第2話 Bar(1)

 大通りからはずれた路地裏にある雑居ビル。

 その地下には看板を出していない小さなバーが存在していた。


 扉を開けて店内に入ると口ひげのバーテンダーが出迎える。

「いらっしゃいませ。きょうは早い到着ですね」

 時計の針は8時を少し過ぎたところを指していた。

 いつもであれば、まだ寝ている時間だった。


「電話で起こされてね」

「お仕事ですか」

「まあ、そんなところだ」


 バーテンダーは、それはお気の毒にといった表情をした。

 だが、内心は喜んでいるに違いなかった。

 仕事の電話があったということは、ここに新しい客がやってくることでもあるのだから。


 いつもと同じカウンター席に腰を下ろした。

 アイリッシュ・ウイスキーをロックで。これもいつもと同じだった。


 バーの中には何人か先客がいた。

 どの客も顔見知りばかりであり、常連客たちだった。


 会社を経営しているという恰幅のいい中年男は富野といい、テーブル席で自分の秘書であり、愛人でもあるユミと一緒にブランデーグラスを傾けている。


 黒いシャツに黒の革パンという黒ずくめに、ウエスタンハットという不思議なファッションをした吉川きっかわという若い男は、職業不明。

 この男はカウンター席の一番端で静かにジンライムを飲んでいる。


 ほかにも、自称小説家ではあるが著書を一度も目にしたことはない椎名という男や、昼間は外資系企業で働き、夜はコールガールというふたつの顔を持つ森下の姿もあったが、それぞれが自分の世界に引きこもっているため、誰も話しかけたりはしてこなかった。


 いつもと変わらぬバーの風景。

 店内には耳障りにならない程度の音量で音楽が流れている。


 タイトルはわからないが、古い映画で使われていた曲であるということだけはわかった。


 グラスの中には、丸く削られた氷の塊が入っている。

 この氷はバーテンダーのこだわりでもあった。


 最初のひと口はいつも格別だ。


 本当ならば煙草を吸いながら一杯を楽しみたいところだったが、あいにく先ほど寝起きに吸った煙草が最後の一本だった。


 煙草はあきらめ、しばらくの間、音楽に耳を傾けながらウイスキーを楽しんだ。

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