二章 双剣交わる
第6話 第二エリア〝蔓と蛇の森〟
おや、あなたは……。昨日ぶりだね。今日は何か用? 「特にない」……そう。
物語の続きが気になった? そうでもない? ただなんとなく僕の元に来ただけ?
気になるのはレーノとモルガナが結ばれるかだけ、だって? これだからあなたは……そういう目でしか人の関係性を見れないの? レーノとモルガナはそういう仲じゃあないよ。
残念がるねえ。まあ、今回の章の終わりにはレーノとモルガナは枕を共にすることになるんだけど。
……なにさ。なんだよ。いや、まあ、そうだよ? そういう意味での枕を共にする、だけど?
はあ? 別にそういう事だってあるでしょ! 「あるわけないだろ」? じゃあ見てみなよ! 色々あってそうなるんだよ!
「あっちいですわ」
「高いわよね。気温と湿度が」
三人はジャングルを進む。レーノがモルガナに汗を拭くタオルを渡す。
「モルガナはその大層な衣装を脱いだら?」
「ア、アンタ女に服を脱げって言うの!?」
「そんなこと言ってないよお」
「言ってないですわね。ちなみに脱ぎませんわ」
「あ、そろそろ抜けるぞ」
「何が抜けるのよ!」
「クレースさん欲求不満だったりする?」
「突っかかりたい気持ちが前に出すぎてただの破廉恥な人になってますわね」
「なっ……、なっ……!」
クレースは恥ずかしいやら否定したいやらなんやらの気持ちで赤くなる。
三人が森を抜けると、見晴らしのいい崖に出た。うっそうと広がる森と、木々を開いて蛇行する大河が見える。激しい高低差のある地帯で、河の辺りが低くそれ以外が高い。削り残された台地と川の辺りで二種類の植生がある。高く残った方の植物は背が低く色も淡いが、川辺は敷き詰めたように濃い緑色。河には獰猛な魚が暴れ、空では極彩色の鳥が鳴く。
「ま! 壮観ですわね!」
「こちらが第二エリア〝蔓と蛇の森〟となります。略して〝蔓蛇〟です。ちなみにツルヘビと呼ばれるモンスターもいます」
「それは蔓と蛇の森が先ですの!? ツルヘビが先ですの!?」
「それが——分かんないんですよねー!」
「そんなあああ!」
「え? これ観光ツアーだったの? なに? なにこのノリ? なんでそんなにノリノリなの?」
崖を回り込んで眼下の川辺を目指す。縦横無尽に広がる蔓を剣で切り払いながら進む。
「降りますのね。最後は昇るのかしら?」
「ええ。下りた分、最後は昇ることになるわ。でもあっち側には昇降機が設置されてるのよ」
「昇降機といっても吹きさらしの床だけのものなので、自力で鳥型モンスターから身を守れる人間でないと乗れないんですけどね」
「レーノはいつまでガイドモードなのかしら」
「嫌なの……? そんな……」
「嫌とまでは言ってませんわよ……」
一時間ほどかけて川辺まで下りてくる。
「多分スライムがいますわ」
モルガナが指さす先にスライムがいる。赤くぷよぷよとした生き物が進路を阻んでいる。
「あれはスライムであってるよ。異形のモンスターを見るのは初めてだったね」
「異形と言っても〝二の森〟の巨大昆虫の方が手ごわかったりするわ。まあみんなザコよ」
「撃ってみてもいいかしら。私射撃が上手くなりたくて」
「いいよー」
三発撃ち込む。三発とも、しっかり当たって貫通した。スライムは衝撃にぷよぷよと前後するが、揺れるのを終えると活動を再開してレーノたちににじり寄ってきた。
「効きませんわね」
「ライフルとかだったならともかく、その……短機関銃かな? じゃあ、火力が足りないのかもね」
「火力……」
飛びかかってきたスライムをクレースが両断する。スライム、爆散。
「スライムにはコアがあるから、そこを狙い撃ちできるならこうやって倒せるわよ」
「それらしいものは見えませんでしたわ」
「そこはもう勘ね」
「そこが脳筋ですの? ハイクラスギルドの一員であって勘頼り? それもう人類の敗北ですわ」
「勝ってるじゃん」
「英知が敗北してんですのよ。英知が」
「あっ、しんどい」
進路を阻む蔓を切っていたクレースが、突然足を止めてうずくまった。傍には緑色の蛇の死骸がある。
「どど、どうしたのかしら!?」
「う、鬱だ。私死ぬんだあ」
「誤ってツルヘビを切っちゃったんだなあ。呪われたね」
「呪い!? それ大丈夫ですの!?」
「ノイローゼになるだけ」
「命を奪った割には軽い代償ですわ!」
クレースは地面に手を付く。
「結局〝ナンバーワン〟はラン一人いれば成り立つのよ……私みたいなザコは代わりが効くんだわ……」
「そんなこと気にしてたんだ」
「モンスターをザコ呼ばわりするのは自己評価の表れでしたのね」
レーノは即効性の精神安定剤をクレースの口に入れて水を飲ませ、落ち着くまで少し待つことにした。
クレースは地面に向かってぶつぶつと呟いている。ふとモルガナが尋ねる。
「そういえば、一番強いギルドってどこなのかしら? ナンバーワンってくらいですらナンバーワン?」
「強いギルドか。総合力とかアベレージとかあるけど、印象で語るなら、一番強いのは〝アタラクシア〟かな。奥に進んでやろうって意欲があるから、自然と強くなっていったね。昔はウチが一番強かったんだけど。〝がらんどう〟が壊滅した今、〝ナンバーワン〟は二番手だね」
「新天地の開拓に乗り気なギルドは少ない?」
