第5話 ショーワルと言う少年sideミレナ
生意気な顔の子供。
それが私が彼に抱いた第一印象だった。
そもそも私はクエストル公爵様に支えるべく、男爵家の三女でありながら必死に勉強しなんとかメイドとして雇って貰えたのだ。
それが蓋を開ければ騎士爵家への移動、それもこの少し邪悪な顔をした少年の世話役が私が仰せつかった仕事だった。
正直あまり納得はいっていなかった。
この少年があまり好きになれなかったのだ。
奥様が出産と同時に亡くなられているせいなのか、この少年からは何というか子供らしい活力が感じられず、旦那様も基本的には家を空けており帰ってきても剣を振るか書類に埋もれているかでやりがいがない。
その立場に同情はするが、それだけ。
この少年はいつもそんな父親が剣を振るのを遠目に見ながら無気力に過ごすだけだった。
初めて私の名を呼んだあの日までは。
「ミレナ!!さん!!」
「はぁ」
いつものように布団にくるまっているであろう少年を起こしに行ったのだが、その少年はいつもとは違い私の名を呼んだのだ。
この屋敷に来てから1年が経とうとしていたが、名前を呼ばれたのは初めてだ。
そもそも覚えていた事に驚きなのだが。
名を呼ばれた事も驚きであったが、それよりもショーワルが自分で着替えをし、稽古のために外に出たいと申し出たのだ。
あの無気力の塊のような少年にどんな心境の変化があったのだろう。
話を聞くに、父親のような立派な騎士になりたいのだと言う。
確かにショーワルの父親であるマガルガルドはクエストル公爵の信頼厚き立派な騎士である。
言葉もなくただそれを眺めていただけだと思い込んでいたが、ショーワルはショーワルなりに父親を尊敬しているのだと知り、少しだけ好感が持てた。
「これにします!!」
が、いざ稽古を始めるにあたってショーワルが選んだ獲物は農業用のクワだった。
何でクワ?そう思ったがどうやら基礎体力を作るために剣より先にクワを振って身体を鍛えるとのことだった。
てっきり鉄製の武具でも振り回すのだと思っていたが、意外と堅実な鍛え方をするのだな、と感心する。
案の定最初はクワに振り回される形で尻餅をつきそうになっていた。
正直そこで諦めてまた無気力な少年に戻ってしまうのではないか、怪我をしてしまうのではないかと心配が尽きなかったが、何度もクワを振り下ろし続け、いつしかその動きはそれなりに様になるものになっていた。
これも身体能力の高い父親からの遺伝なんだろうか。
気がつけばもう30分程彼はクワを振り回しており、顔は跳ねた土や汗で汚れていた。
「見て下さい!!ミレナさん!!」
そろそろ止めようかと思っていた時、少年は今まで以上にキレイなクワ捌きで地面の一部をひっくり返した。
上手くできた喜びなのか、泥だらけの状態でキラキラした顔でミレナに報告してくるショーワルはどこか実家の犬に似ていて危うく笑いそうになった。
私に弟がいればこんな感じだったのだろうか?
ショーワルが風呂に入っている間、朝食の準備をする。
マガルガルドは書類の山に頭を抱えながら自室で簡単な食事を摂っている。
なので今用意しているのはショーワル1人分だ。
ショーワルはかなりの偏食で出された料理の殆どに手をつけない。
同じくクエストル公爵に遣わされた料理長もそれには頭を抱えており、ショーワルの成長の心配をしていたのだがこの日は違った。
なんとあのショーワルが出された料理の全てを平らげ、若干恥ずかしそうにしながらもおかわりをねだったのだ。
私は急いでそれを料理長に伝えた。
料理長は感動したのか涙を堪えながらおかわりを作っていた。
おかわりがちょっとだけ豪華になっていたのは私の気のせいでは無いのだろう。
ショーワルはそのおかわりもペロリと平らげると、私の静止を振り切り、自分も食器の片付けを手伝うと申し出た。
これに関しては使用人の仕事なので困惑したが、ショーワルがどうしても料理長にお礼をしたいと言うので渋々了承した。
が、実際は料理長の反応が楽しみだと言う面もある。
ショーワルが食器を料理長に届け、お礼を言いながらペコリと頭を下げ、調理場を出る。
その瞬間は驚きで固まっていた料理長だが、ショーワルが出ていった瞬間に涙の防波堤が決壊していた。
大人を泣かすなんて何という子供だろう。
私は何とか笑みを堪え、ショーワルの元へ戻った。
そこで私はこの日何度目かの衝撃を受けた。
あのショーワルが自分から勉強をしたいと申し出たのだ。
何故か意を決したような顔をしていたが、断る理由などあるはずもない。
それも父親のような立派な騎士になるためならば尚の事だ。
私はいつかこの日が来る時のためにひっそりと用意していた勉強道具を持ち出した。
いきなり難しい勉強では挫折し、勉強をしなくなってしまうかもしれない。
まずは勉強への興味、好奇心の芽を摘まないよう簡単な内容から始めるとしよう。
私はちょっと使うのを楽しみにしていた伊達メガネを掛けて気合を入れる。
が、思っていたよりもショーワルは飲み込みが早かった。
正直、マガルガルドはどちらかと言えば脳筋の部類だったので心配していたのだが、母親に似たのだろうか?
ショーワルは教える事をどんどんと吸収していった。
「どうですか?」
「素晴らしいです」
問題を解く度にショーワルはミレナを見上げて確認してくる。
それが何とも可愛らしく思わず頭を撫でてしまった。
しまったと思ったがショーワルは機嫌を損ねる事なく、寧ろ撫でられるのを期待するような顔をしていた。
やはりどんなに平気そうな顔をしていても、母親の存在が恋しいのだろうか。
私はもはや気にする事なくショーワルの頭を撫でる事にした。
次はご褒美にお菓子でも用意しようか。
何にせよ、あの無気力だった少年の子供らしい一面を見れたこの日を私は忘れる事は無いだろう。
私が旦那様、そして亡き奥様に代わってこの子を立派に育て上げなければ。
明日はどんなお勉強をしようか。
私は気持ちを新たに気合いを入れ直した。
忙しく、楽しい仕事になりそうだ。
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