1-7:「隊員/航空隊との合流」

「ん?」


 その時、鳳藤が自分達を見る視線に気が付く。

 見れば、半開きになっていた玄関口に、先の男の子が立ち、じっとこちらの様子を伺っていた。


「やぁ。どうしたんだい、ボク」


 それに気づいた鳳藤は、男の子に話しかける。


「さっきは怖がらせてしまったね。私たちは仲良くなりたいんだ。ほら、おいで」


 鳳藤はそれまでの困惑の表情を一転させ、さわやかに微笑み、男の子に呼びかける。


「かっこわるいおねえちゃん、イヤ!」

「か――!?かっこ悪……ッ!?」


 しかし次の瞬間発せられた男の子からの一言に、鳳藤は衝撃を受けた。


「傑作だな」


 それを見た制刻は、端的に一笑した。


「………」


 男の子はというと鳳藤には興味を示さず、策頼の前までトコトコ歩いて来ると、彼の姿をじーっと見上げる。


「?」

「たたかうひとー」


 そしてそれに気づいた策頼に、男の子は木でできた人形を向けて翳して見せた。


「戦う人?」


 返した策頼に男の子はコクリとうなずく。どうやら物珍しい客人に、自身の人形を見せたいようだ。策頼はしゃがみ込んで男の子に視線を合わせ、男の子の相手を始めた。

 その脇でショックで固まっている鳳藤を放っておき、河義や制刻は話を再開する。


「まぁ、地理と言語に関しちゃ、いっぺん置いとこう。――ところで、アンタ自分を勇者と名乗ったが――ここまで見て今更だが、そういうロールプレイとかをしてるわけじゃあ、ねぇんだな?」


「ろーる……?」


 制刻のロールプレイという言葉に、ハシア等は怪訝な表情を浮かべる。


「あー、そういう劇をしてるわけじゃ、ねぇんだな?」


 察した制刻は、言葉を選び直して尋ねた。


「はは、確かに劇団に間違われることはあるかな。でも、駆け出しではあるけど僕は本当に勇者を命ぜられているんだ」

「国からの証明書だ。近隣提携国の証明もある」


 ハシアの自嘲気味の言葉に続いて、ガティシアがいくつかの羊皮紙でできた書類を、机の上に出して示して見せた。


「……」


 しかし河義等からすれば、それが何の証明なっているのかすら判別できず、河義は何度目かも分からぬ困惑の表情を作った。


「ま、アンタ等がただのごっこ遊びじゃねぇって事は、なんとなく理解できる。所でだ――あんた等、見たトコずいぶん疲弊してるな。俺等と事を構えただけの疲弊じゃない」

「あぁ、分かるかい……?」


 ハシアは少し声のトーンを落として話し始める。


「二日ほどまえから、ゴブリンとの戦いが続いててね。そのせいなんだ」

「ご……ゴブリン?」


 ハシアの口から語られたその名称を、河義は困惑と疑問の表情で復唱する。


「あぁ、この村はゴブリンの襲撃を受けてるんだ……」

「ゴブリンって?神話とかに出てくる、あの?」


 新好地が尋ねる。


「神話?とんでもない、あいつ等は実際に存在する。この二日間、何度もしつこくこの村に襲撃を仕掛けて来てるんだ」

「言い訳になるけど、そのせいで少し過敏になっていてね……」


 アインプが口を尖らせて言い、ハシアがそれに続ける。


「成程、俺等を敵と誤認したのはそのせいか」


 制刻は納得したように言った。


「――河義三曹。んなもんが存在しているとなると、ちとヤベエかと」


 制刻は河義に向けて言う。


「あぁ……とにかく、できる限りの情報を集めて、戻った方がいいな。すみませんが、地図とこの村の写真を取らせてもらってもいいですか?」

「はい?」

「シャシン?」


 河義の言葉に、しかし村長やハシア等は理解が及んでいないのか、疑問の顔を浮かべる。


「えっと……地図とこの村の記録を取らせて下さい」


 その反応から察しをつけた河義は、言葉を言い換えると共に、タブレット端末を取り出す。そして写真機能を起動し、机の上に置かれた地図の写真を撮った。


「な!」


 それを見た村長やハシア達は、驚きの声を上げた。


「な、何コレ!?」

「地図が……まったく同じ光景が、板に写ってる……?」


 皆一様にタブレット端末に視線を注ぎ、驚きの表情を作っている。


「このように、画像記録を取らせてほしいんです。よろしいでしょうか?」

「か、かまいません……」


 村長は困惑しながらも、河義の言葉に答えた。


「よし、手分けしてかかろう。新好地士長、策頼一士は外の様子を撮影して来てくれ」

「了解」

「了」


 河義の指示で、各員は作業に取り掛かった。




 ニホン国の部隊と名乗った彼らは、不思議な道具を用いて何か色々と始める。

 黒い髪と顔立ちから、東洋の出身と思われる彼等。


(本当に不思議な人達だな)


