1-6:「勇者達とこの世界」
「ニホン……の陸上部隊?どこかの国の軍隊かい?すまないが僕の聞いたことのない国だ」
「奇遇だな、俺も同じことを思ってた。――んでもって、も一つ。アンタ、自分を勇者とか名乗ったか?魔王を倒す旅をしてるとか聞こえたが」
「あぁ、その通りだよ。といっても、まだまだ駆け出しの未熟者なんだけどね」
最期に少し自嘲気味に付け加えたハシア少年。
「どうかしたかい?」
「理解(わか)んねぇ事が、また色々増えたことが理解った」
制刻は淡々とした口調で言った。
「とりあえず、言った通りこっちに事を構えるつもりはねぇ。アンタの連れにこれ以上暴れまわらねぇよう伝えてくれるか」
「う、うん」
承諾したハシアは、しかしまだ警戒を完全に解いてはいないのか、体の正面を向けたまま後ろ歩きでその場を離れた。
「おい制刻」
入れ替わりに、自分の名を呼ぶ声がし、制刻は振り向く。
河義が、そして河義に続いて鳳藤が、制刻の元へ駆け寄って来た。空気を察し、小銃こそ降ろしているが周囲への警戒は依然解いていない。
「言葉と話が通じました。停戦です」
「本当か……」
「どうにも俺等を物盗りの類と思ったそうです。さっきの坊主との接触で勘違いさせたらしい」
「おい……それって、お前の外観が原因なんじゃないのか……?」
呆れと懐疑的な様子の混ざった表情で鳳藤は発するが、しかし制刻は取り合わずに河義に向き直る。
「それで、彼らは何者なんだ?」
「一応さっき互いに名乗りました、余計にややこしくなりましたが。国籍と身分を聞きましたが、聞いたことのねぇ国名が飛び出してきた。それと、あの見た目の良い坊主は、自分を勇者とか名乗った」
河義の問いに制刻は答えたが、説明を聞いた河義の表情は、より一層怪訝な物となった。
「勇者……?」
「えぇ。魔王を倒すために旅してる勇者、だと」
「何かそういう類のレクリエーションでもしているのか?」
河義は推測の言葉を発する。
「だとしても度を越しています……!彼らは明らかに殺意を持っていた……」
河義の推測に、青ざめた顔で異論を訴える。
「ぶつかって見たトコと、あの坊主の口ぶりから、ただのごっこ遊びって線は低いでしょう。かといって、ラリってるようにも見えなかった」
制刻はハシアと相対したことで見えた、彼の有りようを報告する。
「不可解だな……。不可解と言えばもう一つ。最初、彼等には言葉すら通じていない様子だった。それがなぜ、なぜ急に意思疎通が可能になったんだ?」
「あぁ、そいつぁ――」
先の異質な現象をどう説明するべきか、言葉を探す制刻。
「あの、いいかい?」
しかしそこへ声が掛かった。
振り返り見れば、ハシアと名乗った少年と、さらにその後ろには、先の斧使いの女と甲冑の男性。そして僧服の青年の姿もあった。
後ろの三人からは、こちらを警戒している様子がありありと見て取れた。
「こっちの人間と話してくれ。俺の上長だ」
視線で河義を示す制刻。
「北部方面隊、54普通科連隊の河義三曹と申します」
「栄と結束の王国の勇者、ハシアと言います。申し訳ない、とんだ誤解で、あなた方に襲い掛かってしまった」
身分所属を名乗った河義に、ハシアも同様に名乗り返し、そして謝罪の言葉を述べる。
「いえ、我々も応戦の前に誤解を解く事を怠りました。皆さんは怪我はありませんか、特にそちらの方」
河義は三人の姿を一度見渡し、そして中でも、特に制刻にダメージを負わされたと思われる斧女に向けて尋ねた。
「え?あ――ま、まぁ大丈夫だよ」
先程まで敵対していた相手から、心配されるとは思っていなかったのか、少し驚いた様子で返事を返した斧使いの女。
「ちょっと掠ったけど、これくらい大したことないよ」
斧使いの彼女はチラと自身の左腕に視線を落としながらも、言って見せた。
「やはり怪我を……鳳藤、手当てをしてあげてくれ」
「あ、はい」
河義は鳳藤に指示を出す。
