Ⅵ ドラグロス山脈

イシュの街を出て二日目、ユーリ達は夜明けとともに小屋を発った。

昨晩の冷え込みが嘘のように気温が高く、過剰なほどの薄着であるキョウカですら汗ばんでいる。


「ユージン、この先にはどんな奴がいるんだ?」


街道脇に佇む大岩を前にして、ユーリが尋ねる。


「大型の猛禽類だ。鷲や鷹が大きくなったもの、と考えてもらえればいい。」


「大きいって言っても、所詮は鳥でしょ?楽勝じゃん。」


「いいや、君なら丸呑みにしてしまえるほどの大きさだから、捕まったら最期、命はないと思うべきだ。」


ひええ、とリルリが大袈裟な声を上げる。


「奴らは上空から攻撃してくる。ただ、最初に狙うのはおそらくキョウカだろう。タイミングとターゲットさえわかれば迎撃することができるから、索敵と先制攻撃が最大のポイントだな。他の攻撃手段として、リルリの遠距離魔法だろうか。私の魔法は…さすがに期待できないだろうな。」


「はぁ。結局また私が一番しんどい役回りね。」


ユージンの分析に対して、キョウカが溜息をつく。


「タンク職だからな。キョウカが攻撃を受ける前に迎撃で仕留められるよう努力するよ。」


出会ってからの期間は短いものの、ユーリはユージンの分析なら間違いがないだろうと無条件に信じられたし、口では文句を言っていてもキョウカなら無傷で役割を全うするであろうことを疑っていなかった。そこまでの信頼を寄せることができるのは、お互いに命を預け合った昨日の経験が大きいのかもしれない。

仲間が増えれば、戦闘の幅も広がる。

ただ、それは同時に守るべきものが増えるということでもあった。

リルリを守りたいから組んだはずのパーティなのに、今のユーリはキョウカもユージンも守りたい、守らなければならないと思っていた。

だからこそ、ユーリは気を引き締めなおす。大切なものを守る。もう、誰にも奪わせない。その為の異能だ。


「準備はいいか。…よし、行こう。」


ユージンの合図で、全員で一緒に境界を超える。

狼の時も、オウルベアの時も、境界を越えてすぐに敵の動きがあった。だから、今回も一瞬たりとも気が抜けない。警戒範囲外の上空から襲われるなら、尚更だ。

先頭にキョウカ、少しだけ距離を空けてユーリ、その後ろからお互いをカバーし合うリルリとユージンの布陣を意識しつつ、一歩、二歩、慎重に歩く。

上空にまで視線を巡らせるのはもちろん、翼が風を切るわずかな音を聞き逃さないよう、聴覚も研ぎ澄ませる。いつ襲われるかわからない緊張感と、高すぎる気温が、パーティーをじわりじわりと疲弊させていく。

 

「おかしい。」


特に異常がないまま、前方に岩と砂だけの登山道が見えてきた頃に、最後尾を歩くユージンが声を上げた。


「いくらなんでも、こんなに襲われないのは異常だ。相手は空を飛ぶから、索敵範囲も警戒している縄張りも、オウルベアよりは圧倒的に広いはず。それでいて襲われない理由はなんだ?」


「襲われないのなら、それに越したことはないんじゃない?」


ぶっきらぼうに言ったのは、先頭を歩くキョウカだ。露出した肌には玉のような汗が浮いていて、人一倍気を張っている彼女はその疲労も深刻そうだった。


「おかしいのは、それだけじゃない。」


ユージンが前方を指さす。そこには荒涼とした大地に道が延びているだけで、変わったところは見受けられない。その道を少し上った先は緩やかな下りになっているらしく、道の先を見通すことはできない。


「ここから続く山道は、ドラグロス山、すなわち火竜の巣へと至る登山道だ。そして、第二開拓部隊の目的地が、この山の裾野のはずだ。」


「裾野ってことは、この辺も全部そうよね。…ここで開拓?うそでしょ?」


リルリが背伸びしながら周囲を見渡す。視界に移る範囲はどこまでも荒野が続いていて、作物の栽培に適しているとは到底思えない。


「確かめてくる。」


先頭を歩いていたキョウカが、急に走り出した。

パーティーで一番身軽なキョウカはあっという間に道を駆け上り、坂道の頂点に達する。もちろん、残りの三人もすぐに後を追って走り出す。ユーリ達が追い付くまでの間、キョウカは坂の頂上から全く動かない、いや、動けなかった。

 

「これって…」


追いついたリルリが、息を呑む。その目は見開かれ、瞳の一番奥が震えていた。


「なるほど、これがこの辺りの魔獣に襲われない理由、というわけか。」 


眼下には、見渡す限り無数のクレーターが広がっていた。

隕石?火竜の攻撃?魔獣の仕業?攻撃魔法?

