第4話 分からない
あんなことがあっても何も変わらないのが彼女で、変わらないふりをするのが僕だった。
僕のその場しのぎのような嘘と、真面目だと言われた時のとっさの対応はすべてとは言わずともその虚飾は少しずつ剝がされている。
僕という偽物が彼女という本物に侵され続けているという事実はどう考えても否定できなかった。
僕の努力を彼女は自然にそつなくこなしてしまう。
まるで僕にこんなこと当たり前だと言わんばかりに。
そんな彼女を見ていると、悔しいと思うのが普通なのかもしれないが、僕はどうしてか怖かった。
来る日も来る日も彼女は僕を煽り、まるで僕から何かを引き出そうとしていた。
それが何かは分からない。
僕の化けの皮を剝がそうとしているのか、それとも・・・・・・・・
様々な憶測はたてられても、それを証明することが出来ないのではいつまでたっても解決できないという事は分かっていた。
そんな日常に、毎日かかる重圧に僕は限界が来ることも知っていた。
だから僕は大きく出ることを決意した。
噂とは面白いほどにすぐに広まる。
その噂が面白ければ面白いほど、意外性があればあるほどに。
また、噂される人がクラスの人気者であればさらにすぐに広まる。
僕は、というかこんなこと小学生を数年経験すれば嫌でも身につく知識である。
そんな経験則に基づく知識を僕はフル活用することに決めた。
それはとある日。
大粒の埃のような雲が空を席巻し、今にも雨が降り出しそうな昼下がり。
給食当番は食器類を給食室に返却しに行き、残りの生徒たちは教室を掃除していた。
時間内に食べ終わらなかった生徒が、もそもそと残りの給食を食べているのを横目に僕たち給食当番6人は給食室へ向かった。
「蓮川さん今日も間に合わなかったな」
「まぁ、仕方ないだろ。女だし、それに彼女華奢だし」
「彼女っておまえ、やっぱりそういう関係なんだろ?」
「どうしてそうなるんだよ。sheだよ。ガールフレンドの方じゃねぇよ」
そんな僕を尚も煽る給食当番の彼ら彼女らは、まぁいわゆる仲のいいメンツと言う奴だ。
男4人、女2人の編成で、まぁ女の子がいるというのはどうやら異例らしいが僕たちに変な拒絶感はなく、むしろ自然に接せられていると思う。
こうした軽い冗談も言い合えるほどには僕たちの関係は良好であると言える。
「必死に否定しちゃってなんか怪しぃー。ほら、アユも何とか言ったら?」
「っ!そんな・・・・やめてよぉみうちゃん!」
僕の否定の裏を読み、どうしても色恋沙汰にもっていきたがるのは羽鳥美羽。
そんな羽鳥におっさんのように絡まれているのは小田歩美。
羽鳥は活発な女の子で、いわゆるマセガキというのが一番わかりやすい紹介だ。
流行に敏感で、小学生でありながら・・・・というか小学生のくせに大人の読むような雑誌を片手にファッションの話をするのは僕たちの間では有名であり、僕たちは耳にタコができるほど毎日聞かされていた。
そんな羽鳥とは対極に小田はどこまでも大人しく、挙動不審で、常にもじもじとしているという印象だ。
視線は常に足元にあり、僕が話しかけると何故か毎回ものすごく驚き、落ち着きを無くしてしまう。
他の奴が話しかけてもその反応は変わらないのだが、僕の時はどうもそれが少しオーバーな気がする。
そんな小田と羽鳥は一見すれば相容れない、交わることのない人種同士なのだが、これがどうやら妙な化学反応を起こし彼女たちは僕が彼女たちと出会ったころにはもう仲良く一緒にいた。
羽鳥が言うには私が暴走したときにアユが落ち着かせてくれるんだという事らしい。
言うなれば火と水のようなものなのかもしれない。
・・・・・・・・それは相性がいいと言えるのだろうか。
閑話休題。
僕たちは給食室へ食器や鍋などを返却し、少し歩いたところにあるベンチで談笑していた。
無論、給食室へ返却が終われば教室へ帰るのがセオリーなのだが、僕たちにだって悪知恵はつく。
そのまますぐに教室へ帰ってしまえばすぐさま教室掃除へとまわされるというおもしろくない現実が待ち構えているのは百も承知だ。
だからこうして僕たちは教室掃除が終わるまでこうして談笑して時間をつぶしていた。
そして今、僕の作戦は決行される。
「みんなは好きな人とかいないのか?」
僕と蓮川の根拠のない色恋沙汰の熱が冷めない今切り出すことこそが自然であり、そして彼ら彼女らの興味がまさにそちらに傾いているからこそ僕の作戦の成功率も上がる。
そんな僕の言葉に一番大きな反応を見せたのは意外にもあの大人しい小田だった。
「す、好きな人なんて・・・・・・・・」
小田の頬は紅潮し、頭上には何かが爆発した後の煙が広がっているような気さえした。
「そ、そそ、そんないきなり言われても困るっていうか、準備できてないっていうか、てかてかなにこれ夢?なら何をしてもいいよね?よね?よぉぉし今日はやっちゃうぞぉ!つよつよアユちゃんだぁぁぁ!」
興奮冷めやらぬまま拳を天に突きだす小田を唖然と見ていた僕たちだったが、そんな僕たちより先に現実を見直した羽鳥は錯乱した小田をなだめ始めた。
「アユ!落ち着きなよ。これは夢じゃない。現実だよ!」
「あれ?みうちゃんの声がきこえるぅ。どうしてだろぉ?あぁそうかぁ、みうちゃんもやっぱりそういう事なんだね。負けないよぉ!」
「なにわけわかんないこと言ってんのよ!ほら!目を覚ましなさい。ここはまだあなたの望む世界じゃないわよ」
羽鳥は小田に声をかけながら、頬を何度も軽く叩く。
そんな殊勝な行いが功を奏し始めたのはそれから数分経った頃だった。
小田もおそらく最後の方は意地になっていたんだと思う。
途中で目を覚ましたものの、ここからどうすればいいのやらといった戸惑いの顔がちらちらと目に入った。
迷いに迷った挙句彼女がとった行動とはっ!
