第13話 使い道はまだ秘密



 私が知っている街といえば、王都の他には私の実家があった旧子爵領くらいなものである。


 当主だった両親と次期当主だった弟が纏めて馬車の事故に遭って他界した際に他の方に統治が引き渡されて、今はもう男爵領になっている筈の場所だ。

 あれから少しは様相も変わっているかもしれないけれど、おそらくあののどかな風景は今も健在だろう。


 旧子爵領は、ゆるやかな時間の流れが心地よい、おおらかな気質の領民が多い土地だった。

 それに比べてこの伯爵領は、かの領地と比べて人口が多く活気がある。中でも商店が立ち並ぶこの地域はよそ行きの建物が非常に多く、少なくとも私には、誰もがみな何かに向かって邁進している者特有の輝きに満ちているように見えた。


 そうでなくとも初めての場所・触れた事のない空気なのに、こんな場所。何かと臆病風に吹かれている私には、とてもじゃないが不釣り合いだ。

 ――どうしよう、少し怖い。


「おいお前、何でこれを見てそんな引きつった顔になるんだよ。面倒くせぇな」

「物珍しそうにキョロキョロするのもどうかと思うけど、それはそれで迷惑だからね? まるでボクたちが無理やり連れて来たみたいじゃん」


 言葉に違わず本当に心底面倒そうな顔をしているディーダと、呆れた声でため息を吐いたノイン。二人の言葉にハッとさせられる。

 そうだ。せっかく連れてきてもらったのに、彼らに対してこんな風に思うだなんて失礼だ。

 

 それに、ここは別に自ら誰かに友好的な関係を築きに行かなければならない社交場ではないのだ。

 今日の目的はあくまでも買い物。最低限、予定のものを買い今後も訪れるようなお店の場所が覚えられれば、それでいい。


 両手で頬を挟むようにしてペシンと叩き、自身に喝を入れる。少し頬がヒリヒリするが、少し気が引き締まったような気がした。


 うん、大丈夫。そう自答する私の一人相撲を傍から見ていたディーダが、フンッと鼻を鳴らす。


「いいから行くぞ」


 ぶっきらぼうな声で背中越しに私を促し、そのままズンズンと先を歩き出す。

 いつまでも立ち止まっていたら、私なんて置き去りにしてそのまま行ってしまいそうだ。

 彼のすぐ後ろに続いたノインのあとを、遅れないように慌てて小走りで私も追った。




 あちらこちらから「へいらっしゃい」という呼び込みの声が聞こえてくる。

 笑顔が多い。楽しげな話し声や笑い声が耳に賑やかしく、店頭に並ぶ様々な食べ物や品物が目に賑やかしい。

 そのくせあまり一個人に注目する人もいないので、私も思いの外緊張せずに初めての街を歩けている。


「で、何を買うつもりなんだよお前」


 ディーダに横目でそう聞かれ、そういえば具体的に何を買うかはまだ二人に話していなかったと気が付いた。


 色々と買いたいものはある。けれど、あまり一気に買っても持てないし「余計なものばかり」と二人に怒られてしまいそうな気がする。

 初めての買い物だ。優先順位の高いものから、今日は本当に最低限を選ぶ事にしよう。

 さし当たっては……。


「自炊道具と食材と、布が必要なのですが」

「自炊は未だしも、布?」

「布なんて一体何に使うのさ」


 欲しがったものが予想外だったからだろう。ノインも横から会話に加わり、二人ともから一斉に訝しげな表情を向けられる事になってしまった。

 私の言動で呆れるような事はあっても、揃って疑問を向けられる事も珍しい。そう思えば、少しだけイタズラ心が擽られた。


「ふふふっ、まだ秘密です」


 そんな事を言ったのには「少し二人を翻弄してみたかったから」という理由が含まれる。が、それだけではない。

 私が布を欲しいのは、もちろん最優先で欲しいからだ。少なくとも私自身は、お金を払ってそれを得る事にきちんと価値を見出している。

 が、彼らには、必ずしもそうではないかもしれない。

 もし今言って「必要ない」と突っぱねられたら。お店に連れて行ってもらえない可能性がある。これは、そうさせないための実に戦略的な黙秘なのだ。


 まるで見定めるかのように私の顔を覗き込んだ二人が、数秒後。おそらく秘密の答えを見いだせなかったのだろう。仕方がなくといった感じで、それぞれに諦め交じりのため息を吐く。


「何だか企み顔だけど」

「何でもいいけど、妙な事は絶対するなよ? 恥ずかしいのは、お前を連れてる俺らなんだからな」


 遠回しに案内を了承してくれた彼に感謝を持って頷くと、二人は早々に行くべき店に当たりを付け始める。


「ここから近いのは自炊道具かな」

「まぁそうだな。とはいえ俺らも、場所を知ってるだけで入った事とか一度も無いけど」

「え、何故です?」


 思わず首を傾げて尋ねてしまった。

 彼らが生まれてからずっとこの街の中で生きてきた事は、この一週間の内に既に知っていた。話しぶりを聞いていててっきり「この街で彼らに知らない物などないだろう」くらいに思っていたから、まさかそんな風に言われるとは思っていなかった。


 が、私が抱いた疑問とは裏腹に、彼らの答えは実に単純明快だ。


「食い物が売ってないところだぞ?」

「何でわざわざ、そんな場所に行く必要があると思ってるの」


 あぁそうだった、二人の興味と行動の基準は「生きる事が出来るか否か」。そしてその中心には食がある。というか、彼らの場合、ほぼ食しかない。

 何とも彼ららしい返答に、私は思わず笑ってしまった。



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