「うん。強ければ強いほどそう。食べていくのに不自由しなくなるし、依頼も選ぶようになる。この街に長くいれば大事な人だってできるし、命が惜しくなるんだよなあ」
「そういえば、街には子供の姿もありましたわね」
「そして依頼とは別口で稼ぐ手段を確立すると拍車がかかっていく。〝がらんどう〟がそうだったようにね。お金で不自由しなくなったから、後半のエリアに行く機会も少なくなってたんだ」
「でも、なまっていたという感じでもなさそうですわね。レーノはまだかなり余裕があるように見えますわ。第二エリアの敵に負けるとは思えません」
モルガナがその発言に踏み切ったのは、レーノの感情を慮ることと、このエリアの危険性を確認するのは、別の問題だと判断したからだ。
「それは……本当にそう。実はウチのギルドは結成からの七年間、一人も死人が出たことが無かったんだ。引き抜かれたり辞めたりはあったけどね。第六エリアに一週間閉じ込められたときも死人は出なかった。だからある意味、今も現実味が無いんだ」
クレースが精神的にも物理的にも立ち直る。
「全くそうね。そしてここ数日にこのエリアでそんな強敵がいたとの報告も無かったわ。他のエリアへ移動したんだと思う。偶然奥のエリアのモンスターがここまで来ていたとか、突然の変異種とか、そういったかなりの不幸に見舞われたんでしょう」
「分かりました。二人ともありがとうございます。とりあえずこのエリアに現在、危険は想定されていないということですわね」
「それでも、十分注意して進まなきゃいけないけどね!」
「分かってますわよ。あ、あの花なにかしら奇抜な見た目ですわね~」
「それ毒を吹くやつだから!!」
「じゃれ合ってないでよね……」
三人は他の冒険者による野営地の跡を発見した。
「歩き詰めだし、休憩しよう」
「まあ私は大丈夫だけど、モルガナさんは疲れただろうし賛成してやるわ」
「円滑なコミュニケーションのダシにされていますわ」
「少し早いけどお昼ご飯にしちゃいましょ」
三人は火を起こして野営地に残されていた道具を使い料理を始める。
「昨日は軽食だったからフロンティアでの料理って初めてですわね!」
「モルガナさん料理できる?」
「そこそこですわ!」
「俺はからきしだから任せていいかな。ちょっと離席するね」
レーノは周囲に向けて数発、銃弾を撃つ。弾丸はいずれも太い木の幹に当たる。着弾点から、黒く細い鉄線が植物の育つように伸び出てくる。それはうねうねと動いて鳥かごのようなものを作ると、最後にその中に小鳥を生成した。小鳥はピチピチと鳴いて動き始める。鉄の置物のような色であって、しかしその自然な動きは生き物だと錯覚させる。
「色はどうしようかな」
「普通にしなさい」
「は、はい……。周囲はその子たちに見張らせてるから、多少気を緩めてもいいよ。じゃ」
レーノはジャングルに姿を消した。鳥は発光を逃れ、短い毛並みを手に入れた。
「ふう。相変わらず万能ですわね」
「流石に天才ね」
「天才? 〝創造〟のエーテル適正さえあれば、誰でも簡単にできるという訳ではないのかしら?」
「ええ。そのものの構造をかなり正確に理解してなきゃ創れないって話よ。多くの使い手は、鉄の刃物や足場を作るような運用をしてる。自在に形や色を変える時点で異例なのに、ましてや自立した生物を創るなんて凄まじいの一言ね。あの域で〝創造〟のエーテルを使える人間は、レーノの他にはあと一人だけしかいないわ」
クレースは火を起こし、モルガナは果物を包丁で切り分ける。
「実力は認めているのに突っかかりますのね?」
「別に認めてるわけじゃないわよ」
「レーノは席を外していますわよ?」
クレースは手を止めて少し詰まる。何やら言い辛そうに頬を染める。
「じ、実を言うなら……私、苦手、なのよ。男の人と話すのが。その、なんかその、そう、突っかかっちゃうの。直したいん、だけど……」
「ま! まままま!? まま——いやあれ? ランさんとは喋れてましたわよね」
「ランは流石に付き合い違うわよ」
「ままままま! じゃああの態度って素直になれないだけってことかしら! か、可愛いところありますわね」
「うう、うるさい可愛くなんてない……」
クレースは薪を弄りながら顔を赤くして照れている。指先で自分の毛先を弄る。
「もう火は消えなさそうかしらね……」
クレースは火が起こったのをきっかけに話題を変える。
「モルガナさん、包丁の扱い慣れてるわよね。お金持ちのお嬢様なのに珍しい」
モルガナはギクリと体の動きが止まる。
「え、えー、えあー……。しゅ、趣味ー……かな? 趣味かしらー」
「包丁持つの趣味だったのね」
「そこだけ切り取ると危ないヤツですわ。料理が趣味でしたの。お母様も厨房に立つのが好きな人でしたから、影響を受けたんだと思いますわ」
「ふーん、そうなんだ。奇妙と言えば、お嬢様が一人で依頼を出すってのも変よね。従者? とか保護者? みたいな人はいないの?」
間髪入れずモルガナは痛いところを突かれる。しかし彼女はもうすでに嘘つきモード。さらさらと口が回る。
「実は私、箱入りが嫌になって、無理言って出てきましたの。最低限の従者もいたのですけれど、風俗街に投げ込んで巻いてきましたわ」
「え、ええ。めちゃくちゃ力技。でも私そういう女の子ちょっと好きかも」
「光栄ですわ~」
――力技な女の子であることは事実ですわ! 不服ですけれどね!!
