冬 その4


 二月十四日。いわゆるところのバレンタインデーというやつだ。カップルが愛を祝う日だとか、大切な人に贈り物をする日だとか定義は様々。日本においては、女性が意中の男性に対してチョコレートを贈り気持ちを伝えること日だとされているが、普通に友だち同士でお菓子を贈り合ったりもするし、そのあたりはかなりアバウトだ。

 さて、そんな日の昼休み。バレンタインデーだからと言って、特に恋愛シミュレーションゲーム的なイベントが発生するわけでもない。

「はい、これあげる」

 そう思っていたからこそ、向かい合って食事を摂る橘花からそこそこ小綺麗にラッピングされた袋を渡された時は、意図せず間抜けな顔を晒してしまったわけだ。

「まあ友チョコと義理チョコの中間みたいなもんだ、ありがたく受け取るがよい」

「え、……ああ。ありがとう」

「……なんでちょっとキョドってんの?」

「いや……」

 橘花からこういったものが貰えるとはこれっぽっちも考えていなかったから心底驚いている。

「お前がこういうことするのは、意外だなと」

「そうだね、私も意外だと思ってる」

 そもそも、橘花は一般にこういった贈り物の類いをしない。誕生日とか、めでたいことがあれば祝うが、特別に何かプレゼントをするということは今までなかった。

 その割に自身の誕生日になれば奢れとかなんとか自分勝手に言うが、それはもう今さらだしご愛嬌として。

「どういう風の吹き回しだよ」

「んー……なんだろうね、自分でもわかんないけど」

 橘花は頬杖をついて、窓の方へ視線を向ける。

「たまにはさ、いいじゃん。そういうのも」

 その目には何を写しているのだろう。ここではなく、どこか、もっと遠くを見つめているような、そんな瞳だった。

「今まで友だちってほんとに笑えるくらいいなくてさー」

 目線を俺へと向けた橘花の頬は、うっすら朱が差していた。

「そんなだからさ。こんなふうに誰かと過ごす時間がすごく得難い気がして、だから、あの……ね? 恥ずかしいからもうやめない?」

「……そうだな」

 照れる橘花というのは、おそらく非常にレアリティが高い。激レアだ。下手すれば今後の人生でも拝めないかもしれない。

 だけど、それをじっくりと眺める余裕が俺にあるわけもない。なんで俺まで変に恥ずかしい思いをしなければならないのか。

 妙な雰囲気のなか、お互い何か話すでもなく黙々と食事をすすめる。

 咲花がやって来て、「え、どしたん二人とも。なんで顔赤いの?」の言葉にそろってなにもないと嘘をつくまで、いたたまれない空気は続くのであった。

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