第12話 連れて行っていただけませんかっ



 数日間、掃除をするために家の中をよく見て回ったからこそ分かる。


 たとえば、水桶には穴が開いていてチョロチョロと常に水漏れがある。

 キッチン回りのものは何一つとして家にはなく、彼らが自分でご飯を作らないという話が事実である事を物語っていた。

 思った通り彼らは替えの服を持っておらず、寒い夜は暖炉に火を焚いて、毛布代わりに一枚の薄い古布を二人で分け合うように使う。そんな生活をしているらしい。

 私が来て以降はぶっきらぼうな様子で私に「使え」と投げ渡してくれた。気にしてくれてありがたいけれど、私だけ毛布を使うのも忍びない。


 他にもたくさんの不足が思い浮かぶ。他のもので代用できる事もあれば、替えが効かずに不便なままで過ごしている事もある。

 だから少しどうにかしたいと思っていたのだ。


 きっとディーダもノインも「生きる上で絶対に必要っていう訳じゃない」とか言いそうだけれど、やはり必要なものは揃えても決して『無駄遣い』にはならないと私は思う。





「あ、おはようございますお二人とも」


 家に戻ると、二人がちょうど起き出したところだった。

 挨拶をすれば「おー」とか「んー」とか、挨拶なのかただの条件反射なのか、いまいち判断が付かない反応が返される。


 はたと思う。もしかして意識が覚醒し切っていない今は、絶好のチャンスなのではないだろうか。


「お二人とも、実は一つお願いがあるのですが」


 二人の眠気眼がこちらを向いた。

 断られてしまうだろうかと少し緊張しながらも、意を決して二人に頼む。


「お買い物に連れてって頂けませんか……っ」


 私がここドゥルズ伯爵領の平民街をきちんと歩いたのは、初めて二人に出会ったあの土砂降りの日が初めての事だ。正直言って、ここが領内のどのあたりに位置する場所で、どこに行けば買い物ができるのかなど、想像もつかない。

 今日までずっと、何だかんだで食事の調達をずっと二人頼りにしていたのは、もちろん二人がいない間に部屋を掃除した方が効率が良いと思ったのもあるけれど、そのせいである所も大きい。


 だから、このお願いは私にとって、未知の領域に足を踏み入れる事にも等しい。

 口にするには、様々な勇気が必要だった。


 たとえば、二人に「買い物? 無駄遣いするなよな」とお願いを突っぱねられるかもしれない事への不安。

 たとえば、人見知りな私が新しい場所・人たちの中に足を踏み入れる事への躊躇。

 たとえば、多くの人の目の前に晒されると途端に落ち着かなくなる私が、人ごみの中に自らの身を投じる事への恐怖など。


 特に新天地での振る舞いなんて、たくさんの人達に笑顔を振りまこうとすると途端に顔が引きつるような私にとっては、鬼門にも等しい。


 そもそもザイスドート様の「無理しなくていい」という優しい言葉を免罪符にして、社交場からも半ば逃げていたような私だ。

 いつだってザイスドート様の足を引っ張らないようにする事に精一杯で、レイチェルさんみたいに着飾って周りを容姿や表情や言葉で惹きつけるだなんて、どうしたって無理だった。


 ディーダとノインに出会ったあの日・あの時、私は彼らに自ら提案をしたけれど、あれが特殊だったのだ。特殊な状況下で、特殊な心理状況だったからこそ発揮できた勇気だった。


 だから今、買い物に行くという未知の行動に、勇気よりも臆病さが勝ってしまっている。

 最悪二人に場所を聞き一人で行く事はできるかもしれないが、結構切実に二人について来て欲しい。


「買い物ぉ~?」


 ディーダが少し訝しげな顔になった。

 この一週間、買い物関連は二人に任せっきりだったのだ。そんな顔をされるのも仕方がないかもしれない。


「そんなに何か買いたいものがあるのかよ」

「はい。使い勝手などもありますから、できれば自分で見たいのです。お二人には案内と荷物持ちをお手伝い頂けると、とても助かるのですが……」


 ダメだろうか? 窺うように彼を見る。

 ディーダはフンッと鼻を鳴らし、ノインは隣で大あくび。そして私は――。



「やっぱり伯爵領ともなると、色々と違うものなのかしら……」


 お願いの朝から約一時間後。想像以上に盛況な街を前に、思わずポカンと口を開けていた。


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