第5話 追跡者ゲヘナ

 ゲヘナは事態の報告に一旦街へ戻る。森の枝間を跳ねて高速で移動する。


 途中ふと、レーノとの武器市場でのやり取りを思い出す。ゲヘナはレーノに、〝がらんどう〟を襲ったモンスターがどんなものだったのかを尋ねたのだった——。


「それが、覚えてないんだ」

「覚えてない?」


 レーノは、自分たちのギルドを襲ったモンスターの姿を覚えていなかった。


「〝記憶〟のエーテルのような能力を持っているか、もしくは実際にエーテル石の現物を所有しているモンスターなんだろうね。襲われた事は覚えてるのに、その戦闘の内容は全く覚えてない。皆殺しにされた光景は記憶にあるから、敗北したのは間違いないんだけど。実は、自分がどうやって〝二の森〟まで帰ってきたのかも実はよく覚えてないんだよね」


「〝死体運び〟があなたたちの死体を発見してるから、事実そのものは疑ってないよ。記憶の欠落は〝再生〟みたいなエーテルの副作用じゃなくて?」


「違うと思う。記憶がごっそりなくなる感じじゃない。記憶の中で、その敵の姿だけ、ぼやけてるんだ」





 ゲヘナは翌日の午前中にはモッカに第一キャンプの事態を報告し終えた。


「報告ご苦労。事態の収拾に寄与してくれたこと、感謝する」


 モッカは一つ尋ねる


「ただこの、報告書にあるモルガナと言うのはどこのギルドの者だ? 新入りか?」


 ゲヘナは眉をひそめて答える。


「……? モルガナお嬢様のことです。モッカさんも名乗りを聞いてたじゃないですか。ほらえっと、モルガナ・フォン・ジェリア。レーノが護衛を受けた女の子」


「レーノのやる気を引き出した人間がいたのは覚えているが、そんな名前だったか。すまない、きっと私はその名前は聞いていなかったんだ」


 異変を察知する。声に力が入る。


「いや絶対に聞いていましたよ」


 ――モルガナさんの名乗りの時、モッカさんも吹き抜けからそれを見下ろしていたはず。


「もしくは君が聞き間違えたんじゃないか? お嬢様だったんだろう? ならジェリア家というのはあり得ない」

「それはどうしてですか?」


「ジェリアの治めた王国は50年前に無くなっているからだ。国土の七割を、東の果ての崩落に飲まれてな。王族の末裔であっても、今はもう没落しているだろう」


 西端フロンティアから二つの大陸と二つの海を越えた先にある東端ビーチ。世界を織りなす熱が平坦になっていき、やがて色を失った地面は虚空に崩れ落ちる。


 ゲヘナはそれから、この街におけるモルガナの痕跡を可能な限りを集めた。しかし彼女の実在がどうにも証明されない。彼女が泊まったと思われる宿の主も、誰か女性が泊まっていたという記憶しかなく、ドレスの気配すら覚えていない。受付嬢は資料を見るとクエストの概要は思い出せるが、そこに書かれているモルガナという名前を見ても風貌が思い出せない。


 三日目、遂にゲヘナはモルガナの痕を見つけることが出来た。なぜなら、偽札で捕まった少年が、その金はレーノと一緒にいた女から盗ったと証言したからだ。その少年も、その女の風貌を。女から盗ったという事実だけしか記憶していない。


 近くの共和国で発行され、多くの地域で信頼されているその紙幣は、特定の光で照らすと透かしが浮かび上がるはずだった。


「透かしが入ってない。これも、これも、これも」


 ゲヘナの机には大量の偽札が広がっている。


「本当にジェリア家ならお嬢様ってのはウソ。使っていた大金も全て偽札。あの子、お嬢様なんかじゃない! 出会った人間は全て記憶から彼女のことが消えている。いや、! エーテルの適性は〝熱〟と〝重さ〟だけじゃない。〝記憶〟もだ! えーと……えーっと! クソ!」


 机に刻んだ名前を読み上げる。


「モルガナ。モルガナ・フォン・ジェリア。モルガナ・フォン・ジェリア!」


 ゲヘナは頭を抱える。


「ウソばっかり! しかも絶対に、絶対に〝がらんどう〟が襲われたのに関係してる!!」


 エーテル石を掴んで立ち上がる。


「レーノたちはどこまで行ってる!? 追いつかないと!」

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