みたいなことをするのはさすがにかわいそうか。
閑話休題。
赤面する小田と、そんな小田を見て爆笑する羽鳥を横目に、僕はうやむやにされそうな僕の作戦をもう1度仕切りなおす。
「なぁ。お前らは好きな人いる?」
最早蚊帳の外であった男子3人はまるで最初から3人でいたかのように3人きりで話していた。
そんな彼らに僕は相も変わらず同じことを尋ねた。
「おーい!聞いてるのか?」
・・・・・・・・だめだこりゃ。
彼らは僕の声なんて聞こえないくらいに3人で盛り上がってしまっていた。
どうやら放課後遊ぶ約束をしているらしい。
はぁ・・・・・・・・どうしようか。
このままでは作戦が失敗に終わる。
また次の日なんてのはおそらく無理だろう。
2日連続で好きな人を聞くなんてあまりに不自然だ。
何かあるのかと誰だって疑問に思う。
そんな相手にとって不都合な状況が連結するかのように続いた場面で話が進むはずもない。
本当にどうすればいのやら。
そんな僕に白羽の矢が立ったのは意外にも考えあぐねていた直後だった。
「それにしてもひーくんが好きな人なんて珍しいね」
小田を本当の意味で落ち着かせた羽鳥は僕の方へ向き直る。
羽鳥の顔には少しの戸惑いと好奇心が渦巻いたあまり僕たちの見ない表情をしていた。
喜怒哀楽がはっきりしている彼女にとって曖昧な表情はできないものだと思っていたんだけど。
「そんなことないよ。俺だってそういった類の話に興味がないわけじゃないさ」
「へぇー」
羽鳥の表情に戸惑いがなくなった。
口角が少し上がり、薄ら笑いを浮かべている表情に既視感を感じる。
・・・・あぁ、この顔はあいつもよくするなぁ。
「ひーくんってクールっていうか、大人っぽいからそういう俗っぽい話興味ないんだと思ってたよ」
「俺ってそんな風に見られてたのか」
「そうだよ。それにたまにだけどちょっと怖い時あるしさ。正直私たちはひーくんのことなんとなくだけど分かるようになってきたからいいけど、初対面の人は近寄りがたいと思うよ」
だって私もそうだったから、と羽鳥は続ける。
そんな羽鳥に小田はコクコクと相槌を打っていた。
近寄りがたい・・・・か。
僕は知らない間に面倒なことになっていたみたいだ。
これからはもう少しおとぼけと笑顔と馬鹿を増やしていく必要があるみたいだ。
でもなぁ・・・・やりすぎると怪しまれるんだよなぁ。
「清水君は好きな人いるの!?」
「へっ!?」
これからを考えていた僕の背後から唐突に大きな声が聞こえた。
僕は驚き、だらしない声が出てしまった。
「アユ!落ち着いて」
どーどーとまたしても小田の介護に回る羽鳥だったが、そんな羽鳥の静止を薙ぎ払うかのように小田は続ける。
「ねぇ?どうなの!いるの?やっぱり蓮川さんなの?」
そんな小田に羽鳥はあちゃーと言わんばかりに天を仰いでいた。
そして羽鳥はお手上げだといった表情で小田を解放した。
ま、まぁ僕としては、作戦が何とかなりそうな目処が立ったんだから僥倖だと喜ぶべきなんだけど。
やっぱり心が痛むなぁ・・・・・・・・
「ねぇどうなの!」
間髪入れずに聞いてくる小田さんに僕は言葉を返す。
「蓮川じゃないよ。でも・・・・・・・・好きな人はいる」
流石の僕も照れる。
「好きで好きで仕方がないくらいに好きな人がいる。考えるだけで1日何もできなくなるくらいにその人のことが好きなんだ」
「ひ、ひゃぁ」
「ちょ、アユ!」
その場に崩れ落ちた小田を羽鳥は支えた。
今日の彼女たちの関係はいつもと真逆のようだ。
「ひーくん。わざとやってる?」
羽鳥の表情に好奇心はなくなっていた。
彼女の顔には少し影が差し、猜疑心たっぷりの瞳で僕を見つめている。
「・・・・・・・・なんのことだか」
「ふーん。まぁいいや。ちなみにその情熱的な愛を叫ぶひーくんの相手って誰なの?」
「・・・・さぁね?」
「だと思った」
その瞬間、まるで何かの始まりを合図するかのように、僕たちが教室へ戻る時間を知らせるチャイムが鳴った。
「訂正するよ」
「なにを?」
「うち、ひーくんのことやっぱり全然分からないや」
18歳 枯れ尾花 @hitomu
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