 作業を進める様子を端から見ながら、ハシアは彼等一人一人を順繰りに観察する。

 カワギと名乗った人のよさそうな、彼等の長らしき男性。

 最初に現れた妙な馬にまたがっていた男性。その素顔は中性的で、最初女かと思ったほどだ。

 男の子の遊び相手をしている男性。一見堅気なのかと疑う程の人相だが、根は優しそうだ。

 ホウドウ、あるいはツルギと呼ばれている長い髪の女性。一見妖艶な雰囲気の漂うかなりの美女だが、言動からはどうにも残念な感じの人間である様子が伺える。

 そして何より。ゼイコク、あるいはジユウと呼ばれている凄まじい外観の人物。

 顔はオークやオーガ、ゴブリンがまだ整って思える程、禍々しい造形しており、人間離れした長く鋭く大きい左腕を持っている。先程の戦闘からその身体能力も半端な物では無い事が伺えた。


「ん。あぁ、気になるか?」


 ハシアの視線が自身の左腕に注がれている事に気が付いたのか、左腕の、六本ある大きく鋭い指をユラユラと動かして見せる制刻。


「多指症の親戚みたいなもんらしい」

「一緒にされたくはないだろうよ……」


 制刻の言葉に、鳳藤は半ばあきれ顔で言葉を挟んだ。




「村長、勇者様!」


 家の玄関扉が勢いよく開かれ、一人の村人が息を切らして駆けこんで来たのは、その時だった。


「どうした?」

「た、大変です!、ば、バケモノが空を、村に……!」

「落ち着いて、何を見たんですか?」


 しかし村人が言葉を返す前に、その音は聞こえ出した。


「な、なんだ……?」

「この音は……!」


 勇者一行や村人たちは困惑の色を露わにしたが、一方、河義等隊員はその音の正体に予想を付け、外へと駆け出る。


「河義三曹」


 外では撮影作業を行っていた策頼や新好地が、音のする方向へ視線を向けていた。

 河義等がその視線を追いかけると、村の上空より少し先に、飛翔する巨大な物体の姿が見えた。

 一定のリズムを刻む轟音を立て、胴体の上で二つのローターを回している。

 隊の保有するCH-47J、大型輸送ヘリコプターであった。


「やっぱりか!」


 予想が的中し、河義は声を上げる。


「うっへー!何あれ!?」

「なんだ……あんな魔物、見たことがないぞ!」


 一方、ハシア達は現れたヘリコプターに対して警戒の色を、いや、明確な敵意を向けていた。


「だが近づけるわけにはいかない……皆、行くぞ!」


 そしてハシアは地面を踏み切り、上空へ向けて思い切り跳躍しようとした。


「ちょい待った」

「わぁッ!?」


 しかし、制刻が飛び立とうとしたハシアの首根っこを指先で摘まんで引き留めた。

 中空でその小柄な体をゆらし、そのまま制刻の腕から捕まえられた猫のようにぶら下がるハシア。


「ちょ、何を――わ、わぁぁ……!?」

「な、なんだ!?」

「何すんのさ!邪魔する気!?」


 勇者一行は突然自分達の行動を妨害した制刻に向けて発する。


「違ぇ。その前に落ち着け、ありゃ俺等の身内だ」

「え……?」

「あ、あれが……?」


 制刻の言葉に、ハシア等は驚きと困惑の様子を見せる。


「CH-47Jだが、明るい色の迷彩……陸隊のじゃない」

「〝航空隊〟の航空救難団所属の機体かと……」


 河義と鳳藤はヘリコプターの所属を推察する。


「河義三曹。あちらさん、俺等と同じく迷子じゃねぇかと」

「だな……誘導した方がいい。村の近辺に平坦で開けた地形はありませんか?」

「村の北側からは、比較的広い地が広がっているけど……」


 河義の質問に、ハシアが村の奥側のさらに向こうを視線で示しながら言う。


「都合がいい、そこに誘導しましょう」

「よし、二人は俺と来い。新好地と策頼はここで待機」


 河義は制刻と鳳藤をピックアップ。他、二人に待機を指示する。


「いいでしょう」

「了解」


 河義、制刻、鳳藤の三人は、小型トラックに飛び乗る。鳳藤がハンドルを握り、小型トラックを発進させた。

 小型トラックは集落を離れ、すぐに開けた場所へと出た。後席では制刻が発炎筒を手に、上空へ掲げている。CH-47Jはこちらを発見したらしく、小型トラックの上空を通過すると同時に旋回を始める。


