憎様、カスカルのターンは以上で終わり。ここからは二人のターン。
「〝アタラクシア〟に下ることが君の安全だよ」
「私は第六キャンプへ行かなければならないのですわ。あなたこそ〝アタラクシア〟と相まみえるならば、一度街へ戻って準備を整えた方がよろしいのではなくて?」
「悪いけど、仲間の仇が目と鼻の先にいるのに帰ることは俺にはできないんだ」
「そんなの自殺行為ですわ」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「私は自分の勝手ですから。あなたの言葉を借りるなら、自己責任です」
「依頼を受けた以上、君の安全は俺の責任だ」
「じゃあ依頼を破棄します。報酬は受け取っていただいて結構です」
レーノは目を泳がせる。顔を赤くして恥ずかしがる。
「じゃ、じゃあ白状するけどさあ。俺は依頼とは関係なく、個人的に……君には死んでほしくないと思ってるんだよ。君のその、判断基準とか善悪観とか——人格とかを、好き……だからさ……」
モルガナは照れる表情を見せないように下を向いて返す。
「しっっっってますわよ! そんなことはもうねえ!! じゃあこっちも白状しますけれど!? 私もあなたには死んでほしくないのですわ! 護衛だからとか関係なく、個人的に! 尊敬しているので!!」
二人とも目を逸らしたまま、乱した息と感情を均す。平静に戻ると、同時にキッと鋭いまなざしを向けた。
「わがままめ」
「わからずや」
レーノは鷹の足を掴み、モルガナの方はふわりとムーンサルトして、お互いに距離を取る。他三人は事態についていけず傍観するしかない。
「まさか勝てると思ってるわけ? まさかね」
「結局勝負は石の数。一つしかないレーノに負ける気はしません」
「悪いけど容赦しないよ。俺は君を止められる言葉を知らないから」
「ええ、私も。もっとあなたのことを知っておくべきだったと後悔しているところですわ」
モルガナが短機関銃を握り直し、レーノはマントを羽織る。
「負けてから後悔しても知りませんわよ!」
「まだ俺には勝てないよ。挫折させたらごめんね?」
マズルフラッシュ。モルガナの連射で火ぶたが切られる。それらは全てレーノの翻したマントに防がれる。
――固い……!
マントが端から分かれてツバメになり、モルガナへ飛来する。モルガナは〝記憶〟を光らせる。ツバメの頭に入力されていた情報が消去され、それらは目的を失い適当に飛び始める。
――そんなことできんの!?
レーノはツバメたちの構造を変化させてすぐに液状化させる。粘つく重い液体が地面に落ちて、それはモルガナ方面へ素早く蠢いていく。
モルガナは跳ね上がる。空中をくるくると回転するモルガナは、レーノに身体を向けた瞬間、ライフルを抜き出してすぐに撃つ。弾丸はレーノのマントを貫通して左膝に直撃するが、レーノはすぐに代わりの身体を〝創造〟で補う。
一発だけ撃ち返したが、モルガナは体を一気に重くして弾丸を回避した。着地は軽く。ふわりと砂が円状に捌ける。
「エーテル切れまで撃ちまくってやりますわ!」
「いや、もう決着だね」
弾丸がモルガナの背中に着弾する。ダン! と重い衝撃の後、弾は重く粘る液体となってモルガナの膝をつかせた。モルガナが背後を見ると、三羽の鷹が飛んでいる。
「跳弾だけど、実は狙った方向に跳ねさせることもできるんだよね。鉄の鷹の背中を経由して、君の背中まで届かせた」
——何を仰ってるの? そんな超技術を持っているだなんて、初めて聞きましたわよ? それほどの技術があるのに、それも手札の一つでしかない、と?
