ホントに大事なことは表示されない三択目にある

Emotion Complex

第1章 魔法大国から来た金髪娘

 さて、ここで三択だ――と、僕は考える


 1、警察に連絡して助けを待つ

 2、とりあえず逃げる


「――……」

 続かない。3が出てこない。

「これは、まあ、あれだな……」

 一人しかいないのだからこれは独り言。口に出さなくてはやってられない。

 銃撃の音が響く中にいるのだ。生死の境にいるといって過言ではない。

 幸いというか、不幸というか、僕はこういった修羅場に慣れている。

 つまり、まあ、この状況で自分の運命を恨んでいるわけではなく、僕の今の気持ちを一言で表せば、『またか』という嘆息に近い。

 星の巡り合わせか、僕は巻き込まれ体質で、幼い頃から生死のかかった事件を何度も経験している。その逸話は僕がまだ赤ん坊の頃まで遡れるらしい。

 そうそう去年の夏だって――

 逃避しかけた意識を銃撃音が引き戻した。

 ビル間を抜けるように響いたが、着弾した気配は無い。

 その理由は分かっているが、隠れていた物陰から覗いて目で確認してみる。

 二車線の外堀通りには、自動車もいなければ歩行者の姿さえない。

 いるのは、見るからにワルそうな武装団と、金髪碧眼の少女だけだ。

 いや、碧眼かは分からない。僕の期待値によるものが大きく、実際はそこまでは見えなかった。

 二十メートル幅の道のど真ん中で彼らは対峙している。

 武装団は全部で六人。お揃いの帽子とトレンチコートは古きアメリカのギャング団を思わせた。全員が手には拳銃を持ち、三台のバンを盾としている。

 それに対し、ブロンド少女は武器を何一つ持ってなく、盾となるものは何もない。それでも武装団たちへのハンデには不十分であった。

 その理由は、彼女が魔法を使えることにある。

 か細い身体へ向けて再び銃が撃たれた。

 翳した小さな手の前に炎が渦巻き円を描く。銃弾は炎に呑まれて蒸発させられた。

 すごい熱量である。十メートル近く離れていながら、熱の余韻が顔を火照らせた。

 炎系の魔法は年齢や見た目を裏切る激しさを持ち、武装ギャング団を全く寄せ付けていない。それなのに僕は彼女を放っておけずに、ビルの陰から様子を窺っている。

 彼女があの場に出てきて五分。膠着状態となっていた。

 理由は多々ある。魔法で人を殺傷できないのも一つだ。あれだけでの炎なら、人間はあっという間に燃え落ちるだろう。そんなことはどこの国でも許されていない。

 ならば逃げればよいのだろうが、彼女は動けない。

 後ろに年配の男性が倒れているからだ。

 初老の域に達している彼が初めに戦っていた。

 祖父と孫ほどの年齢差の二人だが、僕の見立てが間違っていなければ二人の関係はお嬢様と執事だ。

 禿げ上がっているが残った髪はきちんと櫛が当てられ、上品な口ひげと三つ揃えのスーツ――見た目は立派な執事だが、彼も魔法が使える。キャラには合っていないが、魔力を身体能力へ変換する魔法、いわゆる超人魔法であった。