原因ははっきりしないが、少なくとも十や二十では足りない数のクレーターが、枯れた大地を覆い尽くしていた。ここまで大規模な攻撃が行われたのであれば、本来生息していた魔獣が逃げ出すのも無理はないだろう。

最大限の警戒を維持しながら、ユーリ達は坂を下っていく。

見えている範囲には危険はなさそうだが、クレーター群に近付くにつれて気温がぐんぐん上昇していく。一番近くにあったクレーターのすぐ傍までくると、もはや暑さは耐え難いものになっていた。


「ユーリ、これ…」


心なしか、キョウカの声が震えている。その指さす先、クレータの周囲に飛び散った物体を、ユーリは間近で観察する。

土に埋もれていたのは、金属片と、電子部品。

間違いなく、このクレーターは人の手によって作られたものだ。それも高度な科学技術を以ってして作られたもの。


「もしかして、ミサイルか?」


キョウカとリルリも同じ結論に至っていたらしく、小さく息を呑むのが聞こえる。


「ミサイル、それはなんだ?」


唯一、ユージンだけが疑問を呈する。


「私が転生する前の世界にあった、兵器の通称よ。多くは円筒状で、目的に向かって機械制御で飛んでいくわ。直撃したら、まぁ見ての通りね。この世界で簡単に作れるようなものではないから、ユージンが知らないのも無理ないわ。」


「なるほど、兵器か。これほどの威力のものがこれだけあれば、生態系をひっくり返すくらい造作もないだろうな。」


目の前の荒涼とした景色を見ながら、ユーリは考える。

蹂躙された荒野の先、火竜の巣へと続く登山道を上った先にも、クレーターは散見される。この数のクレーターが全てミサイルによるものなら、量産体制が整っていると考えるのが自然だろう。


「キョウカ、イシュの工場にはミサイルを量産できるほどの技術力があると思うか?」


「詳しいことはわからないけど、不可能ではないのかもしれない。工場地帯には入ることができないのはもちろん、高い壁の向こうを覗き見ることすらできないから、何が行われていても不思議ではないわ。」


「私の知る限り、ではあるが、イシュの街よりも科学的に発展している国など、このハコニワに存在しないはずだ。あれほどの破壊力を持った兵器を作ることができるのは、イシュしかないだろう。実際に、工場地帯から大きな爆発音が聞こえてきた、とか、大空に何かが飛んでいくのを目撃した、という証言も少なくない。誰かの異能か、大規模な魔法だと思っていたのだが。」


キョウカの説を、ユージンが補強する。長くイシュに住んでいるユージンが言うのであれば、間違いないだろう。状況証拠を見ても、イシュからミサイルが発射されている可能性は高い。


「でも、本当にそんなすごい兵器を作れるほどの技術力があるの?レキの村のお隣で、そんなことが繰り広げられてるなんてにわかに信じられないんだけど。」


リルリが疑問を呈する。確かに、レキの村で過ごしてきたユーリも同じ疑問を抱かずにはいられなかった。


「技術力はともかく、イシュに兵器を開発する理由があるのは確かだ。前にも言ったように、イシュ周辺は土地が瘦せている故に、いつでも食糧不足だ。それを補う為の開拓計画だが、この周辺の大地を見る限り、大々的に発表されている第二開拓部隊の話はフェイクである可能性が高い。すなわち、開拓以外の食糧政策があるということだ。…他国の侵略、という、な。」


他国の侵略?ミサイルを使って?それじゃあ、まるで戦争じゃないか。ユーリは愕然とする。


「あくまで推測だが、兵器を使ってドラグロス山の火竜を攻撃したのかもしれないな。ドラグロス山脈の向こうにはイシュに次ぐ大都市であるガスがあるから、侵略するにも、貿易するにしても、火竜の攻略が必要になる。火竜の素材から強力な武具を作れば歩兵軍の補強にもつながるから、メリットは多い。もっとも、このクレーターの数だと実験を兼ねているのかもしれないが。」


「でも、それならどうして実際には存在しない開拓部隊を公にしたり、ギルドに火竜討伐の依頼なんて出したの?」


疑問を口にしたのはキョウカだった。


「これも推測だが、開拓部隊は火竜攻撃の成果確認の為だろう。ある程度の人数でイシュの街から出て行けば人目に付くから、もっともらしい筋書きを用意したのだろうな。ギルドに討伐依頼を出したのは、兵器での討伐ができなかったから、ではないだろうか。キョウカやユーリの話だと、その兵器は発射後に繊細な操作ができるものではないのだろう?それならば、火竜の身体能力で避けたり迎撃したりすることも容易だろう。結局、もっと小回りが利き、その場で柔軟な対応が可能な人間に頼らざるを得なかったのかもしれないな。」