「そもそも……さっき出してた鷹を使うのはルール違反じゃなくて?」
「その思考のままだと俺には一生勝てないなあ」
「むー、完敗ですわ。絶対カスカルのところからは抜け出してやる」
「ということでカスカル、この子をよろしくね」
カスカル困惑。
「いや全然分かんないっすけどね? 言ってる意味が。別にモルガナっちを差し出してもレーノさんを見逃すわけじゃないっす」
「あれ? そんな話だっけ」
「そんな話っすー!」
「あっはっは」
傍でメルフィスが爆笑している。三角帽子と眼帯の女。緩んだ空気は急転直下。三人は咄嗟に身構える。
「なっ……接近に気付けなっ……!」
カスカルが右手を向けていつでも竜巻を起こせるようにする。メルフィスは杖を持たない左の指で涙を拭う。
「ああ面白い茶番だった……。ん? あっ、気配の話かい? そりゃだって君、君を倒すように調整したモンスターだって精神活動を隠せていただろう。同じような能力を持つモンスターを利用すれば、同じようなことは簡単にできるとも」
レーノは銃口を迷いなくメルフィスの頭に向ける。
「一応聞いとくよメルフィス。まさか贖罪に来たんじゃないよな?」
「愚問だねレーノ。そもそも直接手を下したのは私じゃないしさ。あ、でもアレは聞いてるよ。そうだろレーノ、クルルの最期の言葉を知りたいよな? あっはっは、いやあ、あの最期は全く哀れだった……」
レーノはメルフィスの挑発に躊躇なく弾丸を撃ちこんだ。弾はメルフィスの頭を三角帽子ごと貫通し、彼女の身体は力なく地面に倒れる。しかし少し離れた位置からまたメルフィスの笑い声が聞こえた。そちらを見ると彼女は無傷。
今レーノが撃ったのは、認識系の技能による偽装で、メルフィスだと思わされていた身代わりだった。
「ウッソでしょ。マジで撃ったの。まさかレーノがそこまで浅慮で薄情になってただなんてさあ!」
「地獄の生活の心配はいらねえよ。エックスを殺したら俺も後から行ってやるから」
「——あ? 違う違う。今レーノが見るべきは私じゃない」
魔女の操るモンスターによってかけられた偽装膜。それが口の中のオブラートのように溶けていく。レーノの撃ち殺した人間の姿が明らかになる。
メルフィスは、とてつもなく愉快そうにレーノを嘲る。
「あーあぁ! まだ生きてたのに! 私の従える
視界が暗転する。
**
レーノは目を覚ます。ハッと急いで体を起こす。激しい頭痛。
焦って起き上がったのは、何か為さねばならないことがあったからで、それが何かというと。
「……あれ?」
――思い出せない。
頭が起きていないのだろうかと、ポリポリと掻く。
――思い出せない。
ガシガシと掻いて毛が抜けていく。
――思い出せない。
頭を叩く。
――思い出せない。
強く殴る。殴って、殴って、しかし、思い出せない。
「ん……ん? レーノ……レーノ!? レーノ、大丈夫!? や、やめてレーノ!」
傍で舟を漕いでいたゲヘナが目を覚まし、レーノの尋常でない様子を見て、慌ててその上半身に抱き着いた。レーノは一瞬固まり、次にゲヘナの肩を強く掴んで余裕なく問いただす。
「ここはどこでいまはいつだ!?」
ゲヘナの顔に僅かな恐怖が浮かぶ。しかし怯まずに答える。
「ここは第三エリアの横穴の一つ……簡易キャンプ三号。キリギリスの月の十一日。レーノたちがフロンティアに入って、六日目の夜だよ」
レーノはここまでを振り返る。
――一日目、第一キャンプに泊まる。二日目、第二キャンプに泊まる。第三エリアでは野宿が一回と、キャンプで眠るのが一回。その翌日に事が起こったから、最後の記憶は五日目だ。
「事が、起こる……」
――何かが、起こった。そうだ何かが起こったんだ。何が……何が起こった? 戦闘があったのか? 戦闘? 誰と共に、何と戦ったんだ?
外界に意識が向くと、ゲヘナの肩を掴む自分の手に、相当強い力が加わっていることに気付いた。
「あっ! ご、ごめん!」
ゲヘナの顔に安堵が浮かぶ。心配する。
「大丈夫? ……って、そんなわけないよね」
「迷惑かけた。そっちこそ大丈夫?」
「うん、ありがとう心配してくれて」
「——それで、この記憶の欠落は何か、ゲヘナに分かる?」
「クレースが〝再生〟をかけたから、まずその分の直近の記憶が抜けてると思う。私がレーノたちを見つけたのは今日の夕方で、どれだけ気を失ってたか分からないから、場合によってはかなり多くの記憶が飛んでる可能性がある」
レーノは頷いて話を聞く。
「……それと、ねえレーノ。混乱しないで聞いてくれるかな」
「分かった。できるだけ頑張るよ」
「うん。じゃあ聞くけど、モルガナって名前は覚えてる?」
頭を捻る。
「……いや。覚えてない。誰のこと?」
これがターニングポイント。物語はレーノの手を離れた。いや、物語は初めからモルガナのものだった。そしてモルガナは、レーノを物語の外に追いやったのだ。
彼女一人でこの物語を終わらせるために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます