第1話 電話
浅い眠りから引き戻したのは、耳障りな電子音だった。
革製のソファーから起き上がると、ローテーブルの上で喚き散らしているスマートホンへと手を伸ばした。
ディスプレイには、見慣れない数字の羅列が表示されている。
思わず舌打ちが出る。
ポケットの中でつぶれてしまったマールボロライトのパッケージ。その中からかろうじて残っていた一本を取り出すと、口にくわえて火をつけた。
着信音は鳴りやまなかった。
窓を少しだけ開け、その隙間から紫煙を吐き出す。
霧雨が降っており、目の前にあるラブホテルのネオンが独特な電気音を発していた。
まだ着信音は鳴りやまない。
しつこいやつだ。
根負けし、通話のボタンを押す。
電話の向こうからは、くぐもった声が聞こえてきた。
とても低く、妙な響きのある女の声だ。
おそらく、わざとそういう声を作っているのだろう。
相手が名乗るまで、こちらはひと言も声を発さなかった。
寝起きの煙草は不味かった。
こんなに不味いものだったかと思いながら、まだ半分以上の長さのある煙草を灰皿に押し付けるようにして火を消した。
相変わらず電話の向こうからは、声を潜めるようにヒソヒソと話す声が聞こえてきている。
女は自分の名前をヤマダと名乗った。
偽名であることはすぐにわかった。
女が名乗ったことで、はじめてこちらからも声を発した。
「誰からこの番号を聞いた?」
女はシイナと告げた。
心当たりのある名前だった。
女の言葉に相づちを打ちながら、月の出ていない鉛色の空を見上げた。
雨は止みそうになかった。
冷蔵庫へ向かい、缶ビールを一本開ける。
寝起きのビールは格別だ。
先ほどのタバコの不味さがリセットされる。
電話の向こうからは、ヤマダの声がまだ続いている。
話の長い女だ。
「わかった」
そう告げて電話を終えると、ビールは空になっていた。
もう一本冷蔵庫から取り出すか悩んだが、それはやめてシャツの上に薄手のジャケットを羽織り、部屋を出た。
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