「あ、いえ大丈夫です。手当ならこちらでできます」
しかし鳳藤が行動に移ろうとする前に、僧服の青年が前に出てきて言った。
「もう、アインプ。怪我をしたなら言ってよ」
「へへ、悪い悪い」
言いながらアインプと呼ばれた斧の彼女は、差し出された水筒を受け取り傷を洗う。そしてそれが終わると、傷のできた左腕を僧服の青年の前へと差し出した。
「じゃあいくよ――生ける力よ、癒したまえ。その力で血肉を蘇らせたまえ――」
僧服の青年はアインプの傷口の上で自身の手の平を翳すと、何か言葉を紡ぎ出す。
驚くべき現象が起こったのは、その次の瞬間だった。
アインプの傷口周辺に、発光する粒子のような物がいくつも現れ、そして彼女の傷が、まるで早送りでもするかのように塞がりだしたのだ。
「な!?」
「傷が!?」
その光景を目にした河義や鳳藤は思わず声を上げる。
アインプの傷はやがて完全に塞がり、彼女の腕はまるで最初から傷などなかったかのような、綺麗な状態に戻った。
「へへ、ありがとなイクラディ」
「今度から、怪我をしたら早く言ってよ?」
礼を言うアインプに、イクラディと呼ばれた僧服の青年はそう返した。
「あ、あの、今のは……?」
そんなやり取りをする彼等へ、河義が疑問の声を割っていれる。
「ええ、初期の治癒魔法です。私はまだ修行中の身で、この程度しかできないのがお恥ずかしいのですが」
対するイクラディは、自嘲気味にそう返す。
「ま、魔法……だって……?」
たった今目撃した驚くべき現象と、〝魔法〟という言葉。
「冗談だろ……」
「ビックリだな」
制刻だけは淡々と発したが、それ以外の各員は最早呆気に取られるしかなかった。
「………ん?」
驚きに少しの間絶句していた河義だったが、その時、村の奥側で動きがある事に気が付く。見れば複数の人々が姿を現し、こちらの様子を伺っていた。
「あの人たちは……?」
「えぇ、ここの住民の人たちです」
河義の疑問にハシアが説明する。そして一人の老人がその中から出て、こちらへと歩いて来る姿が見える。
「まず、僕から説明してきましょう」
「え、ええ……そうしていただけると助かります」
ハシアは身を翻して村の奥へと走ってゆく。
「もうわけが分からん……」
その姿を見送りながら、河義はやや疲れた口調で呟いた。
河義等はハシア達の案内で村の代表と接触。
村内のスペースに小型トラックとオートバイを乗り入れて止め、一軒の家屋の中へと招き通されていた。
一つの机を挟んで、片側にはこの村の村長が椅子に腰かけ、その後ろにハシア達四人の〝勇者一行〟が立ち並ぶ。そして反対側には、河義を先頭に各員が雑把に立ち構えていた。
不可解な事態ばかりの中、河義はなんとか自分等の身分、目的、置かれた境遇などを説明。村人達やハシア達には幾度も首を傾げられたが、村に危害を加える存在では無い事を、どうにか納得してもらえた。
「何にせよ、このたびはとても失礼なことをしました……」
「村長さんが謝る事ではありません、僕が判断を焦ったから」
村長が謝罪の言葉を発し、それを庇うようにハシアが自身を責める言葉を発する。
「よしてください。皆さんは自分の身を守るべく行動をしたに過ぎません。
原因は我々にあります」
対する河義も、非は自分達にあると謝罪の言葉を返す。
「ま、痛み分けってことでいいだろ」
そんな中で制刻だけが、礼節の欠けた口調でそんな旨の言葉を言い放つ。そして横に居た鳳藤が「おい」と発言を咎める言葉を発した。
「いえ、そうですな。幸い犠牲者等出なかった事ですし、それでよしとしませんか?勇者様」
「村長さんや村の皆さんが良いのであれば、僕達から異論は無いです」
しかし制刻の提案を、村長やハシアは受け入れる姿勢を見せ、河義は謝罪と感謝の言葉を述べて頭を下げた。
「ありがとうございます。それで――我々からもお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、かまいません」