「じゃあ、こんなに暑いのはなんでよおぉ。」


クレーターのすぐ傍で立ち話をしている一同に、リルリが苦言を呈する。誰もが議論に夢中になっていたので度外視していたけれど、リルリの言う通りここは暑すぎる。


「兵器による爆発の余熱だろうか…、いや、それにしてはどのクレーターも古すぎる気がする。なんにせよ、一度ここから離れた方が」


ユージンの話を遮ったのは、耳を劈く咆哮だった。誰もが弾かれたように咆哮の方角へと目を向ける。しかし、その主は山の向こうに居るのか、その姿は見えない。


「来る!みんな、逃げて!」


突然、キョウカが絶叫する。

その声で咄嗟に身を翻したユーリは、視界の端で山の向こう側から飛び立つ黒い影を認める。その影から放たれた赤い点。それがぐんぐんと近付くにつれて、信じられない大きさの火球であることが判明する。ユーリが呆けたように立ち尽くしているリルリに飛び掛かるのと、火球が数秒前までユーリ達が立ち話をしていた場所に着弾するのがほとんど同時だった。


一瞬、全ての音と風景が消えた。

次の瞬間には、ユーリはリルリを抱えたまま衝撃波に吹き飛ばされていた。背中や腕を何度も地面に打ち付けられながらも、ユーリは絶対にリルリを離さない。


「みんな、無事か!」


ユージンが荒げた声で、ユーリも周囲を見渡す。キョウカも、ユージンも、どうやら無事のようだ。腕の中のリルリは…、ユーリに抱かれたままきょとんとした顔をしていた。その顔を見て、ユーリは涙が出そうなほどの安堵を覚える。


「お楽しみのところ悪いけど、まだ終わりじゃないわよ。」


キョウカの視線の先には、悠然と宙に佇む火竜の姿があった。山を一つ隔てるほどの距離が開いているとは言え、あの火球を吐き出すならば十分に攻撃範囲内だ。ホバリングするように羽ばたく度に、耐え難いほどの熱風が吹き付ける。


「間違いない。元素龍だ。」


ユージンが放心したようにつぶやく。ユーリの抱かれたままのリルリは、ユーリの服をぎゅっとつかんでいる。その手は小刻みに震えていた。


どれくらいの時間、見つめ合っただろうか。元素龍は翼を大きく羽ばたかせたかと思うと、はるか上空へと消えていった。それと同時に気温が急速に下がり始め、直面した危機が去ったことを告げていた。


「…一旦、今朝の小屋まで戻ろう。」


絞り出すように、ユージンが言った。誰もがやっとの思いで頷いて、一行は言葉を発することのないまま歩き始める。


ユーリが言葉を発することができなかったのは、圧倒的な恐怖からだった。それは火竜の脅威に対するものではなく、リルリを失うかもしれなかったことに対する恐怖だった。


もし、火球の角度がもう少し違っていたら。

キョウカが攻撃に気付くのが、あと一瞬遅れていたら。

立ち位置の問題で、ユーリがリルリに飛びつけなかったら。

ユーリの体も、リルリのように恐怖で硬直していたら。


考えれば考えるほど、今ユーリとリルリが生きているのは偶然としか思えなかった。そして、そんな危うい状況で生き延びたことを素直に喜べるほど、ユーリは楽観主義ではなかった。

未だに暴れ続ける鼓動を落ち着けたくて、ユーリはリルリの右手を握る。その手をしっかり握り返しつつも、リルリの左手は縋るようにユーリの手首を掴んでいた。

リルリの手はもう震えてはいなかった。それでも、握り返す力はいつもより強い。

その握力を感じながら、ユーリは大きくなり過ぎたリルリへの感情を自覚していた。




「なんとか、全員無事みたいだな。」


誰もが細かい擦り傷や打ち身などの傷を負っていたものの、重篤な怪我を負った人間は居なかった。あの攻撃にさらされたことを考えれば、奇跡と言っても良いだろう。しかし、そのことを素直に喜んでいる人間は一人も居ない。


「状況を整理しよう。」


ユージンだけが、いつもと同じ口調で淡々と話を進めていく。この状況下でも冷静さを失わないユージンが、ユーリには頼もしく見えてならなかった。


「まず、火竜は元素龍だった。あの火球の威力、我々だけでの討伐は、困難を極めるだろう。」


「困難を極めるって、まさか勝てる気でいるの?あんな化け物に?それに、元素龍だよ?倒しちゃったら、世界が終わっちゃうかもしれないんだよ?」


声を荒げたのはリルリだ。しかし、その声に滲むのは怒気ではなく、恐怖だった。


「落ち着け。今は事実を並べているだけだ。少なくとも昨日時点では、火竜討伐に関して全員の意見が一致していただろう。」


対するユージンは、恐ろしいほどに冷静だった。その冷めた瞳に見据えられたリルリは、口を閉ざすしかない。

 

「話を戻そう。火竜は存在したが、クエストの依頼文と事実には大きな相違があった。開拓の事実がなかったこと、火竜が激昂した理由は人間の兵器による攻撃の可能性があるということ、だ。」


