七度目の夕方と流星

霎月

しちどめの ゆうがたと りゅうせい

 聞いたよ、聞いたよ、聞いたよ、聞いたよ。

 聞いたよ、聞いたよ、聞いたよ。聞いたよ。


 めざめると君の髪が光の波をなぞった。やっぱり、ポニーテール。そしてやっぱり、ふだんはつけないジェットのピアスで顔もとを飾る。

 あのさ。

 口にしたはものの、そこから先はくちびるが動かなくなる。言えない。やっぱり。

「わっ、起きてたの。おはよう」

 やっぱり、そうやって笑う。

「そういえばね、友だちがちょうど今日花屋を開くんだって。行ってみてもいい?」

 それ、もう聞いたよ。本当は行きたくないけどって何度も思った。君の瞳が目に刺さるとどうしても首を振ることはできないんだ。……ごめん。


 赤のアルストロメリアをうでのなかいっぱいに咲かせ、君は浮き足だって先を行く。止めないと。家に帰ろうって。外にいるのはいやだって。言いたい。

 あのさ。

 口にしたはものの、そこから先はつっかえる。言えない。やっぱり。

「遅くなっちゃったし、お昼どっかで食べていこうよ」

 いやだ、帰ろう。

「ほら、最近外食してないじゃん」

 帰ろうって。

「ま、外食っていってもファミレスだけど」

 ねえ。

「おーい、聞こえてるー? ファミリーレストランでまだファミリーじゃない二人が外食しますよー」

 聞いたよ。自分で言っておもしろくなり、ひとりでに笑いだす君。いいでしょ、と手をひく。よくないよ。外にいたらだめなんだよ。声が届かない。ごめん。


 涼しい店内に、初夏のさらさらとした汗が冷やされる。早く食べて早く帰ろう。外にはいたくないんだ。気づいてよ。

 あのさ。

 口にしたはものの、そこから先はのどに抑えこまれる。言えない。やっぱり。

「選びました。さてなんでしょう?」

 ハンバーグ、でしょ。

「正解は……ハンバーグ!」

 ほら、やっぱり。

「いっつもけっきょくドリアにしちゃうから、たまにはね。じつはハンバーグ好きなんだ、知らなかっただろう!」

 聞いたよ、その話。知っていたって言ったら、君は気持ち悪いって思うかな。思うよね。ごめん。


 一品なのにのろのろと食べて、ドリンクバーでたくさん飲んで。夕方になったのなら、いいよ。もうすこしここにいよう。そう、すこしでいいから。

 あのさ。

 口にしたはものの、そこから先は息がたりなくなる。言えない。やっぱり。

「ねえ、いま友だちから来たんだけど」

 なにを言うかはわかっている。

「夕日とあじさいがきれいなところがあるんだって」

 うん。

「ここから近いよ。知ってた?」

 聞いたよ。それも、君から聞いた。全部知っているよ。これからなにが起こるかも。ごめん。ごめん。


 外へ出ると、暖色の水色にかかる雨。すでにめずらしくもなんともない。いよいよだ。スマホを持ったままくるくるとまわって道を探す君の手を。

 つかむ。

 なんて、ね。伸びかけた手は風にさえぎられる。無理だ。やっぱり。ごめん。ごめんなさい。


 君の髪が光の波をなぞった。

 赤のアルストロメリアが肩に揺れて、応じるようにピアスも跳ねる。

 初夏のさらさらとした汗がうっとうしい。

 日照雨が君をいっそう輝かせる。

 すこしでいいから。

「早く、日が沈んじゃうよ」

 待って。

 そのひとことが、頭に浮かばない。言えない。やっぱり。

 自転車が来る。の赤がほつれて、ほつれて、そこに車が、来る。絶望の赤が舞う。舞う。雨が天人の羽衣となって君をつつむ。

 きれいだ、と思った、七度目。

 全部知っていたって言ったら、怒る?

 君だけってことがなのさって言われら、怒る?

 ごめん、ごめん。ごめんなさい……。


 その日の夜は数年に一度の好条件でうしかい座流星群が極大を迎えた。スパンコールを乱雑に散らしつづける空は、その美しさのかわりに月を殺したのだ。どうもはっきり見えないのは、雲のせいか、涙のせいか、はたまた君のせいか。

 ずいぶんゆっくりと落ちる流れ星、あんたらもこんなの聞き飽きたろ?

 聞いたよ。聞いたよ。聞いたよ。聞いたよ。

 願わくばまた。悲しみを短冊に押しやって、嘆きを流星にたたきつけて。

「もう一度、君に会いたい──」



 めざめた。

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七度目の夕方と流星 霎月 @Syogetsu_10918

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