第14話 不器用ディーダ
案内された商店には、食品と鍋や食器などのキッチン用品が綺麗に陳列されていた。
どこか訝しげな表情の店員が、まるで監視でもするかのようにこちらをチラチラと見ているのが少しだけ居心地が悪い。けれど、簡素ではあるものの色々な商品が並んでいる。
「とりあえず今必要なのは、お鍋と包丁とまな板と食器類でしょうか」
とりあえず、使えるものであればいい。
掃除をしながら確認してみたところ、あの家には薪で火を起こせば食材を焼いたり煮たりはできそうな設備が一応あった。
だからこそ、料理道具が一つもないのは宝の持ち腐れである。
「ったく、道具なんかなくっても、出来上がってる飯を買えばいいだろうが」
並べられている商品をじっくりと吟味していると、ディーダにそんな事を言われてしまって苦笑する。
たしかに今までそれで不自由に思ってこなかったのだろうから、彼がそう思うのも仕方がない。けれど。
「出来合いのものは購入後に保存がききませんが、食材であれば多少の買い置きも可能です。自炊ができるようになれば、貴方たちが雨の日に食べ物を入手し損ねてお腹を減らす事も無くなりますし、出来立てホヤホヤの温かいものがいつでも食べられますよ?」
どれくらいの期間食材が物持ちするのかは、屋敷での生活で厨房に出入りしていたお陰で少しくらいは知っている。
野菜などは特に、調理済みのものをそのまま貯蔵するより物持ちすることの方が多い。やはり育ち盛りの彼らには、毎日きちんと食べてほしいし――という所まで考えて、私はふと二人にとある疑問が浮上した。
「そういえば、お二人って今おいくつですか?」
「あぁ? 何だよ急に」
「いえ、ふと気になって」
私は彼らの年を知らない。
外見から見るに、おそらく十二歳くらいだろうか。もしかしたら、それもあって二人の食事事情が気になるのかもしれない。誰だって、自分の子供を腹ペコのままにしておきたいと思う人はいないだろうし――などと、ちょうど息子・マイゼルを物さしに、そんな予想を密かに立てる。
すると、些か驚きの答えが返ってきた。
「俺もノインも十四だけど。何でこんな事を知りたがるんだよ」
ディーダが訝しげな顔で聞き返してきたが、そんな事はどうでもいい。
「えっ二つも年上?!」
まさかの息子より二つも年上だった二人に、思わず声を上げてしまった。
この年頃の男の子は、急激に体つきが変わるものだ。特に背なんてグンと伸びる。
十五歳が成人だから、十四歳といえばもう大人の一歩手前の筈。そんな風に社交界での彼らとの同年代を思い浮かべる。
その子たちと比べると、二人は随分と痩せているし背が低い。下手をすればマイゼルにも劣るのではないだろうか。
もちろん個人差があることだろうが、栄養不足のせいであるという事も否定できない。二人が二人ともとなれば、信憑性も高くなる。
「これは、早急に栄養価のあるものを食べさせてあげねばなりません……」
大きな使命感にかられた私は、強い決意を噛み締めた。
決意を結果に結びつけるためには、やはり食事は重要だ。まずは手ごろな大鍋を選ぼう。――うん、三人用にしては少し大きいかもしれないけれど、このくらいはたべさせなければ。
次は食器だけれど、うーん。
鉄鍋を持ち、食器が並べられているエリアへと歩いていく。するとまた、ディードの呆れ声が聞こえてくる。
「おい、そんなのも買うのかよ」
「えぇもちろん。お鍋でご飯を作っても、食器が無ければ食べられませんから」
こればっかりは譲れない。二人の食生活改善のために。
珍しくキッパリと、彼の呆れを跳ねのけた。
が、次の斜め上の提案に、思わず目を見開いた。
「こんなの買う必要ないだろ。その辺の木を持ってきて彫れば、わりと簡単に作れるし」
「え」
作るの? 食器を?
