天空20 偵察機



雑草、いや薬草の生育が終わった。

神秘的な光景は終わったが、草と小さな花々に覆われた美しい広場が出来た。


見上げると神聖な遺跡感が溢れる元々の天空島、水平に眺めてゆくと蒼穹と広がる雲海、見下ろすと緑と青の世界。


当初は畑を作るだけのつもりだったが、控えめに言って絶景が見渡せ、絶景の一部となった庭園になっていた。

交通手段さえ有れば確実に世界中から観光客が訪れる出来栄えだ。


本格的に、庭園造りをするのも良いかも知れない。

良い景色が見られる場所でのんびりと暮らす、それもスローライフの理想の一つだ。


畑作りに庭園造り、何もやる事が無い強制スローライフになるかと思っていたが、思いの外やる事がある。

のんびりと楽しむとしよう。


まず何をしようか。

いや、考えてまでやる事を探す必要はない。

やりたくなったらやる、きっとそれがスローライフの正解だ。

まあ、無理して何もしないのも間違いだろうが。


元々スローライフを予定していなかったからいまいち慣れない。

一応、召喚されて一月経つが、それどころじゃ無かったし、そもそも異世界召喚自体憧れていたが青天の霹靂だ。


何であれ、もう聖剣は守ったし、これ以上勇者的なお仕事は物理的に出来そうもないから、まずは好きな事をしていこう。


今一番に求めている事は休息。

一月分の精神的な疲れを癒そう。


なら、やる事は一つ。


ぼふっと、出来たてホヤホヤ、そしてフカフカの薬草クッションに飛び込んだ。


見た目も良かったが、寝心地も中々だ。

土は柔らか過ぎず固すぎず、草は伸び過ぎておらず土が付かない程度に地面を覆っている。

薬草らしいが、薬草っぽい匂いはせず優しい草の匂い、そして微かな花の香りが漂う。


スローライフベッドとして素晴らしい完成度だ。


一月前に高度を限界近くまで下げた為、天空であっても上には雲が流れ、景色も素晴らしい。


今日はもう、寝て過ごそうかな。


うん? 高度を下げた?

何で下げたんだっけ?

あっ……。



寝ようとしたところで、一月前の用事を思い出した。


元々高度を下げたのは、地上に降りる方法を探る為であった。

具体的には、海への偵察機の投下。

それを行い、降りる際の負荷などを調べる予定だったのだ。


まあ、魔王軍との戦いを見た後では降りたいとはあまり思わなくなったが、一応調べておくべきだろう。


「一月前は地上に降りれるか測定する予定だったけど、それは今からでも出来るか?」

『現在、得られるスカイポイントが増えましたので、当初の予定よりも多くのポイントを用いれば直ちに実行可能です。当初の予定通りの方法で行う場合は、ここから海の上空に移動する必要があります』

「じゃあ、多く使う方法で」

『畏まりました』


方法を選択すると、何かが、おそらく偵察機が作製され始めた。

正八面体のクリスタル、それを包むように半透明の球が三重に存在している。

見かけはボールだが、クリスタルと三つの中空球体はそれぞれ接触しておらず、ゆっくりと回転しており、外観だけでも魔法的な力を感じさせる。


それが一機、二機と、一分程で一つのペースで次々に構築された。


そして最後に時間をかけて十機目が構築されると、一列に並んだ魔法陣が展開。


『偵察機を加速術式により海上へと射出します』


偵察機は魔法陣を一つ潜る毎に爆発的に加速し、あっと言う間に見えなくなった。


『目的地上空までの距離約四千キロメートル。到達予定はおよそ二時間後です。偵察機の現在位置を地図で表示いたしますか?』

「表示してくれ」

『畏まりました』


地図は立体映像で表示された。

その隣には動く映像、おそらく偵察機から見た映像が。


地図上だと、偵察機の位置を示す点はあまり動いている様には見えないが、偵察機からの映像はかなり高い上空であるにも関わらず、かなりの速度が見て取れる。


ニ時間で四千キロメートルと言う事は、時速二千キロ、マッハニくらいか。

飛行機が確かマッハ一くらいだった筈だから相当速い。

まさか、異世界にもここまで速い飛行物体があるとは思わなかった。


『空気抵抗を考慮し、初速度は音速の三倍程度に加速させています』

「そうなんだ。武器にもなりそうな速さだな」

『同系統の術式を用いた魔導砲が千年前には開発されておりました。音速の三倍程度でも武器として流用可能です。ただ、千年前の魔王軍には殆ど効果が無く、あまり使われておりませんでした』


武器に転用できるほど加速したらしいが、比較対象が千年前の魔王軍だから結局どの程度の速さなのかいまいち分からない。

一月前の魔王軍に通用しない現代兵器など五万とあるだろう。

基準が全く当てにならない。


『具体的な威力につきましては、何を加速させるかにも依りますが、エネルギーは速度の二乗に比例しますので、時速百キロの投球と比較し音速の球は時速約千キロ、エネルギー換算で投球の百倍のエネルギーを有する事になります。仮に、球の重さが一キロだとすると、音速の球は実質的に重さ百キロの球が時速百キロで進むのと同等のエネルギーを持ちます』

「つまり、百キロの人が時速百キロでどこかにぶつかるのと同じ威力って訳か」


体重が百キロも無くても、人が時速百キロで壁とかに投げ出されたらほぼ確実にあの世逝きになる。

壁側が壊れるかどうかは分からないが、少なくとも球が一キロも有ればエネルギー的には人が即死するだけの威力があるという訳だ。


「と言うか、偵察機をそんな速度で飛ばして大丈夫?」

『強度設計は万全なのでご安心を。強度的にはこの十倍以上の速度でも問題はありません。今回はブレーキ機能との兼ね合いからこの速度にしております。偵察機の飛行能力はあくまでも軌道調整の為のものであり、非常時に備え隕石と同程度の速度、音速の四十倍程度の速度でも停止可能な機能を有していますが、使えるだけであり連続使用は想定しておりませんので、今回の条件となっております』


偵察機は音速を越える速度でも問題ない強度、それも隕石の様に落下しても問題ない強度と緊急時には停止出来る機能があるらしい。

その速度で停止出来るなんて、地球の技術でも多分出来ないレベルだと思う。


既に発射した後ではあるが、安心して調査出来る。


さて、もう発射した後だし、草のベッドで一眠りしようかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る