冬 その3


 初詣リベンジ。

 そう題した挑戦は見事に成功した。今年こそはと息巻いて入念に準備を行い、花霞のお母さんや咲花の兄妹たち、たくさんの人たちの協力を得て、数多の困難を乗り越えて。そうして私たちは遂に成し遂げたのだ。

「魔王討伐したくらいの語りだけど初詣来ただけなんだよな」

「花霞うるさい」

 参拝を済ませて帰り道。なんか腹減ったなと呟いた咲花に乗っかる形でファミレスにでも行こうかと提案した。

 特に誰かが不満を言うでもなく自然な流れで入店、とりあえずドリンクバーを三つ注文して。

 じゃんけんで負けた私が二人の分もまとめてジュースを運んだところで今回の振り返り。

「まあ今年は来れたしよかったよな」

 適当に二、三種類のジュースを混ぜたミックスジュースを一口飲み込んで咲花は言った。何を混ぜたか覚えてないけど飲めるってことは不味くはないということだろう。少なくとも咲花は。

「……当日現地集合じゃなくて最初から俺の家で過ごすってのが大正解だよな」

 咲花の隣に座る花霞は、一転して苦い顔をしている。こっちは不味かったっぽい。ちょっと黒っぽいからコーヒーでも混ざってるのかもしれない。眠そうだからちょうどいいんじゃないかな。

「なんか、年の瀬までお世話になってて申し訳ないね」

「あー……まあ母さんも父さんも嬉しそうだし、いいんじゃね」

「たぶん俺と橘花、一年の半分くらい花霞の家にいるよな」

「この前父さんが改築して部屋増やそうかとか言ってたわ」

「お父さん本当にやりそうで面白いな」

 私と咲花は本当に信じられないくらい花霞の家に入り浸っていて、当然それは花霞のご両親が了承してのこと。

 了承どころか、異様なまでに歓迎されるから初めは戸惑ったけど、私たちの方もすぐに慣れた。特にお母さんとは仲良しで、一緒に買い物に行ったりしている。

「二人は何をお願いした?」

 逸れつつある話題をそれとなく軌道修正。こういうの普段は花霞の仕事だけれど、眠いからか頭がいまいち機能してないみたい。

「俺は家族と花霞と橘花の健康祈願」

「花霞は?」

「俺も似たようなもん」

「ふうん…」

 二人して微妙に面白味に欠ける。とはいえ初詣は神事だし、こういうのに面白さを求めるのもずれている気もする。まあ妥当というか、ベターなところだろう。面白味には欠けるけど。

「橘花は?」

「私は」

 馬鹿正直に答えようとしたけれど、少し黙考。何か言いかけて停止した私を二人は訝しげに見つめている。

 お願い事ではなく、別のところでエンタメを求めてみることにしよう。

「それではここでクイズです。私は一体、何を神様にお願いしたでしょうか」


 × × ×


 また妙なことを言い出したなというのが率直な感想。深夜どころか下手すれば早朝とも言えるような時間だし、眠気も相まって橘花もどこか頭のねじが外れてきてるのだろうか。

 いや、よくよく思い返してみれば、こいつはもとから変な奴だ。ねじが外れた状態がデフォルト。そしてそれに馴染んでいる俺と咲花も一般的には変わっている部類に入るのだろうと思う。

「ヒントないの?」

 咲花が訊ねる。大して動じてないあたり順応性が高い。

「んー、じゃあウメガメのスープ形式で質問に答えていこうか」

「イエス、ノー、関係ありませんってやつか」

 珍しい。聞いたことに対してきちんと回答を得られるならば、橘花にしては良心的だ。

「質問は一人二回まで、回答は一回までにします」

 別にそんなこともなかった。何ならけっこうシビアだ。

「質問どーぞ」

 色合いから察するにメロンソーダを飲みつつ、橘花はそう言った。そういえば俺の飲み物なんなんだろうこれ。甘さと苦さが絶妙にイカれたハーモニーを奏でていてひどく不快な後味になっているのだが。

「俺からでいい?」

 咲花の問いに首肯で返す。

「じゃあ質問。それは橘花だけに利益があるもの?」

「どうだろ。ノーかな」

 思ったより鋭い質問。たしかに利益辺りの観点は重要だ。

「あー、じゃあ……それは即物的なものか?」

「ノーだね」

 なるほど。つまり物がほしいとかそういうものでもない。

「それはこうしたいとか、こうあってほしいとか、そういう理想的なもの?」

「イエス……っていうかお願いってそういうもんじゃない?」

「あっ」

「お前さあ…」

 元来咲花は思考作業には不向きなタイプ。最初の質問が良かっただけに妙な期待をしてしまっていた。

 続いて俺のターンである。

「それは俺や咲花にも直接的に関係があることか?」

「イエスだね」

 幸か不幸か、おそらく不幸寄りだろうが、どうにも俺たちにも関わってくるらしい。一番最初の質問も加味すれば、俺や咲花にも利益があることだと推測出来る。

「質問は締切。回答どーぞ」

 橘花は笑みを湛えたまま淡々と進める。

 数秒の沈黙。

「ダメだ、わかんねえ」

「もうちょっと頑張れって」

 即座にギブアップを宣言する咲花を睨む。

「頭脳労働は花霞の仕事だろ。頑張れ」

「そうそう。無駄に出来がいいんだからたまには使っておきなよ」

「一言余計なんだよ……」

 悪態をつきつつ、眠気が支配しつつある脳みそを無理やり働かせる。

 情報をまとめれば、である。

 橘花の『お願い』とやらは、橘花だけでなく、俺と咲花にも関係していて、かつ全員に利益がある。それは形あるものではない。

「…………」

 ぼんやりとした思考のなか、なんとなくそれらしいものは想い浮かぶが、口にするのも馬鹿らしい。というか、本当に橘花がそんなことを存在するかもわからない神さまとやらに希うだろうか。いや、そんなしおらしい奴ではないだろう。これは、あれだ。もうだめだ。

「わかんね……てかもう無理眠い…」

 それだけ言ってテーブルに突っ伏す。「ははは私の勝ちだ」と勝ち誇る橘花と、「帰る時起こすわー」と肩を叩く咲花の声を聞きながら、俺の意識は溶けていった。

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