第15話 野良犬、暴れ犬



 自炊道具を買った私たちが次に向かったのは、食料品を売っている店が立ち並ぶエリアだった。


 店があったのは、調理済みの物を売っている店――いい匂いが誘惑してくるエリアを抜けた先だ。

 野菜、果物、肉に穀物。それぞれに扱うものが違う店が立ち並んでいる。見てみれば、例えば同じ野菜の店であっても取り扱っている品目が違うようだ。

 野菜が売っている所を見るのが初めてだった事も相まって、物珍しさを抱きながら店の間を歩……こうとしていたのだけれど。


「あれ、珍しいなぁ、お前らが普通に歩いてるなんて」

「当たり前でしょ。悪い事しようとしてるわけじゃないんだし」

「よく言うぜ。今日は出店を壊すなよ?」

「うっせぇ黙れ! 大体なぁ、絡んできたヤツラがたまたまいつもよろけた先に、たまたま店があるだけだろうが!」


 前を歩く二人に、店主たちが口々に話しかけるのが先程からずっと気になってしまって仕方がない。

 

 口ぶりから、両者が顔見知りなのは、ほぼ間違いない。気安いやり取りが飛びかうものの素っ気ないノインや口の悪いディーダの言葉にも特に気分を害した様子もないのを見ると、結構気の置けない間柄なのだろう。

 二人からは「食料品街は食い物を強奪しに行くための場所」だとあらかじめ教えてもらっていたため、てっきりあまりいい関係性は築けていないものと思い込んでいた。

 今回はきちんとしたお客として出向くとは言えど、もしかしたら険悪な態度を取られてしまうかもしれない。そう覚悟をして出向いたのだけれど、どうやら杞憂だったようだ。

 もしかしたらこの二人は、私が思っていたよりもずっと顔が広いのかもしれない。


「あぁ、この前の手伝いの報酬分、持ってくならあっちの廃棄予定のリンゴだぞ?」

「今日は客だ! 丁重にもてなせ!」

「ボクは貰っとくよ。さっき入り口で焼けた肉の美味しい匂いを嗅いじゃったから、ちょっとお腹減ってきたし」


 言いながら、案内もされずに果物屋の裏に入り、口をモグモグとさせながら戻ってくる。その手には歯形が付いたリンゴが。どうやら貰ってきたらしい。


 と、ここで初めて店頭に立つ人の内の一人が、私の存在に気がついた。


「あれ? そちらさんは?」

「「拾った」」

「「「「拾った?」」」」


 大人たちの声が、ものの見事に重なった。皆目をぱちくりさせている。彼らにとって、それだけ非常識な状態を告げられたのだろうという事がよく分かる。


 大人が子どもに拾われただなんて、驚く気持ちはよく分かる。けれど、如何せん間違っていないばかりに弁解の言葉を持てない。

 集まった視線が痛い。注目されるのが苦手な私は、思わず身を固くする。


 嫌な記憶が蘇る。

 皆に注目され発言を期待された状況で、何度社交界で固まってしまった事か。そしてそれが、周りを何度呆れさせたか。迷惑そうな彼らの目を思い出せば出すほど一層、言葉は喉に詰まってしまう。

 きっと今回も、彼らを呆れさせてしまう。失望されて、やがて期待もされなくな――。


「何言ってんだい。拾ったって、そんな猫じゃあるまいし。ねぇ? あんた」


 二人の物言いをピシャリと諫めた女性の声は、私に「ごめんねぇ」と謝ってくれる。

 驚いた。彼女は私を気遣わしげに見てはいるが、少なくとも私には失望も邪魔にも思っていないように見えた。

 むしろ何も話せない私を迎え入れてくれている雰囲気さえ感じる。

 そしてそれは、何も彼女だけではない。


「というかそれ、古びちゃいるけどドレスだろ。もしかして良いトコのお嬢様……にしてはちょと痩せこけすぎか?」

「その辺どうなんだい? ノイン」

「おいババァ! どうして俺には聞かねぇんだ!」


 彼らはどうやら私に興味を持ってくれているらしい。決して話の輪から外すような事はなく、しかし離せない私に配慮してか、代わりにノインに尋ねてくれる。

 私には、それが暖かな優しさに思えた。

 社交界では、自分の意思を語れない者は置いていかれる。誰もが皆、自分や自分に近しい者への得のために動き、それができない人間を仲間として認めないような風潮が少なからずあった。

 でも彼らは、そうじゃない。


 彼らの仲間に入れてくれようとしてくれている心遣いが嬉しかった。

 できれば話をしたかった。しかし、身の上に関係する話はできない。

 どうしたものかと困っていると、ノインが「さぁ?」と何という事も無さげに肩をすくめてみせる。


「多分『元家猫の現野良猫』なんじゃない? まぁ本人は言いたくないみたいだし、ボクたちも詮索する気は無いけど」


 彼の言葉に驚いた。

 ノインが庇うように詮索する必要性を感じないと言ってくれた事ではない。元家猫の現野良猫という形容が、まるで育ちの良さを見透かしているように聞こえたからだ。


 目を見張ると、ほんの一瞬チラリとこちらの様子を窺った薄桃色の瞳と目が合った。

 喜怒哀楽がすぐに目に見えて分かるディーダとは正反対に、彼の目は人を観察する静かな目だ。


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