「イシュを治めるギルドマスターを経由した依頼文が間違っていたんだもの。街ぐるみで大きな隠し事をしていると思った方がいいわね。」


キョウカの言葉に、ユージンが頷く。あの威力のミサイルが本当にイシュの街で作られているのなら、イシュの街のギルドマスターが関与しているのは間違いないだろう。


「ここで、我々にとっての議題は、このまま火竜討伐を続行するかどうか、だ。」


「愚問よ。倒すに決まっているわ。その為に私達はパーティーを組んだのだし、それについては昨晩この小屋で意思統一したわよね。」


ためらうことなく即答したのはキョウカだけだった。その瞳には、昨晩と一切変わらない強い光が宿っている。

必ず、元の世界に帰る。その意志は誰にも曲げることができないし、曲げさせない。

そう言わんばかりに、キョウカは全員の顔を見回す。


「でも、相手は元素龍だよ?倒した時の影響は、イシュだけじゃなくて全世界に及ぶんだよ?場合によっては、この世界ハコニワが崩壊するかもしれないんだよ?」


真っ先に異論を唱えるリルリの声は、やはり恐怖に震えているように聞こえた。


「それでも、私はやるわ。この世界なんて、私にとっては、」

「キョウカ、そこまでだ。」


ユーリが、キョウカの発言を遮る。その声は鋭さを帯びていて、空気が一気に張り詰める。


『この世界なんて、私にとってはゲームみたいなものだもの。』


キョウカと同じく転生者であるユーリだけは、キョウカが言おうとしていたことが分かった。だからこそ、それを言い切ってしまう前に、リルリとユージンに聞かれる前に、遮っておかなければならなかった。


確かに、ユーリもキョウカと同じように考えたことがあった。

この世界は、ユーリがかつて生きていた世界に溢れていたゲームの世界に酷似している。し過ぎている、と言っても過言ではない。ユーリが火竜を倒せば元の世界に戻れるかもしれないと根拠もなしに思っているのも、その影響を受けている証拠だろう。


ここは、自分が生きるべき世界ではない。

何かのきっかけで送り込まれただけの、フィクションの世界。

だから、自らが元の世界に帰ってしまえば、この世界がどうなろうと自分には関係がない。クリアしたゲームを売り払ってしまうのとほとんど同じだ。


正直、ユーリにもその感覚は理解できた。

異能とか、魔法とか、火竜とか、この世界の常識がユーリの生きてきた世界とあまりにもかけ離れているせいかもしれない。

しかし、ユーリはこの世界がただのゲームではないことを知っていた。

リルリやレキの村の住人と長い時間を共にして、彼らもこの世界で生きているということを身を以って知っていた。この世界の住人は、システムに沿って動くNPCプログラムではなく、ユーリやキョウカと同じように生きている人間なのだ。

だからユーリは、みんなを、この世界を、守りたいと思う。

守らねばならないと、強く思う。


「ユージンや、リルリまで、そうだと言うのか?」


息を呑んで、キョウカが俯く。事情が分からないはずのユージンとリルリが悲しい顔をしているように見えたのは、ユーリの気のせいだろうか。


「…ごめんなさい。」

「…わかってくれれば、いい。」


そんなことより、と、ユーリはいつもより少しだけ大きな声を出す。キョウカの発言によって流れた話を、本筋に戻す為に。


「火竜を討伐しなかった場合は、どうなる?」


「まず、我々はクエストを放棄したことになる。我々とギルドの関係は信頼と実績で結ばれているので、今後イシュの街から何かしらの協力を得ることは難しくなる。ユーリやキョウカに直結する話で言えば、科学技術によって元の世界へ帰る可能性は断たれるだろう。」


「火竜による犠牲者は、まだ増えるのか?というより、開拓の事実がないなら犠牲者なんて本当に存在するのか?」


「推測でしかないが、開拓隊を装ってイシュの街を出たミサイル関係の部隊は、実際に全滅しただろうな。そして、ギルドマスターが兵器の使用を繰り返せば、同様の犠牲者は出続ける。それに、我々が断念しても他の討伐志願者は後を絶たないだろうから、犠牲は増え続けるだろう。」


ユーリは、ユーリやキョウカほどの異能者は珍しい、という旨のユージンの発言を思い返していた。言い換えれば、現状で火竜を討伐できる可能性が最も高いのは、ユーリ達のパーティーということになる。自分達が討伐しなければ、ユージンの言う通り犠牲者は増え続けるだろう。


「それに…」


ユージンが、初めて言い淀む。その視線の先には、リルリ。


「ドラグロス山の向こう側には、イシュに次ぐ大きな街であるガスがある。おそらく火竜討伐は、ガスまでの貿易路の確保の為。貿易路さえ確保できれば、イシュの科学力を輸出し、大量の食糧を得ることができるだろう。もちろん、その貿易の陰には兵器がちらつき、対等なものになるとは思えないが。」