反射的に疑問に思ったが、言われてみれば、たしかに店頭に並んでいるのはどれも木の素材の食器類である。
一応脇の方にこじんまりと陶磁器や銀食器も置かれていたけれど、値札を見れば結構な高値が付けられている。
私は過去の経験で勝手に『食器類といえば陶磁器や銀食器』だと思っていたけれど、きっとここでは木の食器が一般的なのだろう。
よくよく考えてみれば、直接火にかける訳ではないのだから、木の製品で十分だ。
しかしそれらを作るためには、やる気と木という材料、そしてある程度の作るための技術が必要になってくる。
「買うのか? これを?」
「作れるんですか……?」
心底不思議そうな顔の彼に、私は思わず眉尻を下げる。
少なくとも私には作れない。作り方のイメージがイマイチつかない。
しかし私の不安をよそに、二人は至極平然としていた。
「作れるだろ、コレなら。なぁ?」
「まぁ材料と彫るための道具があれば?」
「あ、そうだった。彫る道具は持ってねぇ」
キョロキョロと店内を見回したディーダが、探し物を見つけて手を伸ばす。
手に取ったのは『小刃(木彫り用)』と書かれている商品だ。
「木はその辺に落ちてるだろ。無けりゃぁ最悪、薪割り斧でその辺の木でも叩き折りゃぁいいし」
薪割り斧は家にある。長い間雨ざらしで少し錆びついてはいたが、まだギリギリ使えるレベルだ。
そうなれば、たしかにその小刀を買うだけで事足りる。彼が握った二本の刃物分の料金も木製食器を三人分買うよりも安価で、お財布的にかなり優しい。
これはきっと「俺ら二人でそのくらいなら作ってやる」という意思表示だろう。素直に言わないあたりが、何とも不器用な彼らしい。
許可もなく作業に巻き込もうとする相棒に、ノインは若干苦笑気味だ。しかし異論ははさまない。それだけで、おそらく嫌という訳ではないのだろうと分かる。
「まぁお前が『その辺から拾ってきたのじゃ嫌だ』ってんなら、そこのヤツを買えば良いけど」
「いえ。ありがとうございます。では、お二人の言葉に甘えさせていただきますね」
即答すれば、フンッという不愛想な鼻鳴らしが聞こえた。「あっそ」と言いつつそっぽを向いた彼の耳が、ほんの少しだけ赤い。
私は小さく「ふふっ」と笑い、最後に手頃な包丁を手にした。すると横から伸びてきた手が、鍋と一緒にひったくっていく。
「まな板も要らないだろ、作ればいいし」
吐き捨てるようにそう言って、彼はズンズンと会計カウンターの方に歩いていく。
少し照れている背中が可愛らしいな、などと思っていると、カウンターに立っていた店員が彼に何やら疑わしげな目を向けた。
そういえば、来た時からこの店員はずっと私たちを何かを訝しんでいた。私の中の商売人のイメージは愛想がいいものだったけれど、もしかして平民街では少し違うのだろうか――などと考えていると、ディーダがグリンとこちらを振り返る。
「金!」
吠えた彼に、一瞬キョトンとしてしまった。が、すぐに言葉の意味を理解する。
そうだった、いつもは彼らにお財布を預けて買いに行ってもらうけれど、今日は私が持っている。
慌てて革袋を持っていけば、ディーダから「銀貨2枚と銅貨4枚」と指示があった。
言われた通りに革袋から相当額を出し、どうにか買い物を済ませる。
後ろからは、クツクツというノインの笑い声が終始聞こえていた。
それが果たして照れ隠しにレジに突進していったのに肝心のお金が無くて買えなかったディーダの事を笑ったのか、私の慌てように笑ったのかは定かではない。
しかしノインはどうやらよほど面白かったらしく、当分の間腹を抱えて笑っていて、店を出た頃に怒ったディーダからお尻をバシッと蹴られていた。
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