「じゃあ、第六キャンプに行きたいってのも、外の世界を体験したい気持ちの表れなのね」
「……まあ、そんな感じですわ」
モルガナの動機が明らかになるのは、まだ先。
レーノは少し歩いて進路から逸れる。そこはそれまで以上に蔓の多い地帯だった。一つ一つを手の甲で優しく避けて蔓の濃い方向へ進んでいく。
辿り着いたのは、夥しい数の蔓が生い茂る小さな沼。
「すみません」
レーノが声をかけると辺りで蔓を装っていたツルヘビたちが一斉に木上に引いていく。地面が揺れて、辺りに巨大なものが這いずる音が聞こえる。それは沼の周囲を、レーノを囲むように動く。クルクルと巻いてその幅は狭くなってくる。
規格外の大蛇が姿を現す。シュルシュルという舌の音と共に顔を出し、沼の向こうから首を伸ばしてレーノに近付けてくる。口が開かれ、むせる悪臭がかかる。
「レーノ、数日ぶりね」
レーノは畏まる。
「スー様、先日はなわばりを荒らして申し訳ありませんでした」
「荒らしたのはあなたではないわ。意味のない謝罪は下手な効果しか無いわよ」
「失礼しました。実は今日はそのことでお尋ねしたいことがあって参りました。お酒なら持ってきてるんですが」
レーノは鞄から古いお酒の瓶を出す。
「フフ。私たちは死闘を繰り広げた仲でしょう。今更水臭いわね。貰うけど」
ツルヘビが一匹、枝から下りてきて酒瓶を巻き取り、また上へ戻っていった。
「あなたたちが襲われたときのことよね。そうね、でも癪だけど、私もあまり覚えてないわよ」
「スー様の〝超感覚〟をもってしても敵の姿が分からないと?」
スーの五感はこのエリア全域をカバーしている。ここで何が起こっても普通は、認識できるし記憶される。
「そうね、影響力の次元が高い能力なのでしょう。他人にも影響するタイプの過去改変、記憶改竄、情報抹消、認識阻害などが候補に挙がる。研ぎ澄まされているわ」
「……研ぎ澄まされている?」
「ええ、エーテルの扱いを研ぎ澄ましている相手の犯行ね」
「モンスターがエーテルの扱いを研ぎ澄ます……という言い方を我々はしないので、少し理解に時間をかけてしまいました。確かに、モンスターの能力は同じものであっても強弱の差はあります。けれどそれは概ね生まれつきの種族差や個体差によるもので、それぞれが能力の可能性を伸ばそうとして生まれた差ではないと思っていましたが」
「それは間違っていないわ。少なくともあなたたちが言う第五エリアまでならば」
「では我々は、それよりも奥のモンスターで、スー様の様な高度な知能をもってエーテル能力を研ぎ澄ます個体……に、襲われたということでしょうか」
スーは呆れて首をくねらせる。
「なぜそんなややこしくて可能性の低い選択肢が最初に上がるのかしら。固定観念に囚われすぎよ。そんなレアなパターンよりも、もっと現実味のある可能性があるじゃない」
レーノの拳はいつの間にか強く握られていた。
「……じゃあ俺たちは、人間に襲われたとでも」
「不遜」
スーが尻尾の先端でレーノの身体を叩き潰す。肋骨が持っていかれる。
「じ、失礼、しました」
スーが尻尾をどけて、レーノは手を付いて立ち上がる。体が肺に空気を入れようとして咳が出る。痛みをこらえて姿勢を正し、礼をする。
「貴重なお話をありがとうございました」
「ちなみに相手は人間なんだから当然、私のナワバリを荒らしたりなんてしていないわ」
スーはレーノがショックを受けていると知っていて、あえて嬉々として畳みかける。
「あなたたちを攻撃するだけして、去って行った。相手は初めからあなたたちだけを狙っていたのよ」
——じゃあ俺には。
「あなたには、復讐するべき相手がいるみたいねえ」
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