第3話
「あー……、分かんねぇー……」
ホームルームが終わり、クラスメイトが仲の良い友達同士でお喋りに花を咲かせている教室で、俺は一人文化祭の出し物を考え出すのに苦慮していた。
「何書いてるの?」
今ある想像力を総動員して考えていると、女子一人が俺に話しかけてきた。
このクラスで唯一俺に話しかけてくれる女子が……。
「別に……。彩乃には関係ないだろ」
「関係ないってそんな事言わないでよ! 私が司の事を何年見たと思ってるの?」
「十二年だろ」
「そうだよ! 幼稚園の頃からずっと見てきたんだから!」
「バレてたか……」
どうやら俺の幼馴染、多々良彩乃の前では隠し事も無駄のようだ。
「やっぱりあるじゃん。ほらほら。話してみなよ?」
「あぁ……、実はな――」
そして俺は昨日の出来事を細かく彩乃に話した。
「動画部が廃部ね……。それで今文化祭の出し物を考えていると」
俺の話を聞き終わった彩乃は、しかし特に驚いている様子はなかった。
「もっと心配してくれてもいいだろ……。こちとら廃部になりそうなんだぞ……」
「まあ私には関係ないからね。でも司が困ってるしね、出来ることなら協力はするよ」
彩乃は当然の如く答えてくれた。
そんな発言が来るとは思わず、恥ずかしさで彩乃の顔を直視できない。
「どうしたの? さっきから急に顔そむけてるけど」
「なっ何でもない」
「あっそう。まあ見せてよ。今書いてるやつ」
「まあ全く書けてないけどな……」
昨日家に帰った後に三時間ぐらい考え、五つ程仮企画案として書いてきた。しかし全て妙案は言えず、新しい案も思いつかなくなってきており完全に手詰まりになっていた。出し物と言っても先輩たちが受験期で参加ができないので基本的に一人で運営できるようにしなければならず、そのせいで規模は小さなものにせざるをえない。
「え? 書けてるじゃん。こことか結構いいアイデアだと思うけど?」
「そうか? どれもこれもぱっとしないんだよなぁ……」
「何でそんな事言うの。もっと自信持ってよ」
「でもなぁ……」
この案で動画部が救われるものとは思えない。それこそ誰もが楽しめるものではないといけない。
「あのねぇー……。司はネガティブに考えすぎなんだよ。さっきのアイデアだって私は凄く良いと思ったし、何ならここに書いてあるのだって私からは全部楽しそうに見えるよ」
「そう……なのか……?」
「そうだよ。もっと自信持ちなよ。そんなに心配なら放課後私の家来る? 学校じゃ時間足りないでしょ?」
「え? 彩乃の家か?」
彩乃とは幼稚園の頃からの幼馴染だから家は近い。だけど最後に家にあがったのは、中学二年生の時に二人で勉強会をしに行ったきりだ。
「そうに決まってるじゃん。それとも司の家のほうが良い? 私の家の方が学校に近いからそうしたんだけど。何か自宅でしか出来ないことでもあるの?」
「いや……、別に」
「なら今日私の家で考えよっか。取り敢えず最後まで教室の残ってて」
「分かった」
「それじゃ、私一時間目の準備しなきゃ」
そう言うと彩乃は自分の席へと戻っていった。
にしても彩乃の家か……。最近全く行ってないし、彩乃のお母さんにも挨拶しないとな。それにしても彩乃があんな事を言ってくるとは思わなかった……。高二なのにそう安々と男を家にあげるなよ……。
不用心な幼馴染を心配しつつも一時間目の授業の始まりを告げるチャイムが鳴ってしまう。俺は文化祭の計画案を考えることを中断せざるを得なくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お邪魔します……」
放課後、俺は朝の約束通り彩乃の家に来ていた。
「どうしたの? そんなかしこまって。小学生の時とかよくあがってたじゃん。私お茶とか用意してくるから先に私の部屋入っといて」
そう言い残すと彩乃はリビングの方へ行ってしまった。
階段を上がると、数年前の彩乃の家と寸分変わらない姿に懐かしい気持ちが込み上げてくる。彩乃の部屋は二階の廊下の突き当たりにあり、ドアにはayanoの名札がかかっている。
彩乃の部屋のノブを回す。
は? 部屋間違えたか……?
