第二章:人見知りな伯爵夫人は、平民街の温かさを知る。
第一節:フィーリアのお願い、お供を連れて街にくり出す。
第11話 貧民街の朝とご近所事情
習慣とは怖いものである。
屋敷に居た時はいつもザイスドート様たちの起床時間よりも、二時間早く起きるという使用人同然の生活だった。
それがもう、すっかり体に染みついてしまっている。
ここに住まわせてもらい始めてもう一週間の時が経ったが、朝、二人よりも少し早く目を覚まし起こさないようにこっそりと顔を洗いに外に出るのは、最早私の日課と言っていい。
あの屋敷とは違い、ここでの暮らしは穏やかだ。
山の向こうから陽光が差し込み始めるこの時間帯に、起き出してくる者はまだ居ない。お陰で、寝起きから外で誰かに鉢合わせる事もなければ、後ろから急かされるような事も無い。
順番待ちをする必要もなく井戸水を使う事ができるのは、存外楽で助かっている。
ひんやりとした汲み上げ水で顔を洗い、完全に目が覚めた。
顔を拭きながら振り返れば、私たちが住処にしている家がある。
私たちの家は、この井戸を中心にぐるりと立てられた家屋の内の一つだった。
年季が入った家ではあるが、寝泊まりし始めてから毎日少しずつ掃除を進めたお陰で、今やもう室内どころか玄関前や家の周りまで、手入れが済んで小奇麗になっている。
その変化は傍から見れば結構顕著で、草が生えっぱなし、壊れっぱなし、汚れっぱなしの他の家々と比べると、明らかに人の気配があった。
まぁ二人は、様々な場所を掃除し綺麗にしていく私を「よく飽きないな」「そんなことして意味あるの?」と、終始変なものでも見るような目で見ていた。
彼らには、どうやら掃除をする私の姿が、時間と体力を浪費しているようにしか見えないらしい。私が「掃除は楽しい」と答えると、彼らに何故か呆れたような顔をされた。
それでも「止めろ」と言わずにいてくれたのは、どうでも良かったからなのか。それとも私の気持ちに少し配慮してくれたからか。
どちらにしても、放任してくれていたお陰で作業は実に捗った。そして昨日、ついに大方の大掃除が完了した。
あとは、日々の日課程度にちょこっと室内掃除をするだけで事足りるだろう。そうなって、初めて他にやることが取り立ててないという事に気がついた。
「うーん、やる事……」
周りの家は、以前の私たちの住処のようにかなり手を入れる余地がある。が、周辺家々にはくれぐれも関わるなと、既に二人から釘を刺されてしまった後だ。
どうやら貧民たちは互いに、干渉しあわないのが普通。誰もが自分が生きる事に精一杯で、お互いに他に意識を割くような余裕はないし、逆に他人に構うとトラブルの元だからという事らしい。
しかしディーダに至っては「はぁ? 『ご近所さん』? 知らねぇよそんなの。こっちに喧嘩を売ってきたら、その時は受けて立つ!」と血気盛んな様子だったので、もしかしたら周りと毎日喧嘩沙汰にならないだけまだマシなのかもしれない。
ともあれ、やる事だ。何か新しく見つけなければ、今日は一日日向ぼっこをして過ごす事になりそうだけれど……と考えていて、思い出した。
「あ。そういえば、色々と足りないのよね。この家って」
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