 初めは武装団はただのチンピラ軍団で、鉄パイプや、チェーン、木刀を手にしていた。

 執事さんの八面六臂の活躍はヒーローアクションのように蹴散らしていた。

 僕が通りかかったのはこの時だ。

 もし執事さんがギャングたちを倒せていたのなら、僕は去っていただろう。

 ところがギャング団は銃を使った。銃刀法で厳しいこの日本でだ。

 弾が執事さんの腕を掠めた。

 この一瞬の隙を衝き、ギャングの一人がバズーカまで出したのだ。

 肉体操作をしていなかったら避け切れなかっただろう。直撃ではなかったがアスファルトに叩きつけられ、執事さんは動けなくなった。

 そして、少女が倒れた執事さんの前に立ちはだかったのだ。

 お嬢様が蜂の巣になる――と普通なら目を伏せそうになるが、僕は彼女が魔法を使えることを知っていた。

 正確には、魔力を持っていることを知っていた――だ。

 しかもその魔力はかなり高い。

 魔力がある=魔法が使える――ではないが、彼女の魔力の高さを周りが放っておくはずがない。貴重な『魔法の書』を使ってでも魔法を登録させるだろう。

 武装ギャング団がバズーカーを撃った。

 再び発動させた炎の盾が爆発を誘発させて呑み込んだ。

 盾が大きく膨れ、飛び散った火の粉に、金髪が妖艶に輝く。

 彼女の頭上で吹き出しのようなものが浮かんでいる。対戦ゲームでキャラクターの上にある体力を表示しているバーと言えば分かるだろうか。

 真剣な状況下でかなり間抜けな絵面だが、誤解を受けないように言っておくと、実際に浮かんでいるわけではない。

 これは僕の特技。

 僕には魔力が可視的に認識されるのだ。

 バーは横の棒グラフに似ている。その人の持つ全魔力がそれで表現されている。色の付いている部分が使用できる魔力量で、潜在的に持っていても使えない部分はグレーになっている。

 お嬢様の魔力量は七割。それは決して少ないわけではない。

 今まで色んな魔力バーを見てきたから分かるが、五割も使えたら優秀な部類に入る。

 ただし、パーセンテージで比較するのは適当ではない。数値化されているわけではないからだ。

 例えば、バーが二段、三段となっている人も見たことがある。その人の魔力が一段目の二十パーセント程度で後はグレー表示だった場合、その人の魔力量は一割程度ということになる。

 そのグレー部分は使える魔力の増大が約束されているわけではなく、ただ単に器がでかいという意味でしかない。

 人間が使える限界は恐らく一段目だけだろう。僕は二段目まで魔力を使える人に会えるまで、一段目だけを基準に語ることにしている。

 つまり、先の一例の人の魔力は二割ということだ。

 ああ、ややこしい。

 結論で言えば、お嬢様は天才だ――ということ。

 僕なんかが手助けをする必要性は全くないのだが、何故か後退できずにいる。

 雑居ビルのひんやりとした大理石調の壁面に身体を密着させ、目線だけで路上の戦いを見守る理由を考えてみる。

 彼女のいたいけなさのせいか?

 恐らく僕より歳下。幅広くいえば中高生だ。低い身長と狭い肩幅に線の細さが目立っていた。

 明るいオレンジ色の短いワンピースを、前後で長さの違うアップスカートで止めている。膝上までの短いスパッツの鮮やかな赤が裾から覗いている。

 膝から下――僕から見えるのはふくらはぎだけだが、実に健康的である。

 ――って、オッサンか……!

 とにかく彼女は戦いに身を置くには若い。凛々しい眉の下でコケティッシュと幼さが同居した顔付きを確認済みなのだ。

 すぐ後ろにある自動ドアのガラスに僕が映っている。緊張しているのか、我ながら間抜けな表情を貼り付けている。

 普段は達観気味の顔つきで、初対面には『クール』という第一印象を与えるらしい。そんな人たちの期待を裏切って申し訳ないが、僕はそれほど気持ちの抑制が上手い方ではない。

 たとえ魔力が強大でも女の子は女の子だ。苦しそうに戦う人を放ってはおけない。

 何で苦しそうなのだ?

 今更ながらに僕は思った。

 彼女の魔法は高位なもので、もし僕が彼女と戦ったら、あっけなく負ける自信がある。あの武装集団程度でケガ一つ負わせられやしない。

 魔力も満タン。枯渇して体力に影響しているわけでもない。

 それなのに彼女の息は荒く、具合が悪そうであった。

 何とかしてあげなければ――そんな僕の気持ちが三択目を明示しないのだろう。

 僕は重要局面な時ほど選択肢を三つ上げ、その中から選ぶようにしている。

 自分を抑えきれずに行動した結果の失敗が多く、その経験から導き出したのが『行動の三択』であった。

 これを実践するようになってから、迷惑をかける度合いが少なくなったから成功といえる。

 ところが――だ。

 三択目が表示されない時は、自分にとって危険か、不利益か、大災難か、もしくはそれら全てなのだ。

 だから選択できないように表示されない。

 しかしその三択目が大事なのだ。

 僕には分かっている。その三択目とは――


 3、少女を助ける――だ。


 魔力が見えるだけで魔法が使えない僕に出来ることは少ない。

 例えば……後ろで動けない執事さんを助けること。

 あの人を近くの建物へ移せば、あの子は戦いやすくなるはずだ。

 再びの銃撃音。

 金髪のお嬢様が左手を翳す。黒い皮手袋の前で炎が巻き上がり、大きな円を描いて盾となった。

 銃弾は炎を突き抜けもしなかった。

 ――ここだ!