俺は確かに彩乃の部屋のドアを開けたはずなのだが、明らかに俺の記憶と違う部屋が目の前に広がっていた。
「どうしたの? 早く入ってよ。通れないじゃん」
「あっ……、すまん」
俺が部屋の前で固まっていると。いつの間にか彩乃がお茶とお菓子が載ったお盆を持って来ていて、俺に入室を催促してくる。
部屋に入ると棒状の芳香剤からバニラの匂いが鼻腔をかすめる。数年前には勿論こんな匂いは一切しなかった。
「お前の部屋こんな感じだったか……?」
「何でそんなに驚いてるの? 数年も経てば変わってるに決まってるじゃん」
「おお……、そうか……」
彩乃は当然かのごとく答えた。
今座っている彼女の部屋は俺の記憶とは全く異なり、数年前は女の子らしくない地味な感じの部屋だったのだが、今じゃ白を基調とした落ち着いた雰囲気になっている。幼馴染の部屋が人知れず垢抜けていることに俺は少なくない衝撃をうけた。
「それじゃあやろっか」
「そうだな……」
俺たちは足が低い丸テーブルに向かい合わせになって座る。
その後二人で文化祭の出し物を考えていたが、この部屋の中だ。当然集中できるはずがない。部屋にはいい匂いが充満していてクラクラしてくるし、何より認めたくはないが可愛い女の子の部屋で一緒に居るという事実がより俺の思考を止めさせている。
俺は幼馴染として長くいたからまだ手が止まる程度で済んでいるが、他の男だったらニヤケが止まらないだろう。
だから俺は彩乃の家に行くのに躊躇したんだ……。あの時お前と一緒にいると照れるから行けないなんて言えるかよ……。
俺は感情を鎮めるためにテーブルに置いてあった麦茶を飲み込む。
かわいいな……。
麦茶を飲みながら、そんなことを漠然と考えていた。
「あっ……」
「きゃっ! 何溢してるの!」
「大丈夫か!?」
「もー、制服びちゃびちゃ……」
「悪い……。手が滑って……」
俺は急いでハンカチを手に取りテーブルに麦茶を拭いていく。
半杯程度溢してしまったので机の上にはかなり大きな水溜りが出来上がっている。フローリングにもかなり溢れてしまっている。
「ハンカチじゃ拭ききれないでしょ。ちょっと布巾取ってくる」
急いで部屋を出ていき、彩乃が急いで階段を降りる音が聞こえた。
やっちまったなぁ……。
彼女に迷惑をかけてしまった罪悪感を抱きながら、フローリングの麦茶を既にビチャビチャになったハンカチで拭き取っていく。
ハンカチは既に吸水能力を喪失しており、麦茶を全く吸い取らない。
「はい、これ床用だから使って」
「申し訳ない……」
麦茶の拭き取りに悪戦苦闘している間に彩乃が布巾を持って戻ってきたようだ。四つん這いになっている俺の目元に布巾が手渡される。
「ありがとな。助かっ」
「ん? どうしたの? そんな固まって?」
「いや……、なっ何でも無い」
俺は目の前の布巾を乱暴に奪い、邪念を振り払うかのごとく床掃除を始める。
一瞬だが見えてしまったのだ。何とは言わないが、彩乃が布巾を渡したときの高低差で目に焼き付いてしまった。
「さっきから顔赤いけどどうしたの?」
「何でもない……」
その日、あの光景が脳裏に焼き付いて、企画案が一切進まなかったのは言うまでもない。
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