1-8:「ミーティング/問題隊員」
偵察から帰還した制刻、河義等は、臨時の指揮所として設営された業務用天幕に出頭していた。
内部には陸曹筆頭の井神を始め、集落で合流したヘリコプターパイロットの小千谷。補給隊の長沼、他主要な陸曹、空曹が集い、各員は天幕内に置かれた長机を囲み、そこに置かれた複数のタブレット端末に視線を落としている。タブレット端末には、集落で撮影した写真映像が映し出されていた。
「ダイレクトに言いましょう。俺等は、どうやら全く別の世界に飛ばされたようです」
そしてズバリとそう発したのは制刻だった。
「……信じられませんが、どうやら制刻陸士長の言う通りの様です。接触した集落――最初は何かの施設の跡地かと思いましたが、そこには確かに生活している人達がいました。そしてそこの文化形態は、日本の、いや現代のそれではありませんでした」
河義はタブレット端末の画像をスライドさせて、撮影した写真を各員に見せながら言う。
「さらに我々は勇者を名乗る一行とも遭遇。彼らは魔王を討伐すべく旅をしていると言っていました」
「最初は、妙なロールプレイ集団かと思いましたが」
河義の説明に、制刻が若干皮肉気に付け加える。
「彼らは驚異的な身体能力を誇り、さらに〝魔法〟を名乗る特殊能力を扱っていました」
河義はタブレット端末を操作し、画面を動画再生モードに切り替える。
動画は僧侶の男性であるイクラディが魔法により炎を生成する場面や、ハシアが家の屋根まで悠々と跳躍するを撮影したものだ。これ等は河義がハシア等に頼み込んで撮影させてもらったものであった。
「これはCGやトリックではありません。全て本物でした」
動画の再生が終わると、河義は念を押すように発する。その言葉を区切りに、しばしの間、天幕内は沈黙に包まれた。
「――普通であれば、君たちの正気を疑う所だろう」
沈黙を破ったのは井神の言葉だった。
「だが、我々に起こった現象、そして現状を考えれば、事実であると認めるしかないだろうな。これらの情報が本物であること、そして――我々が別の攻界に飛ばされたという事をな」
そして続けて井神は、発した。
井神の言葉が切っ掛けとなり、集っていた隊員等からは堰を切ったように、「マジかよ」「冗談にしちゃ質が悪いな」等といった声が上がる。
「そして我々、陸空の各隊を合わせた現在員100名強は――元の攻界から切り離され、この〝異世界〟で孤立してしまっている――といった所だろう」
「……井神一曹、私たちはどうするべきなのですか?」
隊員の内の一人が、井神に尋ねる。
「そうだな――当面は偵察行動を続けるべきだろう。他にも飛ばされた部隊がいるかもしれないし、何にせよ周辺の地理環境を掌握しておくに越した事は無い」
暫定的なその案に、肯定とも否定とも取れない沈黙が訪れた。
「あぁ――それと井神一曹。この近辺にはゴブリンの群れが出没するとのことです」
再びの沈黙を破ったのは、河義の報告の言葉だった。
「ゴブリン?神話に出てくる魔物の?」
長机を囲っていた陸曹の内の一人が発する。
「ええ、これに関しては私達も目撃したわけではないのですが、どうにも人を襲う存在のようです。その勇者一行から警告を受けました」
「なんでもありだな……」
河義の言葉に、聞いた陸曹は呆れたように発した。
「どちらにせよこんな状況だ。外部からの危険因子の警戒は当然すべきだな」
井神は発すると、仕切り直すようにトンと長机を軽く叩く。
「今日はもう日が暮れる。これ以上の情報収集行動は明日以降としよう。本日はこれ以降は、防衛体制の構築に専念する事とする。よろしいですか、小千谷二尉?」
井上はこの場で唯一の幹部隊員である、小千谷に確認をする。
「あぁ。問題無いよ。それと私はパイロットだし間借りの身だ。陣頭指揮は今後もあなたにお願いしたい、井神一曹」
「分かりました。それでは各隊、班は野営の準備、及び防衛体制構築の作業に戻ってくれ。解散」
井神の言葉を受け、集っていた各員は解散。陸曹達はバラバラと天幕を後にしてゆく。
「やぁれやれ」
「あぁ、制刻。少し残ってくれ」
陸曹に続いて業務用天幕を出ようとしていた制刻は、しかしそこで井神に呼び止められた。
「あぁ、鳳藤。行ってろ」
「あ、あぁ」
制刻は鳳藤を先に出て行かせ、自分は長机の前へと戻る。