「こっちを確認したな。鳳藤士長、円形に走って着地地点を指示してやるんだ」

「了解」


 河義の指示を受け、鳳藤は小型トラックを何度も円を描くように走らせる。

 走行跡で応急的なヘリパッドを描くと、制刻は持っていた発炎筒をその端に放り投げる。

 そして小型トラックは応急ヘリパッドから退避する。

 少し先で小型トラックを停車させ、河義等が上空を見上げると、CH-47Jが着陸態勢に入る姿が見えた。

 CH-47Jは程なく地上近くまで降下してきて、ローターの巻き起こす風圧により、砂埃が盛大に巻き上がる。そしてCH-47Jはその巨体に装着されている四つの着陸脚を地面へと接地させた。

 着陸してエンジンを停止させたのだろう、ローターは次第に回転数を下げ、やがて完全に制止。周囲に静寂が戻った。

 少しの間をおいて、機体後部に設けられたランプが開き、そこから搭乗員と思しき複数の隊員が下りて来た。その中から一人がこちらに向かって歩いて来る。それを見止め、河義等も小型トラックを降りて、彼等の元へと歩く。


「航空救難団、入間ヘリコプター空輸隊の小千谷(おぢや)二尉です」

「北部方面隊、54普通科連隊の河義三曹です」


 両者は相対すると、互いに所属階級、名前を名乗って敬礼を交わした。

 名乗りを交わした直後に、小千谷と名乗った航空隊幹部は怪訝な顔を作る。


「助かったよ。しかし、北部方面隊と言ったかい?なぜ北海道の部隊が……」


 言いかけた小千谷は、しかし途中でその言葉を変える。


「いや、違うな……ここは一体どこなんだい?まさかとは思うが北海道か……?」

「いえ、我々もここがどこなのかは分からない状況でして。そちらは何があったんですか」


 小千谷に河義は説明し、そして質問を返す。


「私達も分からないんだ。私達の機は入間基地から発したばかりだった。その直後、突然瞬いた光に包まれたかと思うと、次に気が付いた時には、このまったく知らない土地の上空を飛んでいたんだ……」

「あぁ……やはり我々と同じですね」


 河義は振り向き、背後に見える高地を指し示す。


「我々も突然の光と振動に襲われ、気が付いたらあの高地の頂上にいました。

私たちはそこにいる本隊から偵察に出て、先程この集落、そして彼等と接触したばかりだったんです」


 河義は振り向き、その先を視線で示す。


「うっへー、すげぇ」

「あれは……魔獣?あんな物を操っているというのか?」


 少し離れた位置にヘリコプターを、やや警戒しつつも物珍しそうに見ているハシア達や村人達の姿があった。


「彼等が現地の人たちか?何か……妙な恰好をしているな?」

「ええ。ここはなんというか……文化形態が大きく異なる、我々の知らない〝どこか〟のようなんです」

「我々の知らないどこか?嘘だろう……」


 河義の説明を聞いた小千谷は、信じられないといった風に返す。


「残念ですが、マジのようです。二尉」


 そんな小千谷に、河義の後ろに居た制刻は不躾に発した。

 制刻のその言葉に、小千谷は「なんてこった……」と呟きながら、パイロットヘルメットを脱ぎ、髪をかき上げる動作を見せた。


「……とにかく、あなた方と遭遇した旨を本隊に報告します。そして、本隊に合流していただきたく思います」

「あぁ……了解だ……」


 小千谷は未だに動揺の収まらぬ様子で、そう返した。




 集落での一連の出来事は、無線連絡で全てを伝えるには手にあまり、河義は現地の人間と接触があった事と、ヘリコプターを高地に合流させる旨だけを簡潔に本隊へ伝えた。

 航空隊のヘリコプターには先に本体へ合流するために発ってもらい、偵察班は集落での情報収集を続行。そして今しがた、ようやく情報収集作業を終え、高地の本隊の元へ帰投することとなった。


「皆さん、本当に色々とすみませんでした」


 河義は並ぶ村長や勇者一行に礼を述べ、頭を下げる。


「いえ、構いませんよ」

「僕たちも。困っている人を手助けするのも、勇者の役目だしね」


 そんな河義に、村長やハシア達は温和な笑みを作り返す。


「そうそう、さっきも言ったけど、この近辺にはゴブリンの群れが出没するんだ。君たちも十分な力を持っているようだけど、くれぐれも気を付けて」

「ええ、ありがとうございます。では、私たちはこれで失礼します」


 別れを終え、河義は小型トラックの助手席へと乗り込む。他の各員はすでに小型トラック及びオートバイへの乗車をすでに終えていた。


「んじゃ、元気でな」

「はぁ……かっこ悪い……」


 車上で制刻が別れの挨拶を述べ、鳳藤は先に男の子から言われた事をまだ気にしているのか、呟いている。


「策頼、いいぞ」

「了」


 河義の指示で策頼がアクセルペダルを軽く踏み、小型トラックはゆっくりと走り出し、新好地のオートバイがそれに続く。

 偵察隊は集落を後にし、高地への帰路についた。

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