 思い切って僕は建物から飛び出した。道を横断して執事さんの傍まで一気に走る。

「おぬし、何を――」

 少女が炎を翳したまま言った。

 振り向いた大きな目は期待通りの碧眼であった。

「君を助ける」

「え――?」

 僕は短く答えると、執事さんに肩を貸して立たせた。

「かたじけない」

 渋い声で礼を言われた。

 外国人である彼らが日本語を使っていることに今更ながら気付いた。

 妙な日本語であるが、意思疎通ができるのは助かる。

 銃声がするのに攻撃は届かない炎のガードは完璧だが、これだけ近いと髪の毛がちりちりしそうだ。

「さあ、逃げるよ」

 僕は二人に言うと、反対側へ向かった。

 ぴょんぴょんと跳ねる執事さんに速度を合わせる。狙撃に慄きながらも、目星を付けていた建物の陰へ入った。

 すぐに執事さんを座らせる。

 右脛の骨が折れているようだ。

「すぐに救急車が来ますから」

「それよりもライナお嬢様が――」

「え?」

 僕は振り向いた。

 ブロンドの魔法少女――ライナお嬢様がついてきていなかった。

 未だ道のど真ん中でギャング団と戦っている。戦っているというか、防戦一方だ。

 まともに攻撃したら、相手は髪がチリチリするだけじゃ済まないからだろうが。

 だからこそ逃げるべきなのだ。

「どうして一緒に来なかったんだ?」

「退却はフェリエッタ家にとって忌むべき行為ですから」

「何だよ、それ」

 僕には分からないプライドだ。

 攻撃が止んで、ライナは炎を一時収めた。

 相変わらず勢いのある炎に対し、本人はどこか苦しそうだ。

 僕は目を忙しなく動かし、原因を探す。

 ある一点に気付いた。

 いや、そもそも僕が迂闊だったのだ。さっきから分かっていたことだ。

「魔力が減っていない――」

 そうあれだけ強力な魔法を使っていないながら、バーは満タンのままなのだ。

 ありえないことであった。

「何故……分かるのじゃ、それが――」

 執事さんが驚きの表情を浮かべた。

 しまった、声に出ていたか。

「ライナお嬢様は病気なのだ。魔法を使うと魔力が増えるという――」

 悲痛な声色が、そう言った。

 僕はその問題点にすぐ合点がいった。

 魔力が増えるなら無限に魔法が使えて良いだろう――と普通は思うだろう。

 だが違う。

 体力で例えてみる。

 体力が減らずに増えるのなら、マラソンを延々と続けられるだろう。しかし、肉体に限界があることを忘れてはならない。身体の悲鳴が聞こえないまま走り続ければ、疲弊に気付かず自滅してしまう。

 魔力も同じだ。

 それは精神的な苦痛となって、彼女を苦しめるのだ。

「名も知らぬ方にお願いできる義理はないのですが、助力しては頂けないだろうか――」

 いつ気絶してもおかしくない老人に頼まれてしまった。

 僕はどうするべきか――


 1、僕は普通の高校生ですから、と断る

 2、ここまでやったのだから、と遁走する


 まただ。

 3が出ない。こんな極限状態なら出なくて当然だ。

「僕は目立つマネをしたくないのですが……」

「それなら……これを使いたまえ」

 執事さんがポケットから何かを取り出した。

 手渡されたのは布の仮面であった。V字の額飾りと、目の部分に当たる緑のビニール素材が見えた。

「伝説の魔法アイテムか何か?」

「いや……ワシの手作りじゃ」

 確かに普通のフェルトだ。

 アメコミのヒーローのようなデザインで、口が露出している。あごで留めるらしく、金具がついた紐がある。

 手作りにしてはよく出来ているが、ちょっと汗臭い。

 執事さんが期待を込めた目で見ている。

 これで何とかできるでしょう――という目だ。

 ええい、仕方ない――!