「何か?井神一曹」
そして問うた制刻に、しかし井神はすぐには返さずにパイプ椅子にどかりと座り直す。
「君も会ったろう――異質な空間で、異質な人物に」
そして制刻を見つめて言った。
「あぁ――あなたもですか、井神一曹」
問われた制刻は、淡々と返した。
「この世界が、我々の世界に殴り込みをかけようとしている。だからそれを止めてこい。ただし詳しい事は俺達のほうで調べろと――」
井神は異質な空間で、奇妙な人物から言われた言葉の内容を、簡潔にまとめて口に出す。
「ふざけた話だ」
「えぇ、まったく」
呆れた口調で言い放った井神の言葉に、制刻は同意する。
「彼は、口ぶりからどうにも君の知り合いのようだったが」
「まぁ――ちょっとした、知り合いです。それ以上の事は俺にも何も」
「そうか」
制刻の言葉は何か煙に巻くようなものだったが、井神はそれ以上追求しようとはしなかった。
「他の隊員にはまだ話すな。ふざけた人物の所為で飛ばされて来たなんてことが、今の不安定な状態で広まったら、余計な火種になりかねん」
「いっそ、張本人を引っ張ってこれりゃいいんですがね」
制刻はハッ、と吐き捨てるように言った。
「すまなかったな、確認したかっただけだ。行っていいぞ」
「んじゃ、失礼します」
そう言うと、制刻は業務用天幕を後にした。
天幕を出た制刻は、そこで待っていた鳳藤と合流する。
「なんだったんだ?」
「ちょいとな」
鳳藤の問いかけに、制刻は曖昧な答えを返した。
そんなやり取りをしながら二人が視線を上げると、その先で河義が別の古参三曹と何かを話している様子が目に映った。
「ったく、どうなってやがんだぁ」
「サプラーイズにしちゃ妙だよなぁ」
そしてその傍には、妙に騒がしくしている二人の隊員の姿があった。
一人はそれなりに良い体をした、頭にゴーグルを掛けた男性隊員。
もう一人は身長が200㎝は超えているであろう巨大な体躯を持ち、かなり日に焼けた肌をした男性隊員。
どちらも制刻や鳳藤の所属する、第2中隊では見ない顔であった。
「あの二人は?」
「見ねぇ顔だな」
見慣れぬ二人の隊員の姿を訝しみながら、制刻と鳳藤は河義等の元へと歩く。
「じゃあ、頼むぞ」
「了解です、
二人が近づくと、会話は丁度終わったのか、峨奈と呼ばれた古参三曹は入れ替わりに去って行った。
「河義三曹」
制刻は河義の名を呼ぶ。
「あぁ、制刻に鳳藤。丁度いい所に」
振り向き、二人に気付いた河義は、そんな言葉を発する。
「その二人は?」
「第1中隊の隊員だ。この二人だけ、俺達と一緒に飛ばされてきたらしい。それで、4分隊――つまりウチに合流してもらう事になった」
説明を終えると、河義はその二人に自己紹介をするよう促す。
「第1中隊第1小隊の
「同じく1中。
竹泉と名乗った隊員は、所属姓階級を言った後に吐き捨て、多気投と名乗った巨体の隊員は、陽気に笑って見せた。
「竹泉と多気投って……聞いたことあるぞ、1中の問題児二人組じゃないか……!」
二人の名を聞き、鳳藤は二人の噂を思い出して発する。
「確かに、一癖ありそうな奴らだな」
そして両名を前に、制刻は一言発する。
「アンタに言われたかねぇけどなぁ」
それに対して、竹泉は皮肉気に、そしてどこか突っかかるように返した。
「おい、やめろお前等……!」
そんな二人に、河義は制止の声を掛ける。
「まぁ、落ち着け竹しゃん。所で、2中のやべぇヤツとプリンスってアンタ等のことだろぉ?」
さらに多気投が両者の間に割って入り、場を収めるためか別の話題を振った。
「さぁな」
「そ、そんな噂になってるのかい?」
制刻は端的に答え、鳳藤はまんざらでもなさそうに発する。
「あぁ、有名だぜぇ。2中にゃ、なんぞ超やべぇやつと、中身がちと残念なハリボテプリンスがいるってなぁ」
「は、ハリボテ……!?」
「また傑作だな」
しかし多気投の詳しい説明でオチが付き、昼間と同様の鳳藤はショックを受け、制刻は端的にそれを一笑。
「アホくっさ」
そしてその様子を見ていた竹泉が吐き捨てる。
「はぁ、なんで俺の分隊には変なヤツばかり集まるんだ……」
最後に河義が、状況を嘆いて言葉を零した。
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