第5話 千寿ハルカ(1)

 雨が降るという予報ははずれ、その日は暑いぐらいに日差しが強かった。

 まだ4月中旬だというのに気温は25℃を超す日が続いている。

 

 朝のジョギングを済ませ、部屋に戻ってシャワーを浴びていると電話が鳴った。

 バスローブに身を包み、受話器を取ると、電話の向こうから男の声が聞こえてきた。


「大変ですよ、ハルカさん」

 電話をかけてきたのはマネージャーの富樫だった。


「なに、そんなに慌てて。どうしたの」

「牧島さんが、牧島さんが……」


「社長がどうかしたの?」

「牧島さんが死にました」

「え……」

 千寿ハルカは驚きの声をあげた。

 これは演技ではなく、本当に驚きの声だった。

 梟と会ったのは一昨日の夜なのに、もう決行したというのか。

 

「ほんとうに?」

「はい。今朝、自宅マンションで死んでいるのを家政婦の松本さんがみつけました」


「じ、自殺?」

「いえ、それが……」

「まさか、殺されたの?」

「そうみたいです。いま警察が来て調べているところなんですが、もしかしたらハルカさんのところにも話を聞きに来るかもしれません」

「わかったわ」


 マネージャーとの電話を終えたハルカは、小さくため息をついた。

 これですべてが片付いたと。


 牧島康平という男は、もうこの世に存在しない。

 そんな感動に打ち震えていると、スマートフォンが着信を告げた。


 ディスプレイには、090からはじまる見覚えの無い番号が表示されている。

 もしかして、警察だろうか。


 ハルカは、電話に出るべきかどうするか悩んだが、なんだかとても気になり、電話に出ることにした。


「もしもし……」

 知らない番号からの電話だと、どうしても警戒した声になってしまう。


「あー、松田はるかさんですか?」

 少し関西訛りのある男の声が、電話の向こう側から聞こえてきた。関西訛りのある知り合いは何人かいるが、その声に聞き覚えはなかった。


 松田というのはハルカの本名であり、千寿ハルカという名前は牧島がハルカにつけた芸名であった。


「誰?」

「わたくし、小路と申します」

 知らない名前だった。


 何かの勧誘セールスだろうか。

 でも、相手はこちらの本名をフルネームで知っている。

 どこかから情報が漏れているのだろうか。


「あの、一体どういったご用件でしょうか?」

「いやね……うーん、なんと言ったらいいんでしょうかねえ。電話では伝え難いっちゃ、伝え難いんですがね」

 悪戯電話に違いない。

 ハルカはそう思って電話を切ろうとしたが、小路と名乗った男が発した言葉に凍りついた。


「まあ、ぶっちゃけちゃいますと……牧島社長と弟さんの事で、少々お話があるんですわ」

「どういうこと?」

 無意識のうちに、ハルカは声を荒げていた。


 この男は何を知っているというのだろうか。


「そんな大声を出さんでも……まあ、電話で話すようなことじゃないですから、一度会ってくれませんか?」

「わかったわ。どこに行けばいいの?」

「うーん、どこがいいですかねえ。松田さんは有名人やから、あまり人目についたら困るやろうし……帝都ホテルにしましょ。あそこなら、そんなに人目につくこともないやろうし。カフェラウンジでコーヒーでも飲んどいてください。こちらから接触しますんで。時間はいまから1時間後ってことで」


 小路と名乗った男は一方的に喋ると、電話を切ってしまった。


 どうやら、ハルカには帝都ホテルに行くしか、選択肢は無さそうだった。

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