「さっき言ってた、開拓以外の食糧政策、ってやつよね?戦争になるかもしれないって言ってた、」


それがどうしたの、とリルリが視線でユージンに尋ねる。


「イシュも暴力で全てを解決したいわけではない。ただ、それは大国であるが故にある程度の兵力を保持しているガスが相手の場合、だ。」


「まさか!」


ユーリが、思わず立ち上がる。どういうことよ、とユーリの服の裾を握るリルリの手には、必要以上の力が込められている。きっと、リルリもその可能性に行き着いているのだ。


「火竜を倒さなければ、ガスへの貿易路は閉ざされたままだ。その場合、イシュは他の場所へ食料を求めざるを得ない。最も近い集落は、レキの村だ。レキの村は大規模な兵力もないので、イシュは一方的な搾取の為に事を荒立てると思われる。レキの村周辺は土地も肥沃だから、その一帯がイシュの支配下に置かれるだろう。」


レキが、占領される。

ユーリもリルリも、言葉を失うしかなかった。

レキの村が占領されるということは、カエラやギルドマスター、ジンや農夫達、その全員がミサイルの危険に晒される可能性も示していた。

リルリの故郷を、ユーリを受け入れてくれた村を犠牲にすることなんて、容認できるはずがない。


「二人とも、少し落ち着け。我々だって、そんなことは避けたいと思っている。だが、火竜が元素龍である以上、討伐が容易ではないのも確かだ。そして、イシュにはあまり時間が残されていない。だから、こうして話し合っているのだ。」


いつまでも冷静なユージンに諭されて、ユーリとリルリは腰を下ろす。


「今の議論でわかってもらえたかと思うが、ことは単純ではない。そして、私達はもう名実ともにパーティーだ。私としては、全員の意見を尊重したい。」


ユージンの視線はキョウカへ、そしてユーリへと向けられる。


「一度、イシュへ戻ろう。」


ユーリは、キョウカよりも先に口を開いた。


「冷静になって考えてみてくれ。そもそもイシュがミサイルの出所だと確定したわけではないし、イシュのギルドマスターが俺達の知らない食糧政策を考えているかもしれない。ユージンが言ったのは、現状から推測される可能性に過ぎない。違うか?」


「確かに…そうだ。わかっていただけているとは思うが、ほぼ間違いないと断言できるほどの状況証拠は揃っているがな。」


「もちろん、俺もユージンの仮説に異議があるわけではない。ただ、迷いは剣を鈍らせるし、咄嗟の判断を遅らせる。元素龍と戦うか、戦わないか、どちらの道を選んでも取り返しがつかなくなるならば、不確定な要素を全て潰してから選びたいんだ。後悔しない為にも。」


ユーリは傍らのリルリに目を向ける。その瞳はまだ動揺の色に染まっていたけれど、ユーリの目を見て確かに頷いた。その手はユーリの手首を痛いほどの力で掴んでいる。


「それに、イシュのギルドマスターは火竜が元素龍であることを知らないかもしれない。知っていたら誰もが受注できる形式でクエストなんて出さないだろうし、そもそも討伐という考えを改める可能性もある。だから、火竜を相手にする前に、イシュのギルドマスターとは話しておくべきだ。」


ユーリが、今度はユージンに目を向ける。


「ユーリの言うことにも一理ある。キョウカも、それでいいか。」


ユージンがキョウカにも同意を求める。一度ユーリとしっかり目を合わせてから、キョウカも深く頷いた。


「満場一致なら、私もそれでいい。今日はもう遅いから、明日の朝に出発しよう。」


ユージンがその腰を上げると、ようやく場の空気が弛緩した。


「イシュに帰るって、来た道を帰るのよね?オウルベアを倒しながら?」


恐る恐る尋ねるリルリに、ユージンは当たり前のように頷く。


「もう歩きたくないわね。この世界にはタクシーとかないのかしら。」

「仮にあったとしても、俺達の持ち金じゃイシュまでは行ってくれないだろうな。」

 

