探索に非ず!

   六


 終業式の日の夜、ゆりから一本の電話があった。


 私は別段何かをやっていたわけでもなく、学校から解放された気分でただ寝たり動画を見ていたりしていた。夏休みの課題は事前に配布もしくは提示されていたが、あまりの量にやる気を削がれ、机にはいつかやるつもりの課題たちが積み上がっている。燃え尽き症候群とでも言うべきか、とにかく体がだるかった。


 だからだろうか、振動するスマホに「ゆり」の文字が見えると迷わず手を伸ばしていた。


「もしもし、しき起きてる?」


 時計の短針が一を指している。もうこんな時間か。


「起きてる」


「おっけー!明日ヒマだよね?『探索』やるから朝八時に臨海公園の噴水前に集合で。飲み物持ってきてね。じゃおやすみ!」


「あっ……おやすみ」


 ツーツー。

 切れてしまった。


 探索……初めて話した時ゆりが誘ってくれたっけ。若干忘れかけてたけど、何をやるんだろうか。ゆりのことだからUFO関係なのは予想がつく。臨海公園ならこの時期屋台もやっているし、一緒にチュロスとか食べるのも良い。服装はどうしようか。探索とか言うぐらいだから軽めが良いかな……


 私は、それこそ遠足を明日に控えた子どものような気持ちで眠りについた。目覚ましはスヌーズにしてあるから、二度寝はないだろう。




   七


 遅刻遅刻遅刻遅刻。やばいやばいやばいやばい。


 今何時?一大事!


 一分刻みアラームの時代にスヌーズなんて信用するんじゃなかった。起きたときにはスマホが仕事をすっかり終えた様子で枕元に置いてあった。率直に言って殴りたくなったが、責任転嫁はいけない。私は朝の準備をマッハ20で進めた。


 姿見に映る好き放題の髪を前にセットしようか悩み、結局白のカチューシャで間に合わせた。動くことが予想されたので、スポーツブラの上にTシャツ、そしてデニムのショートパンツというありあわせのコーディネートで行くことにした。


 玄関のドアを一瞬開け、Tシャツを薄手のパーカーに変更してから外に出た。



 ◇◇◇



 駐輪場に自転車を停め、噴水に向かって駆け出す。カラッとした青い空と太陽の光が染み込んだ雲がやけに壮大で、思わず私は見上げる。あの日と同じような天気なのに、確かにどこかが違っていた。

 休日ということもあって噴水周りは人で混雑していたが、ゆりはすぐに見つかった。

 


 つなぎを着ていたからである。



 あっそんなガチなんだ、『探索』って。


 私は腕を組んで仁王立ちしているゆりの近くで固まっていた。八の字に曲げられた眉が見える。そしてすぐに気づかれた。


「おっっそい!罰金!」


 ゆりはハムスターみたいに頬をふくらませて怒った。


「今八時四十分なんだけど!」


「申し訳ありませんでした……」実際本当に申し訳なかったので私は腰を直角にして謝った。


 ゆりの表情は見えなかったが、一言「まあ良いわ」と言ってこう続けた。


「ちょっと許可取りに手こずっちゃってさ、ほんとに今さっき終わったばっかだから。気にしないで」


 私が疑問の表情をしていると、ゆりは私の体をじろじろ見始めた。


「しき、あんた意外と大胆ね……」


 大胆。こっちに言わせてみれば夏につなぎの方が大胆だが、自分で見てみると確かにそうかもしれないと思った。かなりの露出度合いである。急いで出たから気にする余裕もなかった。私は急に恥ずかしくなった。


「とりあえずこれ」


 そう言って渡されたのはなんとTSUNAGI。しかも黄色。髪色との配色を親切にも考えてくれたのだろうが、正直言って、その、あまりにも目立つ。太陽の光を浴びる誇らしげな黄色のつなぎはまぶしかった。