 僕は被った。

 装着して分かる。

 湿ってた。

 ふと気付くと銃声が止んでいた。

 見ると、武装団が銃を投げ捨てている。これでただのギャングだ。

 弾切れなら僕が出なくても済む――

「――いや、違う!」

 ギャング全員がプッシュ式の注射器を取り出し、自らの首に突き刺した。

 今までなかったものが彼らの頭上に表示された。

 魔力バーだ。

 ライナも崩れるように片膝を付いた。体力と精神力が限界なのだ。

 三択目が掲示された。


 3、少女を助ける


 さっきと一緒かよ。

 自分の思考に自分でツッコミを入れつつ、僕は車道へ再び走り入っていた。

 通り過ぎざまに彼女を抱え込んだ。

「おぬし――何をする気だ!」

「一旦、引くんだ」

「出来るか!」

 ライナが暴れた。

「あいつらが魔法を使ってくるぞ!」

「使えるなら初めから使っておろうが! 素人のくせに――」

 彼女がいた辺りで魔法弾が着弾した。

「なんと――」

 驚いて大人しくなった隙に、彼女を肩に担いで走り出した。

 背中を魔法弾が通り過ぎる。

 当たらなかった幸運に感謝。

「ワタシたちフェリエッタ一族は悪に背中を向けないんだぞ!」

「大丈夫。背中を向けてるのは僕だけだ」

「このすっとこどっこい!」

「すっとこどっこい――?」

「ワタシは精神的なことを言ってる!」

「日本語をよく分かってる」

 ギャング団から死角になっている建物の陰へ入った。

 彼女が肩から飛び降りた。

「そこへ直れ!」

 彼女が魔法を練って、左手を掲げた。

「無駄に魔法を使うな」

「何――?」

「このままじゃ自滅するぞ」

 少女は押し黙った。意味が通じたようだ。

 僕はバーを確認した。

「撃てて二、 三発。だけど、あと一発で済ますんだ」

「一発であいつらを黙らすなんてムリだろうに――」

 僕は陰からギャング団を覗き見た。

 ギャング団は警戒しつつもこちらへ前進してきている。

 唐突に現れた魔力バーは確かに存在しているが、かなり不安定であった。

 魔力量は二割か三割。一般的ではあるが、バーが陽炎のように歪んで、いつ消えてもおかしくない状態であった。

 魔力がある=魔法が使える――ではないが、魔力が無い=魔法は使えない――は正しい。

 彼らは銃を使っている時にはバーがなかった。だから魔法を使えなかった。

 あの注射に魔力の付与が可能な薬品が入っていたに違いない。

 人為的なものだから、魔力バーが不安定なのだ。

 となると使っているのはレプリカ魔法だ。


 通常の魔法は『魔法の書』に名前を書き込んで契約する。それだけで書に記された魔法が使えるようになるのだ。

 契約は死ぬまで取り消せず、『魔法の書』自体も物理的に強いので一生ものの財産となる。

 魔力を持っている者より『魔法の書』が絶対的に不足していた。書を作ることのできる魔法使いが、現代では一人もいないからだ。

 ところが、使い捨ての『魔法の書』なら作れた。ペラペラな『魔法の書』への契約は一回きり。撃てるのは数発のみで、紙が破損しても契約は無効になる。

 本物とは比べ物のにならないほどの劣化版。ゆえにレプリカ魔法と呼ばれている。

 なるほど。魔法弾という初歩的な魔法でありながら、ほとんどの者の魔力が激減している理由がそこにある。

「あいつらだって魔法は使えて一発か、二発だ」

「分かるのか?」

「まあね――」

 僕はライナを見た。

「僕が囮になって残りの魔法を使わせよう。魔力が切れた時に合図するから、大きな炎を一発、あいつらの前へ落としてやれば、きっと逃げ出すよ」

 ライナが少し困ったような表情を見せた。

「どうした?」

「おぬし……名前は?」

「ん? そうだなあ……何仮面と名乗ろうかな」

「いや。その仮面はワタシの一族の守護神を模してる。そんな通り名を聞いているのではない」

「ああ、僕の名前か」

 こんな状況でよく落ち着いて訊けるな――と妙に感心してしまった。

「僕は久利岡音色だ」

「ネイか――」

「ん?」

 略された上に呼び捨てだ。

「ワタシはライナ・フェリエッタだ。よろしくな」

 僕は差し出された彼女の右手を握り返した。

 襲撃を受けてる途中だっていうのに何をやってるんだろう。

「なんでネイはワタシのためにそこまでしてくれるのだ?」

「なんでって――」

 南国の海のように澄んだ瞳が、何かを期待するに僕を見ている。

 そんな面白い理由は思いつかないぞ――ということで正直に答えた

「成り行きかな」

 ライナの表情が一気に氷点下に陥った。

「もういい!」

「え?」

「ワタシが一人で何とかする!」

 答えが間違っていたようだ。

 まさかこの状況で色恋沙汰の返答を待ってたのか?