戦闘における役割を考えると、キョウカには同情を禁じえなかった。だからこそユーリは、積極的にオウルベアを撃退することを密かに誓う。


「一つ、いいだろうか。」


ユージンの鋭い声で、場が再び緊張感に包まれる。


「その、たくしー、というのは、なんだろうか。」


ユージンのその大真面目な顔に三人とも思わず吹き出して、さっきまでの深刻な雰囲気は霧消した。それはきっと、誰もがそうなることを望んだからだった。




「なぁ、ユージン」


なんとなく寝付けなかったユーリは、小屋の外で見張りを行うユージンに声をかけた。


「どうした?交代まではまだしばらくあるが、何か問題か?」


「いや、雑談だ。付き合ってくれるか。」


「いいだろう。だが、休息も大事だ。ほどほどにな。」


焚火を挟んで、ユーリはユージンと向かい合う。揺らめく炎に作り出される陰影は、ユージンをより一層思慮深く見せた。


「飲むかね?」

リルリの大好きな飴色の液体を勧められたが、ユーリは丁重に断わる。


「今日は、ありがとうな。」


ユーリのお礼に、ユージンは首をかしげる。どうやら、お礼を言われる理由について、心当たりがないらしい。


「ユージンのおかげで、火竜に襲われた後でも冷静さを失わずにいられたから。ユージンが居なかったら、俺達はパニックになっていたよ。」


「なんだ、そんなことか。それなら礼には及ばない。当然のことをしただけだからな。それに、礼を言うなら私の方だ。」


今度は、ユーリが首をかしげる番だった。


「君達の世界のことはよくわからないが、あの時キョウカは私やリルリを傷つけるようなことを言おうとしたのだろう?だから、その発言を遮った。ユーリは、普段は他人の発言を遮ることは絶対にないからな。」


「それこそ、礼に及ばないよ。そもそも、あの言葉がキョウカの真意ではないと確信していたからこそ遮っただけだし。」


互いに礼を言い合い、互いに謙遜し合う。その状況ががなんだかおかしくて、二人して笑い合った。

ユーリがこの世界に来てからは、酒場のマスターやジンをはじめとした年上の同性と会話をする機会は多々あったけれど、ユージンはその誰よりもユーリのことを対等に扱ってくれているようなきがしていた。そのことにもお礼を言いたかったけれど、なんとなく恥ずかしかったユーリは口をつぐむ。


「ついでだ、一つ、尋ねてもいいかな?」


穏やかな沈黙を破ったのは、ユージンだった。


「ユーリは、元の世界に戻りたいと思わないのか。私から見た限りでは、キョウカほど戻りたいという意思が感じられないのだが。」


ずいぶんと踏み込んだ質問ではあったが、不思議と不快に感じなかった。むしろ、余計な詮索はしそうにないユージンから尋ねられたということが、そのまま親密度の証明になる気すらした。


「正直なところ、あまり戻りたいとは思っていない。詳しくは覚えていないけど、あっちの世界ではあまりいいことがなかったような気がするんだ。それに、こっちの世界では俺のことを必要としてくれている人が居る。こっちなら、俺の居場所がある。」


それは、ユーリが心の底から思っていることだった。しかし、ユージンがその言葉に納得した様子はなく、まっすぐにユーリを見つめていた。


「元の世界に、居場所がなかったのか?本当に?」


そのまっすぐな瞳から、ユーリは視線を逸らせない。どうしてユージンはそんなことを尋ねる?その意図が、わからない。


「気を悪くしたなら謝ろう。ただ、私にはどうしてもそう思えないのだよ。現に、ユーリは出会ってまだ二日程度の私やキョウカと良好な関係を築いているじゃないか。君の能力や人間性を考えれば、元の世界で他者から排斥されることもなかったと思うのだが。」


「それは、元の世界の俺は異能なんて持っていないし、普通の学生だったから。詳しいことは思い出せないけど、あの頃の俺は、きっと今とは別人だったはずだ。」


自らの口調がなぜか言い訳じみている気がして、ユーリの胸は少し痛む。前の世界のことを思い出して発作が起きる前兆を、わずかに感じる。


「果たして、本当にそうだろうか。もちろん、強い異能を持っている故に獲得した自信や、立ち居振る舞いもあるだろう。しかし、あの時キョウカの言葉を遮ったその正義感は、異能に関係がないものだろう。私やリルリを思いやってくれた優しさも、異能の有無に関わらないものだろう。その優しさがあれば、たとえ異能がなくとも、こことは違う世界であっても、誰かの心に寄り添えるような気がしてならないのだがな。」


「…買いかぶりすぎだよ。」


そう答えるユーリは、落ち着きを取り戻していた。ユージンがくれた言葉を、何度も、何度も、胸の内で反芻する。

 

「君がそう言うなら、そういうことにしておこう。説教臭くなってすまない。年長者の悪いところが出てしまった。」


「いや、気にしないでくれ。というか、同様のことがあったら、今後も遠慮せずに教えてほしい。今のだって、俺一人ではたどり着けない視点だった。」


「わかった。では早速だが、ついでにもう一つだけ、いいかな。」


唐突にユージンは立ち上がり、ユーリの手首をつかんだ。ただ、その手から伝わってくるのは優しさであり、ユージンは薄く笑っていた。


「ユーリがどう思っているかはわからないが、キョウカのスタンスは概ね正しい。基本的に、人は在るべき場所に在るべきだからだ。だから、理由なんていらない。君達は元の世界に帰るべきだと、私は思う。それこそ、君達にとって仮の宿でしかないこの世界ハコニワのことなど気にかけずに、だ。」


