日常に非ず!
三
彼女は校門の前で待っていると言った。
今週の掃除当番だった私は胸の高鳴りを抑えきれなくて通常の三倍のスピードでゴミを蹴散らした。もちろん、教室中をピカピカにしたつもりだ。
赤色のほうきを用具箱に入れ、建て付けの悪いドアを半ばタックルするように閉めて外に駆け出す。
今だけは目線が気にならなかった。
校門を出てあたりを見回すと、右手の掲示板の前に彼女の姿があった。片手にスマホを持って画面をスイスイ操作している。スラッとした綺麗な指に目を引かれた。
私はしばらく彼女を見つめるも、無視しているのか、画面に集中しているのか、こちらを向くことはなかった。軽く失望したが、自分から話しかけるなどという超高難易度会話テクニックなんて誰かの助けが無ければできないのは自分がよく知っている。私は彼女の周りをうろうろするしかなかった。
「連星ごっこ?」彼女がいきなりつぶやいた。
「そうだね、私が伴星……って紙子さんは動いてないじゃん!…………えーと、お待たせ!!」
「うん」
彼女は顔を上げて私を見た。髪をかきあげ、微笑を浮かべる。例の件よりだいぶ落ち着いた雰囲気に、私は少し拍子抜けした。
「歩きながら話そっか」
私は言われるがままについていった。
向かった方向は左、私のようなバス通学者がよく使う道だった。三十メートルほど歩きテニスコートの角で右に曲がると、そこから商店街が現れるまでまっすぐの車道が続く。道中には図書館や公園がある。
彼女の横顔を目の端で捉えながら、一緒に図書館でオカルト本を読む未来を想像した。彼女は桜の木に止まっているミンミンゼミを見ていたので、幸いにもニヤケ顔がバレることはなかった。
チョークブレーカーの日本史教師が今日もチョークを破壊してたとか、数学教師が数式をものすごい速さで詠唱してたとか、そういう世間話は長く続かず、私たちの間にはしばしば沈黙が流れた。沈黙に耐えられるタイプでは決してないのだが、彼女との沈黙は逆に落ち着いてしまった。そうあってしかるべき時間のように思えた。
「ねえ、紀美ちゃんはさ」
そろそろ商店街に出るといったところで彼女が口を開いた。どこか遠くを見るような目で。
「『非日常』ってどう思う?」
非日常。日常に非ず。別にこれといった印象をもたないが、どことなく刺激的だ。自分が住んでいる世界からは想像もつかない世界、そんなイメージ。
私はそれをそのまま伝えた。
「じゃあ紀美ちゃんはあたしにとっての『非日常』だ」
「というと?」いまいち話を掴めなかった。
「あんな私を受け入れてくれたのは紀美ちゃんが初めてってこと」
私ははっとした。あの時の痛い声色を思い出す。でも今は、波のない穏やかな声色だった。
初夏の風が吹いて彼女の長い髪がなびく。夕日になる直前の太陽がその艶やかな黒色に輝きをもたせた。一枚の絵画みたいで、見惚れてしまった。
「じゃああたし電車だからここでバイバイだね。また明日」
私がしばらく黙っていると、彼女はそう言って背を向けて駅の方へ歩き始めた。
「ま、また明日!」
手を振って彼女を見送ると、あちらも手をヒラヒラさせて応じた。
私は去っていく彼女をしばらく眺めていた。
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