第2話 変わらない日常

 「おいっす」


 「おう!」


 そんな他愛もない挨拶をしているのと同時に始業のチャイムが教室に鳴り響く。


 相変わらずの遅刻ギリギリの登校に僕は安堵する。


 「またギリギリだな。明日こそ余裕を持って・・・・・・・・って、まぁ無理だよな」


 先生の苦笑交じりの軽い叱咤とにじみ出る諦めから、教室中にクスクスと笑いが起こる。


 僕は照れたふりをして自分の席へと向かった。


 よかった。今日もみんなの期待を裏切らずに済んだ。


 僕の頭の中はそんなちっぽけなことで一杯だった。


 席に着き、ランドセルを机に広げる。


 机に付随する収納にランドセルの中の教科書類を入れ始めると、僕はまたしても僕に向けられる奇妙な視線を意識してしまった。


 「わざとだよね?」


 「えっ」


 突然の言葉に驚いたのか・・・・・・・・はたまた核心を突く彼女の言葉に気圧されたのか。


 「おいおい、渡辺。落ち着いて用意も出来なくなったのか?」


 手から滑り落ちた教科書を拾い上げ、平静を取り戻す。


 「すいません。教科書も俺みたいな馬鹿には何も教えたくないみたいですね」


 僕のおどけた雰囲気と言動に教室はまたしてもクスクスとした笑いに包まれる。


 「ハハッ!渡辺には敵わないなぁ」


 能面のように張り付いた笑顔で僕は先生に媚びを売り、リノリウムの床に広がった教科書類を拾い上げる。


 切り替えが大事が口癖の先生が先頭に立つこの教室は、一瞬の騒々しさをまるで魔法のように静まり返らせる。


 従順な生徒・・・・・・・・いやただの世間知らずな生徒たちは先生という大人以外をあまり知らない。


 魔法のようだといった切り替えはそんな生徒たちの弱いところを突いた、いわゆる限定的なものであり、いつかは破綻する。


 僕はその時に先生としての素質が露呈すると思っている。


 そんな教室をまるで俯瞰するかのように見ている僕には先生の魔法はすでに解けているといっても過言ではないだろう。


 「優しいんだね」


 その華奢な体を机に預け、彼女は覗き込むようにして僕へと視線を向ける。


 あまりに艶めかしく、その一挙手一投足がドラマのようにスローで見える。


 日に照らされた白磁のように白い肌が目に染みた。


 微笑む彼女の大きな瞳は細められ、意地悪な笑顔を浮かべている。


 口元に垂れた黒い髪が彼女の唇にかかり、普段なら何とも思わないのに蠱惑的な魅力を感じた。


 そんな、どこか大人っぽい仕草と姿勢に僕は・・・・僕は・・・・・・・・


 胸やけがした。






 


 


 


 


 

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