ユージンは、全てを見通しているかのような目でユーリを見つめていた。その瞳を、ユーリは怖いと感じる。それでも、目を逸らすことはできない。


「元の世界に良い印象がないから、とか、こちらの世界の居心地がいいから、とかそんな短絡的な理由ではなく、在るべき場所へと帰ることを前提に身の振り方を決めなくてはならないと思う。世界の理に背く覚悟があるのか、元の世界を完全に捨てきることができるのか、それらも通ったうえでの決断でないと、きっとリルリも納得しないだろう。」


「…やっぱり、ユージンには敵わないな。」


同意も、反論もできない。それでも、ユージンの言っていることは、きっと正しい。

そして、その言葉がまっすぐにユーリに届いたのは、きっとユージンが本気でユーリのことを心配してくれているのが伝わってきたからだ。


「これでも、君より長く生きているからね。…さて、改めて聞くが、ユーリも一杯、どうだ?」


「いただくよ。」


手首を解放したユージンから、小さなグラスを受け取る。グラスを満たす飴色の液体は、焚火の炎を受けてキラリと光った。


「この夜の記念に。」

ユージンが自らのグラスを掲げる。


「この夜の記念に。」

ユーリも同じ言葉を復唱しつつグラスを掲げた。



「ねぇ、起きてる?」


ドアが閉まったと同時に、キョウカが隣のベッドへ小声で尋ねる。腰に下げた太刀が立てる音で、小屋を出たのがユーリだということはわかっていた。


「ん、ぎりぎり、」


そう答えるリルリの声は、ほとんど眠っていた。それでも、キョウカは諦めない。こうして二人だけで話をする機会なんて、なかなか訪れないから。


「少し話をしたいの。このままでいいから、もう少し我慢できる?」

「女同士で内緒話?いいねいいね、修学旅行みたい!」


隣のベッドの気配が、急に浮つきだす。その語尾は興奮のせいで大きくなり、小屋の外まで響きそうだ。慌てて、しーっ、と人差し指を立てるキョウカを見て、リルリはくすくすと笑った。リルリはいつだって楽しそうで、素直に感情を表すことが苦手なキョウカは、それが少しうらやましいとすら感じていた。


「で、話って?」


「うん。あのね、一昨日は、ごめんなさい。そして、ありがとう。まだ、ちゃんと言えてなかったから。」


発言の真意を測る為にキョウカの表情を伺い見たリルリは、思わずキョウカを抱き締めたくなる。その表情が、あまりにもいじらしかったから。


「初対面の時、リルリにとても失礼な態度をとってしまったから。それに、回復魔法をかけてくれたお礼を、ちゃんと言えてなかった。」


「なぁんだ、そんなこと、全然気にしてないよ。そもそも、最初にケンカを吹っ掛けたのはわたしだった気がするし。」


だから、わたしもごめんね、とリルリが微笑む。キョウカは、少し安心する。


「ねぇ、キョウカ。キョウカがわたしにケンカ腰だったのは、わたしがユージンのことをいい男だって言ったから、でしょ?」


キョウカのベッドから、息を呑む音が聞こえる。しかし、リルリはその音を聞くまでもなく確信していた。


「ユージンがキョウカのことをわたし達に紹介する時、パートナーって言ったよね。あの時、実はめちゃくちゃ嬉しかったでしょ?」


「―っっっっ!」


キョウカは絶句する。しかし、ベッドの上で悶絶する様子を見れば、答えは火を見るより明らかだ。そんなキョウカを逃がさんとばかりに、リルリはキョウカの細い手首をつかむ。


「好きなんでしょ?ユージンの事?」

「――――――――――――――――っっっっッッッ!!!!!!!!!!」


声にならない絶叫を上げながらベッドの上に立ち上がったキョウカの顔は、真っ赤だった。

 



「あのね、ユージンは、この世界に来て何もわからない私を助けてくれたの。私、本当は自分の容姿に全然自信がなくて、転生前の世界ではいつもおどおどしてて。でも、ユージンはそんな私のことを美しいって言ってくれた。愚図でのろまだった私に、すごい異能だって言ってくれた。そんな私に、一緒に来てほしいって言ってくれた。それだけで、もう十分だったの。」


話しながら、キョウカの顔はどんどん赤くなっていく。握ったままの手首から上昇する体温を感じながら、リルリはその顔をニヤニヤと見つめていた。


「ユージンがすごいって言ってくれたから、私は自分に自信を持てた。ユージンが美しいって言ってくれたから、私は堂々と振舞えた。だから今の私は全部ユージンのおかげなの。だから私は、少しでもユージンの役に立ちたい。傍に居たい。」