「ど、どうしても?」


「結構森の方まで入るつもりなの。ダニ、クモ、ハチ、カ、アブ、ヘビ、数えればキリがないけど、とにかくその服じゃ無理。先に言えば良かったわね」



 私はトイレで着替えた。やっぱり目立つのか、戻るときは視線が痛かった。そこのカップル、肖像権は私にもあるからな、撮るなよ。


「じゃ行きましょ」ゆりはそう言って歩き出した。


「ねえ、『探索』って何やるの?」


「今からやるのはUFO撮影のためのカメラ設置。探索はそれが終わってから」


 そのための許可取りだったのか。


「何台?」

「二十」


 どこでそんな数を調達したのか気になったが、それよりも私は脱ぎたてほやほやの服の保管場所を考えていた。カバンすら持ってきていなかった。


「ゆり……さん、この服をそのカバンに入れても……」私はるんるん歩くゆりにそう頼んだ。


「良いけど……もしかして飲み物も無いの?」


 ゆりはすぐに足を止めて心配した表情になった。


お姉ちゃんみたいだな、と私は思った。一人っ子だけど、実際にいたらその時はゆりが良いかもしれない。でも少し違和感があった。もっと私たちの関係に適した表現をさっき見たような……


「もう目的地だからさっさと設置して休憩しよ」私の服をカバンにしまいながらゆりはそう言った。



 ゆりは西に十台、私は東だった。昨日のうちに運搬したという二十台は鳥類園の方にあったため、そこから私たちは二手に分かれてピ○ミンみたいにうんうん運んだ。確かに森へ入るとそこは虫たちの楽園で、いたるところにクモの巣はあるし時期はピークじゃないのにカも大量にいた。あの服で入ってたらと思うと、私はますますゆりに感謝したくなる。

 設置は案外早く終わった。しかしこの暑さで汗はだくだく肌はべたべた。私は涼みたい一心で集合場所の木陰のベンチへ向かった。

 


 ゆりは先に来て待っていた。私に気づくと「お疲れ様」と言って手を振った。何か握られている。

 ベンチに座るとゆりはそれを手渡してくれた。キンッキンのポカリだったので私はすぐにキャップを開けて流し込んだ。食道を通って胃へ。さわやかな液体が体に染み渡って細胞が喜んでいる。あまり運動しないのでスポドリは飲まない派だが、今日は特別だった。


「良い飲みっぷりねー。CMいけそう」


「さすがに無理だよ……」


 一気に飲み干したが、まだ蒸し暑くて涼しくなかったので私はつなぎの上半身部分をはだけさせた。周りに人もいないし、スポブラだから変に思われることはないだろう。

 風が吹いて汗が乾いていく。とても、気持ち良い。


「ひゃぁっ……!!」


 いきなりだった。隣のゆりが冷えたポカリを私の弱い部分であるお腹に押しつけてきたのだ。


 私は飛び上がって変な声を出してしまった。心臓がドキドキする。ゆりはいつか見たいたずらっぽい顔でにししと笑っていた。


「涼しい?」


「びっくりした……」


「さっきカメラ設置してるときに同じクラスの男子に会ったんだけど、その人も友達にポカリ当てて追いかけられてる途中らしくて。話が盛り上がってついには設置も手伝ってもらっちゃった」


 私はこのとき、胸の中に嫌な感情がほのかに沸くのを感じていた。それを表す言葉は知っているが、言語化してしまうとこれから先ずっとそれと付き合わなければいけなくなるような気がして控えた。

 慣れていないのだと思う。友達が異性と仲良くなるぐらい、よくあることだ。


「あれ〜?嫉妬しちゃってんの〜?このこの〜」


「ひゃっ、脇腹は、ダメっ」


 ゆりは私の曇った表情にすぐ気づいたのだろう、弱い部分PART2である脇腹を突っついてきた。

 少しでも真剣に悩んだ私がバカみたいで、私はため息をついた。





   八


「探索、実はどこ行こうか決めてないのよね」


 二人して自転車を押しながら、ゆりはそう言った。決まってないのなら、ちょっとした仕返しがわりだ。


「最近、近くでコンビニに飴だけを何度も買いにくる女が現れるらしいんだけど、どう?」私はニヤニヤしながら誘った。


「良いじゃない!それ探しましょ」


 意外な返事だった。てっきりビビると思ったのに。


「ビビると思った?」


「うっ……」


 さっきから何でもかんでもお見通しだ。顔に出やすいのかな……



「好きな人の好きなことぐらい、自分が嫌いでも克服するわよ」



『好きな人』のフレーズが頭の中を駆け回る。いや、恋愛的な意味じゃないのは分かってる。友達的な意味だ。分かってるのに、告白されたみたいで思わず「はい」と答えそうになってしまった。


「で、その女どこに現れるの?」


「えっと確かここから二駅先ぐらいに……ってちょっと待って!」


「置いてっちゃうわよ〜」


 私たちは緑香るサクラ並木を自転車で駆けていった。


 


 

 


 

 

 

 

 


 

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