「一人で背負うなよ」

「うるさい!」

 ライナが僕を力任せに突き飛ばした。

 建物の陰から車道へ、僕は腰から倒れていた。

「出てきたぞ!」

「撃て!」

「え?」

 魔法弾が僕の周りで着弾して、炎と爆発を上げた。

「ネイ――」

 数発が一気に飛んできて、ライナの声はかき消された。

「目的は僕だったけ!」

 愚痴りながらも立ち上がると、僕は大通りへ走り出した。

 奇しくも囮になった。

 横目で彼らのバーを確認する。

 さっきの攻撃で尽きた者が二人いる。

 残り四人――

 二人が撃つタイミングを勘で読み取り、僕は路上へ倒れこむように伏せた。背中を威圧感が通り過ぎた。

 ドッジボールは得意だったのだ。

 奥の方で着弾がアスファルトを削った。

 後、二人――

 僕は身体を起こして再び走り出した。

 バズーカによってアスファルトがめくれた箇所を目指す。

 散乱した瓦礫を盾にするつもりで飛び込んだ。

 魔法弾が僕の隠れた瓦礫で弾けた。

 その数、二つ。

 瓦礫が飛散し、粉塵が舞う中、僕は思い切って全身を晒した。

 ギャング団は魔法を撃とうとした。

 だが出るわけない。

 魔力が底をつき、バーが消滅していた。

 これが元々の彼らの魔力だ。

 つまり『ゼロ』だ。

「ライナ!」

 彼女の名を呼びながら狙撃ポイントを指差した。

 僕が思い描いた場所へ、大きな爆炎が巻き上がった。

 魔法力は想像以上であった。炎が天へ屹立していた。

 腰を抜かすようにギャング団が倒れこんだ。

 僕も気を抜いたら倒れそうなほどだ。

 ギャング団がバンへ慌てるように走っていくのが、まだ燃える空気の向こうに見えた。

「待て、逃がすか!」

 ライナが追いかけようと走り出した。

 慌てて僕はライナを止めた。

「追い返すのが目的なのに、追いかけてどうするの」

「悪人を逃がしたら、フェリエッタ家の名が廃る」

 三台のバンは通りの端へもう達している。追いつける距離ではない。

 彼女の体力も限界だったようだ。へなへなと座り込んだ。

「今は警察にまかせようよ」

 サイレンがやっと聞こえてきた。犯罪者が甚大な被害を街や人に与えるには充分な時間が経っているが、しょうがない。日本はこういう荒事には慣れていないのだから。動き出すには時間が掛かるのだろう。

「ネイは、どうして魔法を使わなかったのだ?」

 路上に座り込んだまま、ライナが訊いてきた。

「僕は魔法を使えないからね」

「使えないのに、魔法の戦いに首を突っ込んだのか?」

 ライナが英雄もしくはバカを見るような目で見た。

 まあ成り行きですから――と心で言った。

 口には出さない。さっきはそれで怒られたので。

 賞賛されるようなことでもないし。

 去年の夏なんか、あんなレプリカの魔法弾とは比べ物にならない威力の魔法が乱れ撃たれている中を駆け抜けたのだ。

 それに比べたら、全く楽勝な状況ではあった。

 僕はライナに手を貸して立たせた。

「そういえば、爺は――」

「あっちで休ませて――」

 よそ見した瞬間、ライナが前へ倒れてきた。

 僕は慌てて腕を出して彼女を支えた。

 自分が限界だったことに気付かなかったらしい。

「人の心配してる場合かよ」

 僕は苦笑しながら、腕の中のライナを見た。

 魔法を使うと魔力が増える――

 そんな不思議な病気の少女は寝息を立てていた。

 その髪が午後の陽光にきらきらと金色に輝いた。

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