もじもじしながら独白するキョウカを、リルリは我慢できずに抱きしめる。


「ちょ、リルリ!?く、くるし…」

「もう、キョウカ、反則!可愛すぎ!」


リルリが自分の胸部でキョウカを窒息させていることに気が付いたのは、キョウカが意識を失う一歩手前だった。涙目で息を整えながらも、キョウカは反撃に打って出る。


「リルリだって、ユーリの事好きでしょう?」

「うん。好きよ。大好き。」


「えっ…、いや、その、えっと…。はい、そうですよね…」


リルリがあまりにも堂々と即答するので、尋ねたキョウカの方が恥ずかしくなってくる。


「なによ、その反応。っていうか、わたしがユーリの事好きなことくらい、誰が見てもわかるよね?火を見るより明らかよね?」


うん、とキョウカは頷く。


「そう、そうなのよ!でも、本人だけはいつまでも気付かない!あのクソニブチン野郎めぇぇぇぇぇぇ!!!!!」 

「リルリ、しーっ!しーっ!外の二人に聞こえちゃう!」


慌てて自分の口をふさぐリルリと、それを見て笑うキョウカ。その様子は、仲の良い学生同士のように見えた。本当に修学旅行みたいだ、とキョウカは思う。



「キョウカは、どうして元の世界に戻りたいって思うの?ユージンの事が好きなのに。」


「好きだからこそ、よ。」


答えるキョウカの瞳には、迷いがなかった。


「私ね、元の世界に大切な人を残してきてしまったような気がするの。恋人、って感じはしないから、たぶん家族なんだと思う。」


手首はしっかりとつかんだまま、リルリはキョウカの顔をじっと見つめる。

キョウカは笑っていた。でも、それはとても寂しい笑顔だった。


「本当は、ユージンとずっと一緒に居たい。ユージンと一緒なら、毎日魔獣と戦うのでもかまわない。でも、そうする為にも、家族にはきちんとお別れを言っておきたいの。残してきた家族から逃げてユージンと一緒になったって、意味がない。本当に好きだから、私は自分の気持ちにも、ユージンにも、嘘をつきたくないの。」


「それが、ユージンと離れることに繋がっても?」


「ええ。家族にもう一度会って、転生前の世界ともう一度ちゃんと向き合って、それでもまだユージンと一緒に居たいって思えたなら、意地でもこの世界に戻ってきてやる。ユージンに早く告白する為に、ユージンと過ごせる時間を少しでも長くする為に、私は一刻も早く元の世界に戻りたいの。」


きっぱり言い切ったキョウカの顔は、もう寂しい笑顔なんかではなかった。


「キョウカは、強いね。」

「私は、私自身を嫌いになりたくないだけよ。」


顔を見合わせた二人は、どちらからともなく笑った。しかし、リルリだけが無理して笑っていることに、キョウカは気付けない。


「リルリだって、ユーリが元の世界に戻ろうとするのに協力的よね?それはどうして?」


「そりゃあ、わたしだってユーリとずっと一緒に居たいと思ってるよ。でも、その為にユーリが元の世界をないがしろにしていいとは思わない。本当に好きだから、ユーリの意志は尊重したい。元の世界と向き合って、それでもわたしのことを選んでくれないと意味がないと思う。根っこの部分では、キョウカと一緒の気持ちなのかもね。」


リルリの笑顔は今にも消えてしまいそうなほど儚くて、キョウカは思わずリルリの手を握り返す。キョウカとユージン、リルリとユーリ。文字通り、住む世界が異なる二人。こんなに近くに居るのに、こんなにも遠い。


「ねぇ、キョウカ。約束しない?わたし達は、いつでもお互いを応援し合うこと。一緒に、頑張ること。そして、この恋から逃げないこと。あと、お互いが別々の世界になっても、ずっと友達でいること!」


リルリの表情に、悲しさの色はすでにない。その笑顔は、底抜けに明るかった。全てを飲み込んでなお明るく振舞える彼女の強さに、キョウカは打ちひしがれていた。それでいて、そんなリルリが自分を友達と呼んでくれたことに、なんだか泣きたいような気分だった。


「いいわね。リルリ、逃げたら許さないんだから。」


だから、キョウカも精いっぱいの笑顔で微笑みかける。この世界で初めてできた友達に。


「こっちの台詞よ。元の世界に帰れたって、わたしがこっちに引きずり戻してやるから。」


小指を絡め合って、二人は笑う。


「そうだ、キョウカ、ちょっといい?」


リルリは、自らのベッドの枕元に置いていたスプレーをキョウカの手首へと吹き付ける。初夏の草原を思わせる爽やかな香りが、二人の間を漂う。


「これ、わたしがいつも使っている香水。心を落ち着ける効果があるんだ。香りは人の心に直接働きかけるから、恋愛にも効果があるって言われてるんだよ。だから、わたしはお守り代わりにつけてるの。もちろん、キョウカが良かったらだけど、つけてみてほしいなって。」


「とってもいい香り。明日もお願いしていいかしら?」

「もちろん!」

「私、女の子とこうして笑い合うの、初めてな気がする。」

「わたしも、こうして恋愛の話までするのは初めてかも。村には若い女の子が居なかったし。」


そうして、二人はいつまでも笑い合った。

そのくすくす笑いは焚火の爆ぜる音に紛れ、外に居る男達に届くことはない。だから、二人の少女はいつまでも遠慮することなく笑い続けた。

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