村長の同意を得た河義はまず最初に「あなた方はなぜここに」と、ここが演習場内である事を前提とした台詞を口にし掛けたが、それを思いとどまる。
そして別の台詞を発した。
「ここは――どこなんですか?」
「この村という意味であれば、ここは芽吹きの村という村になります。ただ――」
村長は少し不思議に思いつつも、河義がもっと広い意味での答えを求めている事を察した。
「ここは〝五森の公国〟。〝地翼の大陸〟の中央から少し西にずれた位置にある国だよ」
河義の質問には、村長に代わって、ハシアが答えた。
「………あの、申し訳ないのですが、よろしければ地図などを見せていただけないでしょうか?」
「我が家に備えているのは、近隣の地図くらいですが、それでよければ」
「できれば、攻界地図は無ぇか?」
「おい制刻……!」
相も変わらずのふてぶてしい態度での制刻の要求の言葉に、河義は再び咎める声を上げる。
「あ、僕達が持ってるのでよければ」
しかしその要求の言葉は、ハシアにより受け止められた。
「本当にすみません。では、見せていただけるとありがたいです」
村長が一度家内の奥へと立ち、ハシア達は自分達の荷物を漁り始める。そしてしばらくした後、机の上に古めかしい羊皮紙が数枚差し出された。
「――なんだこれは?」
「意味不明だな」
河義が、続いて制刻が発する。
攻界地図と言って差し出されたその地図に描かれていたのは、制刻等の知る攻界とは似ても似つかぬ物だった。攻界地図を名乗るにも関わらず、彼等の住まう日本列島はおろか、ユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、アフリカ、オセアニア、南極に至るまで、彼らの知る地の一切が描かれておらず、見たことも無い形状の島とも大陸とも判別できない地形が並び描かれていた。
「ここが地翼の大陸。そしてここが五森の公国だよ」
ハシアはその攻界地図に描かれた大陸と思しき数々の地形の中から、おそらく西側よりにある一つの大陸を指先で囲い、さらにその該当大陸の中央付近を指し示して見せた。
「……」
説明されたはいいものの、返す言葉が見つからず、河義は困惑した顔で地図に視線を落としていた。
「……ちょっと待ってくれ、この文字」
その時、脇から地図を覗き込んでいた鳳藤が発する。その視線は地図上に書かれた幾多の文字列に注がれている。
それは日本語でも英語でもその他の彼等の知る言語でもない、まったく未知の言語だ。しかし、驚く点はそこではなかった。
「読めるな」
全く知らぬ文字にも関わらず、彼らはその文字の意味が理解できたのだ。
「どうなってるんだ……?」
「何か、よくわかりませんが不思議な力が働いているような気がします……」
鳳藤は、説明というよりも自分を誤魔化し納得させるように、言葉を発する。
「国名や地名が日本語なのも、その力で訳されているからか……?」
河義は困惑しつつも、地図上に書かれている不思議な文字列に目を落としながら、推測の言葉を発した。
「よぉ。所でこの地図、この海より先のモンはねぇのか?」
そんな困惑する河義や鳳藤をよそに、制刻は地図を指し示してハシア等に尋ねる。
「ん、いや無いよ。だってそこから先は――」
質問に対してハシアが発しかけ、
「世界の終わりになっている」
「え?途中から空に繋がってるんじゃないの?」
「片翼協会では神の域だという教えなんですよ」
騎士の男性のガティシア、アインプ、イクラディの三人が、一斉に違った答えを発した。
(天動説世界かよ)
「――実際の所は、探索に行けてないから本当はどうなってるか分からないんだ」
若干のあきれ顔を浮かべた制刻の内心をなんとなく察したのか、ハシアが最後にそんな補足を入れた。
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